第八十六話「油すましの回想」
油が切れた行灯は、消える前に一度だけ揺れる。
その揺れ方を、我は何度か見ていた。芯が最後の油を吸い上げ、炎が大きくなって、そのまま縮んで消える。一度だけ輝いて終わる。死に際にもっとも明るく燃える、という話を人間から聞いたことがあるが、行灯の火はまさにそれだ。
灯りとは惜しいものだ、と我は縁側で眺めながら思った。
消えた行灯の前に、真白が新しい油を足している。慣れた手つきで油差しを傾け、芯の周りに静かに満たしていく。
その横で、真名井実俊(まない の さねとし)が書き物をしていた。
今日は陰陽寮の休みらしく、訪ねてきてからもうひと刻になる。真白と並んで縁側に座り、何か文書を整理している。二人の間に行灯がひとつ。
初秋の夕刻は、つるべ落としに暗くなる。
油を足し終えた頃、廊下の方から軽い音がした。
革底の草履でもなく、素足でもない。何か、乾いた材質のものが板を踏む音だ。我は耳を向けた。
妖気がある。薄いが、確かに。
しばらくして、廊下の曲がり角から覗く影があった。
蓑笠を着た姿だった。蓑は古びた藁で作られ、笠は深く顔を隠している。体の輪郭が人間に近いが、立ち方がわずかにずれている。腰の位置が低く、膝が曲がったまま立っている。老人のようでもあり、そうでもないようでもある。
手に、古びた油差しを持っていた。
「……ここに、油を粗末にした者がいると聞いた」
低く、水分のない声だった。
実俊が書き物の手を止めた。真白が油差しを置いた。
我は縁側から廊下へ移動した。
油すまし(油搾)が名乗るまでに、少し時間がかかった。
問いかけに対してすぐ答えず、まず油差しを縁側の端に置いてから、深い笠の奥から真白と実俊と我を順番に見た。それから「油すましだ」と言った。
「油を粗末にした者を戒めに来た」
実俊が眉を寄せた。
「油を粗末に、とは——何のことでしょうか」
「この屋敷で、昨夜、行灯の油が無駄に切れた」
真白が少し考えた顔をした。
「昨夜、眠りながら行灯をつけたままにしてしまいました。確かに朝まで燃やしてしまいましたが——」
「それだ」
油すましが言った。断じる口調だが、怒鳴るわけではない。静かに、しかしはっきりと告げた。
「油というのは、菜から絞り、炊いて、灯りにする。その手間を忘れた者が多い。最近は特に多い」
最近、という言葉が我には引っかかった。
この妖怪の「最近」がどの程度の時間軸を指しているのか、外見だけでは判じかねない。
実俊が油すましを観察する目つきをしていた。陰陽師として気配を測っているのだろう。我も同様に読んでいたが、敵意はない。むしろ、使命のようなものがある。戒めに来た、という言葉通りだ。
「おっしゃる通りです」と真白が頭を下げた。「気をつけます」
油すましが、そこで少し黙った。
戒めを受け入れられると、次にどうすればいいか分からない——そういう間だった。
「お茶を飲んでいかれますか」
真白が問いかけると、油すましはまた少し黙った。
そして「飲む」と言った。
縁側に四人と一匹が並んだ。
油すましは笠を外さなかった。深くかぶったまま、茶を受け取り、少しずつ飲んだ。顔の下半分だけが笠の陰から見えていた。深い皺と、薄い唇。老人の顔だが、老人特有の弱さがない。
「昔はもっと、皆、油を大切にしていた」
油すましが言い始めた。
誰かに話すつもりで来たのかどうか分からないが、茶を飲みながら話し始めた。我は縁側の端に座って、その声を聞いていた。
「百年前は、庶民の家に行灯などなかった。松明か、囲炉裏の火だけだ。油は貴重なもので、一升の油が炊くのに何日もかかった」
実俊が書き物を脇に置いた。聞く体勢になっている。陰陽師は記録を取る習性があるが、今は書かない。聞くだけにしている。
「油を搾る者は、菜の花の種を集め、蒸して、石で重しをかけて絞る。それを炊いて、不純なものを取り除く。ひとつの灯りの後ろに、そうした手間がある」
「それが忘れられている、と」
実俊が言った。
「忘れたのではない。知らないのだ」
油すましが茶を一口飲んだ。
「知らないのは仕方がない。ただ、知らないまま粗末にするのと、知った上で使うのとでは、同じ油が違う明るさで燃える」
真白が少し体を傾けた。
「違う明るさで、というのは——」
「意地の話ではない。油に、燃えたいと思う理がある。惜しまれながら燃えた油は、長くもつ。それだけの話だ」
我は油すましを見た。
この妖怪が言っていることを、我は陰陽五行の言葉では説明できない。しかし理として間違っていない、という感覚がある。物には気が宿る——座敷童子も、付喪神たちも、それを体現している。
油も例外ではない、ということか。
「いつ頃から、そういうことをされているのですか」
真白が問いかけた。
油すましが少し間を置いた。
「覚えていない。油がある場所に、いつの間にかいた」
「油が生まれる前は?」
「ない」
油すましが答えた。
「ないとはどういう」
「油が世にない頃は、わしもいなかった。油が生まれて、わしが生まれた」
実俊が表情を変えた。陰陽師としての興味が顔に出ている。
「物が生まれると、それを守る存在が生まれる——という理があるとすれば」
「理などという大げさなものではない」と油すましが言った。「必要なものがあれば、必要なものを大切にしようとする気が集まる。その気が、形になっただけだ」
実俊がそれを聞いて、また手元の文書に何かを書き始めた。今度は書く。
我は油すましの言葉を反芻した。
必要なものを大切にしようとする気が集まる。その気が形になる。
付喪神は長年使われた物に宿る。それと同じ理だが、少し違う。付喪神は物そのものに宿る。油すましは、物への関わり方——使い方——への気から生まれた。
物ではなく、人と物の間に生まれたものだ。
我がアルメラ魔導帝国の頂に立っていた頃、こういう存在のことは知らなかった。魔法の理論として物の気を扱ったが、人と物の間に生まれる気については、考えたことがなかった。
考える必要がなかった、という方が正確だ。
この世界に来て、猫の体で過ごすうちに、そういう隙間に目が向くようになった。
我が変わったのか、見えるものが増えたのか——どちらとも言えない。
「最近、粗末にする者が増えた、とおっしゃいましたが」
真白が続けて問うた。
「都が豊かになったせいか」と油すましが答えた。「手に入りやすいものは、惜しまれにくい。惜しまれなければ、わしが来る回数が増える」
「戒めに来る回数が増えると、疲れますか」
油すましが少し黙った。
「疲れない。それが役目だから」
「役目が続く限り、あなたもいる」
「そういうことになる」
真白がまた少し考えた顔をした。
「では、油が粗末にされなくなったら」
「その時はいなくなるだろう」
油すましの声に、特に感情が乗っていなかった。消えることを惜しむわけでも、望むわけでも、ない。ただ、あるだけ。
なくなった時はなくなる。
我はその言い方が、どこか分かる気がした。
油すましが立ち上がったのは、行灯の火が安定した頃だった。
笠を確かめ、古びた油差しを拾い上げ、縁側から廊下へ戻っていく。
「気をつけて帰ってください」と真白が言った。
油すましが振り返らないまま答えた。
「気をつけるほどの距離はない。近くにいる」
そのまま廊下の角を曲がって、気配が薄れた。
足音も残らなかった。
実俊が書いたものを眺めながら言った。
「油すましが言ったことを、理論として整理すると——物への関わり方そのものが気を持つ、ということになります。そこまでは付喪神の理論と似ている。しかし付喪神が物に宿るのに対して、油すましは行為に宿る」
「行為に宿る」と真白が繰り返した。
「はい。油を大切に使うという行為が長く続くと、それを守る気が集まる。その気が形を持つ。だとすれば——」
実俊が言葉を選ぶように少し止まった。
「真白殿の言霊も、同じ理かもしれない。言葉を大切にするという行為が長く続いた末に、言葉に力が宿る」
真白が行灯の火を見た。
「言葉を大切にすると、言葉に力が宿る」
「仮説ですが」
「でも——そう思うと、言葉を粗末にしたくなくなるわね」
実俊が笑った。声に出た笑いだった。珍しい。
我は行灯の火を見ていた。
新しい油が入って、安定して燃えている。さっきまでの揺れが消えて、まっすぐな炎になっている。
油すましが言った。惜しまれながら燃えた油は、長くもつ。
行灯の火が、確かに先ほどより落ち着いて見えた。
【妖怪図鑑】
■油すまし(油搾・あぶらすまし)
【分類】戒め系妖怪・精霊型
【危険度】★☆☆☆☆(無害。戒めのみ)
【レア度】★★★☆☆(油を使う場所ならどこにでも現れうる)
【出現場所】行灯の油を粗末にした家、油商人の蔵、厨の油甕の近く
【特徴】
蓑笠姿の老人のような外見を持つ妖怪。油を無駄遣いした者のもとに現れて、静かに戒める。攻撃性は皆無で、戒めを受け入れれば穏やかに去る。怒鳴ることもなく、執念深く追いかけることもない。ただ、一度粗末にした家には繰り返し現れることがある。
今回の描写では、油という物への「関わり方」から生まれた精霊的な存在として解釈した。付喪神が物そのものに宿るのに対し、油すましは「油を大切にしようとする行為が長く積み重なった気」から生まれたと語られる。物ではなく、人と物の間に生まれた存在だ。
【得意技】
・戒め:粗末にされた油の量と状況を正確に把握している。何がいつ無駄になったか、詳しく語ることができる。
・気配察知:油の使われ方に敏感で、粗末にされた油がある場所へ自然と引き寄せられる。
【弱点】
・戒めを素直に受け入れられると次の行動がなくなる
・油が大切に使われている場所には現れない
【生態】
油の文化とともにある存在のため、油が生まれる前はいなかったと本人が語る。油が広まるにつれて各地に増えたが、都が豊かになって油が安価に手に入るようになってからは、戒めに訪れる回数が増えたという。消えることへの執着がなく、油が粗末にされなくなれば自然に役目が終わると考えている。役目が終わることへの感情的反応は薄い。
【玄丸の評価】
「付喪神の理論の延長にあるが、物ではなく行為に宿るというのは別の話だ。考えたことがなかった分類だ。実俊が言霊との類比を出したのは正確だと思う。大切にするという行為が積み重なる——それが言葉でも油でも同じ理なのだとすれば、この世界の気の構造は前の世界より、人の行為と密接に絡んでいる。学ぶことはまだ多い」
【遭遇時の対処法】
現れても慌てない。素直に「気をつけます」と言えば、たいていそれで去る。言い訳をすると長話になることがある。行灯の油を最後まで使い切る習慣、消す前に必ず芯を確認する習慣をつけることで現れにくくなる。茶を出すと飲んでいく。
【豆知識】
油すましの伝承は熊本県の峠道に多く残り、「峠の油すまし」として語られることが多い。道の脇に現れて「俺の先祖もこの道で油を売っていた」と語ったという話が有名。今回の描写では都の平安時代を舞台にしているため、峠ではなく屋敷の行灯という場所で再解釈した。油の文化史と妖怪が結びついた、珍しい例の一つ。




