真澄外伝 第四十六話「小さな来客、正式に」
猫が猫に嫉妬するというのは、我ながら理に合わぬ話である。だが、この数日というもの、我の尻尾は自分でも制御しきれぬほど不機嫌に揺れ続けていた。
事の起こりは、藤原真白(ふじわら の ましろ)が軒下の秘密を見つけてしまったことにある。
「まあ、こんなところに」
真白の声に、我は縁側から飛び起きた。真澄が慌てて駆け寄る姿など、滅多に見られるものではない。だが今日ばかりは違った。
「姫様、それは……」
言い訳を探す家令の顔を、我は横目で眺めた。日頃の落ち着きはどこへやら、あからさまに動揺している。
真白の腕の中には、あの仔猫がいた。震えることもなく、すっかり人慣れした様子で丸くなっている。
「真澄が、こっそり世話をしていたのね」
咎める響きは欠片もない。むしろ弾んだ声だった。彼は観念したように肩を落とし、事情を短く語った。何度も言い淀みながらであったが、聞き終えた真白は迷いなく告げた。
「このまま、屋敷で飼いましょう」
真名井実俊(まない の さねとし)が屋敷を訪れたのは、その翌日である。事の次第を聞くなり、彼は真澄を見て眉を上げた。
「お前が、そのような真似をするとはな」
「褒められた話ではないのでございます」
真澄が短く返す。実俊はしばらく黙って仔猫を眺めていたが、やがて口の端を緩めた。
「いや。悪くない話だ」
我はといえば、その場の全てが気に入らなかった。仔猫は真白の膝を我が場所と決め込み、我が近づけば小さな爪を立てて威嚇する始末である。理を極めた魔導王が、たかが子猫一匹に鼻先を弾かれる日が来ようとは、誰が想像し得ただろうか。
「その子とも、仲良くしていただけると助かるのでございます」
真澄が、我にだけ聞こえる声でそう言った。柔らかな物言いだったが、目には隠しきれぬ愉快さが浮かんでいる。日頃の意趣返しのつもりであろう。我は答える術を持たぬゆえ、ただ耳を伏せて抗議した。
夕刻、真白と実俊が母屋へ戻ったあと、縁側には家令と我と、仔猫だけが残った。
彼が、その子を抱き上げ、我の隣にそっと下ろす。逃げるかと思われたが、意外にも、その子は我の脇腹にそのまま身を寄せてきた。温もりを求める仕草に、我も強く拒む気にはなれなかった。
「存外、悪い間柄ではなさそうでございます」
真澄が満足げに言う。我は反論の代わりに、片方の耳だけを動かしてみせた。
理を扱う者として、些細な縄張り争いに心を乱すなど本来あるまじきことである。とはいえ、この温もりを完全に憎めぬあたり、我にも案外、度量というものが足りぬわけではないらしい。ただ、育つには今しばらく時がかかりそうだと、この身をもって思い知る夕べであった。




