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平安猫魔伝〜異世界を滅ぼした魔導王、平安の都で猫になる〜【連載版】  作者: 伊勢吉
序章:転生と邂逅

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第四話「庭に潜む影」

屋敷での生活にも、だいぶ慣れてきた。


猫としての本能と、魔導王としての理性。その二つの間で揺れ動く日々だが、少しずつバランスが取れるようになってきた。


我が名は玄丸。真白の猫として、平安の都で暮らす元魔導王だ。


今日も、いつものように庭で日向ぼっこをしていた、はずだった。



正午過ぎ。


陽光が白い砂利を照らし、松の木が優雅な影を落としている。


我は縁側で、丸くなっていた。猫にとって、日向ぼっこは至福の時間だ。温かい日差しが毛皮を包み、心地よい眠気が襲ってくる。


だが、ふと、気配を感じた。


妙な、気配だ。


我は目を開けた。


庭の向こう、松の木の陰に、何かがいる。


それは、人ではない。だが、ただの動物でもない。


妖気、だ。


微かだが、確かに妖の気配がする。


我は体を起こした。


猫の視力は、人間よりも優れている。特に動くものを捉える能力は高い。


そして、見えた。


松の木の根元に、小さな影がある。


茶色い毛皮。ずんぐりとした体。そして、妙に人間じみた、狡猾そうな目。


狸、か。


いや、ただの狸ではない。あれは、化け狸だ。


我がいた世界にも、獣が魔力を帯びて妖怪化する現象はあった。この世界でも、同じことが起こるらしい。


狸は、我を見ていた。


その目には、明らかな敵意がある。


縄張り争い、か。


恐らく、この庭は元々あの狸のテリトリーだったのだろう。そこに我という新参者が現れたことで、狸は警戒しているのだ。


「にゃあ」


我は、軽く威嚇の声を出した。


去れ。ここは今、我のテリトリーだ。


だが、狸は動かない。


それどころか、近づいてきた。


のそのそと、四つ足で砂利を踏みしめながら。


その目が、我を値踏みするように見つめる。


舐められているな。


猫の体は、狸よりも小さい。戦えば、分が悪いと思われているのだろう。


だが、我は、ただの猫ではない。


元魔導王だ。封印されているとはいえ、魔力は残っている。


そして、真白を守るためなら。


我は、この屋敷を守る。


狸が、また一歩近づいてきた。


その瞬間、我は動いた。


四本の足で地面を蹴り、狸に向かって跳ぶ。猫の跳躍力は、思いのほか高い。狸の頭上を飛び越え、その背後に着地する。


狸が驚いて振り返る。


その隙に、我は意識を集中させた。


体内の魔力を探る。微かに、ほんの僅かに残っている力。


五行の理、そのうちの一つ、木の理。


風を操る術だ。


我は魔力を込めた。前足の肉球から、微かな緑色の光が漏れる。人間には見えないほどの、僅かな光。


そして、解放した。


「ふっ」


小さく息を吐くと同時に、風が起こった。


微弱な風。だが、狸の体を押すには十分だった。


狸がよろめく。バランスを崩して、砂利の上に転がる。


「にゃあああっ!」


我は、追い打ちをかけるように、威嚇の声を上げた。猫が怒った時の、鋭い声。


狸の目に、恐怖の色が浮かんだ。


この猫、ただの猫ではない。そう理解したのだろう。


狸は、慌てて逃げ出した。のそのそとした動きが、今度は慌ただしい。塀を越えて、庭の外へ消えていく。


我は、じっとその背中を見送った。


もう、来るな。ここは、我のテリトリーだ。そして、真白の、家だ。


息が、少し荒い。


魔法を使ったせいだ。微弱とはいえ、この小さな体には負担が大きい。


だが、成功した。


真白を、守れた。



「玄丸!」


真白の声がした。


振り返ると、彼女が縁側から駆け寄ってくる。


「大丈夫? 今、狸がいたでしょう?」


真白が心配そうに我を抱き上げる。


「怪我はない?」


我は「にゃあ」と鳴いた。大丈夫だ。心配するな。


真白は、我を抱きしめた。


「怖かったでしょう。でも、あなたは勇敢だったわ」


真白の声が、優しく響く。


「狸を追い払ってくれたのね。ありがとう」


真白の腕の中で、我は、ほっとした。


守れた。真白を、守れた。


それだけで、十分だ。


「玄丸」


真白が我を見つめる。


「あなた、本当に特別な猫ね」


その言葉に、我は、少し照れた。照れる、という感情を持つとは、思わなかった。


だが、真白に褒められると、嬉しい。


それは、認める。


「これからも、一緒にいてね」


真白が微笑む。


「あなたがいてくれれば、怖いものなんてないわ」


その言葉を聞いて、我は、思った。


真白を守る。それが、今の我の役目だ。


魔導王として世界を統べていた頃よりも、ずっと、小さな役目。


だが、ずっと、大切な役目。


我は、この役目を、全うしよう。



夕方。


我は、縁側で休んでいた。


魔法を使った疲労が、じわじわと体に染み込んでくる。


猫の体は、魔法を使うには脆弱すぎる。少しの術でも、こんなに疲れるのか。


だが、仕方ない。この体で生きる以上、この制約も受け入れなければならない。


「玄丸、お疲れ様」


真白が、小さな皿を持ってきた。


その上には、焼いた魚の切り身がある。


「今日は特別に、たくさん食べていいわ」


真白が微笑む。


「頑張ってくれたから」


我は、ありがたく、それを食べた。


魚は美味しく、体に染み渡る。疲れた体に、栄養が届く感覚。


食べ終わると、真白が我を抱き上げた。


「今日は、ゆっくり休んでね」


真白の腕の中で、我は、安らいだ。


温かい。


真白の腕の中は、いつも、温かい。



夜。


月が、空に浮かんでいた。


我は窓辺に座り、その光を浴びていた。月光が、微かに魔力を回復させる。


だが、完全に回復するには、まだ時間がかかるだろう。


今日使った魔法は、微弱だった。だが、我の今の力では、限界に近かった。


この体で、どこまで魔法が使えるのか。まだ、完全には分かっていない。


だが、一つだけ、確かなことがある。


真白を守るためなら、我は、この力を使う。


たとえ、体に負担がかかろうとも。


たとえ、寿命が削られようとも。


「玄丸、こっちにおいで」


真白が、布団の中から呼ぶ。


我は、真白の元へ行った。布団に潜り込むと、温かい。


真白が、我を抱きしめる。


「今日も、ありがとう」


真白の声が、優しく響く。


「守ってくれて」


その言葉を聞いて、我は、小さく鳴いた。


「にゃあ」


それが、我なりの、返事だった。


「これからも、一緒にいてね」


真白の声が、優しく響く。


「ずっと、ずっと」


その言葉を聞いて、我は、誓った。


ああ、そうだ。


我は、ずっと真白の傍にいよう。猫として。守り神として。そして、家族として。


たとえ、言葉が通じなくても。たとえ、姿が違っても。


心は、通じている。


それだけで、十分だ。


月光の下、真白の膝の上で、我は、静かに目を閉じた。


今日も、真白を、守れた。


それだけで、満たされていた。

【妖怪図鑑】


■庭守りの古狸にわもりのふるだぬき


【分類】獣妖怪

【危険度】★☆☆☆☆(低)

【レア度】★★☆☆☆(普通)

【出現場所】屋敷の庭、神社の境内、古い森


【特徴】

長年同じ場所に住み着いた狸が、微弱な妖力を帯びた存在。完全な妖怪ではなく、妖怪化の初期段階にある。縄張り意識が強く、新参者を威嚇するが、本格的な戦闘能力は低い。人間には基本的に無害で、追い払われるとすぐに退散する。


【得意技】

・威嚇:「ぽんぽこ」と腹を鳴らして相手を驚かす

・擬態:木の根や石に化けて身を隠す(未熟で見破られやすい)


【弱点】

・戦闘経験が乏しく、強い相手には逃げ出す

・魔法や妖術に対する耐性がない

・気が小さく、大きな音や光に弱い


【生態】

主に夜行性だが、昼間も活動する。木の実や虫を食べる雑食性。縄張りを守ろうとするが、本質的には臆病で平和主義。人間の残飯を漁ることもあるが、悪意はない。


【玄丸の評価】

「ただの縄張り争いだったな。魔力もほとんど感じられず、戦闘能力も低い。微弱な風の術で十分に追い払えた。とはいえ、油断は禁物だ。妖怪化の初期段階とはいえ、普通の猫なら苦戦しただろう。我が真白を守る限り、この庭に侵入は許さん」


【遭遇時の対処法】

驚かさずに静かに立ち去らせるのが最善。攻撃してくることは稀で、こちらから危害を加えなければ問題ない。餌付けすると居着くため注意が必要。


【豆知識】

化け狸の中でも最も弱い部類で、「見習い化け狸」とも呼ばれる。さらに長生きし、妖力を蓄えると「化け狸」→「古狸」→「大狸」と進化していく。本格的な化け狸は人を化かす能力を持つが、この個体はまだその域に達していない。

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