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平安猫魔伝〜異世界を滅ぼした魔導王、平安の都で猫になる〜【連載版】  作者: 伊勢吉
第二章:口無し女の章

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第五十話「信頼の証」

実俊が次に来たのは、三日後だった。


今度は昼ではなかった。申のさるのこくを過ぎた頃、西の空が薄く橙に染まり始めた時間だ。真白は母の部屋に呼ばれていて、縁側にいたのは我一人だった。


実俊が門を入り、庭を横切った。


直接縁側に来た。真白を呼ばなかった。


我の前に立ち、少しの間だけ黙っていた。三日間、何かを考えてきた——そういう顔だった。準備をして来た、と言ってもいい。陰陽師らしく、言葉を選んで来た顔だ。


「一つ、言わせてください」実俊の声に、三日分の重さがあった。


我は縁側の板の上で体を丸めたまま、実俊を見上げた。


「真白殿を守るという点では、あなたも、我も、同じだと思います」


短かった。それだけだった。


言い終えてから実俊は少し息を吐いた。言いづらかったのか、言えてよかったのか、どちらにも見えた。おそらくその両方だったのだろう。


我は実俊から視線を外し、庭の梅の方を見た。


三日の間に、梅の花が増えていた。二輪だったものが、七輪か八輪になっている。香りがわずかに濃くなっていた。


     *


実俊が縁側の端に腰をおろした。


我との距離は、三尺ほどあった。近くもなく、遠くもない。遠慮と警戒が等分に混じった距離だ。だが来た、ということが重要だった。


「正直に言えば」と実俊が続けた。独り言のような声だった。「あなたが何者か、まだ分かりません。妖なのか、術師が遣わした何かなのか、あるいは全く別の——我が知らない種類の何かなのか。記録を見直しても、既存の分類には当てはまらない」


我は耳を動かした。聞いている、という意思表示として。


「ただ」実俊が、少し口調を変えた。「真澄殿に言われた言葉が、頭から離れないんです。正体を暴くことと、何者かを知ることは別だ、と。あの人は、たいして言葉を使わないのに、いつも要点を突いてくる」


少し苦々しそうな口調だった。真澄に対する複雑な感情が滲んでいた。認めたくないが認めざるを得ない、という顔だ。


「あなたが真白殿の役に立ってきたのは、事実です。鎮魂の夜のことも、それ以前の出来事も。陰陽師として記録した内容は、すべてそれを示している。ならば——」


実俊が少し間を置いた。


「疑うことと、共にいることは、両立するかもしれません」


     *


我は毛繕いを止めて、実俊を見た。


実俊と目が合った。


実俊の目に、今まで見たことのない何かがあった。警戒でも分析でもない。敗北でもない。もっと別の——覚悟、に近いものだ。


前の世界では、この目を見たことがあった気がした。


弟子の中で、特に優秀だった者の目に、時々こういう光があった。理解しきれないものを前にして、それでも前に進もうとする時の目だ。


「一つ、聞かせてもらえますか」実俊の声が、少し低くなった。「答えられるなら、で構いません」


我は実俊を見続けた。


「真白殿を、守るつもりがありますか」


     *


問いは簡単だった。


答えは、もっと簡単だった。


我は体を起こし、実俊の方に一歩だけ近づいた。


実俊が少し身を固くした。だが逃げなかった。


我は実俊の前で止まり、もう一度その目を見た。それから、前足を一本だけ持ち上げ、実俊の膝の上に置いた。


重さにして、たかが猫一匹の前足だ。


だがその一秒ほどの間、実俊は微動だにしなかった。


我が前足を引いて戻ると、実俊が長い息を吐いた。「分かりました」声から、論理的な硬さが抜けていた。どこか素直な声になっていた。「あなたを——信じることにします。まだ理解はできないが、信じることと理解することも、別々にできるのかもしれない」


外から、真白の足音が聞こえた。


     *


「実俊が来ていたの」と真白が縁側に出てきた。「いつから?」


「少し前から」と実俊が答えた。


真白が我を見て、実俊を見た。二人の間の空気が変わっていることに、すぐ気づいたようだった。「何かあった?」


「いいえ」実俊が、きれいに一言で返した。「ただ、話をしていました」


真白が少し首をかしげたが、それ以上は聞かなかった。我の隣に座り、自然な動作で我を膝に乗せた。


三人がそろって庭を向いた。


西の光が庭に斜めに差し込んでいた。梅の花が光を受けて白く輝いていた。座敷童子が厨の方でがたごとと何か動かす音がして、遠くで実俊が小さく咳払いをした。


何でもない時間だった。


だが、その何でもない時間の質が、三日前とは違っていた。


     *


真澄が縁側に水を持ってきたのは、しばらくしてからだった。


盆に湯呑みを三つ乗せている。真白の分と、実俊の分と——我の隣に、水の入った小皿が一つ。


三つではなく、四つ分だ。


「お気遣いなく」実俊が、少し居心地悪そうに湯呑みを受け取った。


「屋敷の習わしにございます」と真澄が答えた。表情は変わらなかった。だが盆を置く手が、いつもより丁寧だった気がした。


真澄が下がりながら、一瞬だけ我を見た。


言葉はなかった。だが何かが伝わった——この屋敷でそれぞれの者がそれぞれの立場で真白を守ろうとしていること、その形が今日からまた少し変わったことを、真澄は黙って承知している、という気配だった。


我は水の小皿を少し舐めた。


喉が乾いていたわけではなかった。ただ、受け取ることが適切に思われた。


     *


実俊が帰り際、門のところで振り返った。


真白はすでに屋敷に戻っていた。庭には我一人がいた。


実俊が我を見た。我も実俊を見た。


「まあ」と実俊が短く切った。「よろしく頼みます」


そう言って、歩き去った。


ずいぶんと不格好な挨拶だった。理詰めの人間が感情を言葉にしようとすると、いつもこういう形になる。前の世界でもそうだった。賢い者ほど、素直な言葉を出す時に苦労する。


だが、悪くなかった。


我は実俊の後ろ姿が小路の向こうに消えるのを見届けてから、縁側に戻った。梅の香りが、昼より少し強くなっていた。日が傾いて、気温が下がり始めると、香りは遠くまで届くようになる。


あと十日もすれば、庭全体が白くなるだろう。


冬はまだここにあるが、次の季節がどこかで動き始めている気配があった。


前の世界で季節の変わり目を感じたことがあったかどうか、我には思い出せなかった。あの世界では、季節よりも理の動きを観測することに全力を注いでいた。今、我は縁側で梅の香りを嗅ぎながら、夕暮れが庭木の影を長く伸ばしていくのを眺めていた。


それを、悪いとは思わなかった。


     *


その夜、真白が我を抱いて庭を眺めながら言った。


「実俊と、何かあったのでしょう」


我は真白の腕の中で動かなかった。


「玄丸の体の緊張が、今日は違う気がする。何か——決まった、って感じ」


決まった、という表現は正確だった。


言霊感応とはこういうことか、と我は思った。言葉で説明できないものを、この女は気配で読む。


「よかった」と真白が言った。理由は言わなかった。ただそれだけを言った。


よかった、という言葉が、夜の空気の中に溶けた。


我は尾を一度揺らした。


梅の夜の香りが、少しずつ濃くなっていた。

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