真澄外伝 第四十五話「霜の窪み」
朝霜が、庭の隅々まで白く覆っていた。息を吐けば、それだけで小さな雲が生まれる冷たさである。踏みしめる土は硬く、草の葉は皆、細い刃物のように光っていた。
葛上真澄(かずらがみ の ますみ)が、屋敷回りの見廻りに出るのは、この時季の日課である。我はいつものように、その後をついて歩いた。
塀際に差しかかったところで、家令の足が止まった。
しゃがみ込み、霜の面を見つめる横顔に、いつもとは違う硬さがある。我も並んで覗き込んだ。丸みを帯びた窪みが二つ、等しい間隔を空けて霜の下に沈んでいる。
見覚えのある形だった。我はすでに、以前から知っている。だが、それを告げる言葉を我は持たぬ。
「……このあたりの霜だけ、融けるのが早いようでございます」
真澄が呟くように言った。独り言に近い響きで、我への問いではなかったろう。だが律儀な男である。しばらく待っても答えが返らぬと分かると、彼はそれ以上尋ねはしなかった。
懐に指先が触れる。木片を確かめる、あの癖である。今朝はそれが、いつもより長く続いた。
柿の木の梢で、鴉の声がひとつ響いた。だが、その木に止まる姿はない。近頃、あの木にだけ鳥が寄りつかぬことを、気に留める者はまだ少ない。
真澄がふと視線を上げ、梢を眺めた。
「今年は、烏も静かでございます」
それだけ言って、彼は再び霜の窪みへ目を落とした。何かを結びつけようとしているようでいて、まだそこまでは至っていない様子だった。我としては、口を挟む理由もなければ、資格もない。
見廻りは、いつも通りに終わった。厩の様子を検め、井戸端の氷を割り、薪の数を数える。特段変わったことは何もなかった、と誰かに尋ねられれば、真澄はそう答えるだろう。
だが、屋敷へ戻る道すがら、彼は一度だけ振り返った。塀際の方角へ。それだけである。何を確かめたのかは、我にも分からぬ。
我だけが、その場にわずかに長く留まった。霜の下の二つの窪みを、今一度見下ろす。以前より、輪郭がわずかに深くなっている――ように見えるのは、単なる思い違いかもしれぬ。
理を扱う者として、確証のない推測に飛びつくつもりはない。ただ、この目に映るものだけは、忘れずにおくとしよう。
告げるべきか、否か。答えはまだ出ぬ。だが、あの男が自らの足でこの窪みに近づき始めたという事実だけは、我の中に静かな警戒として根を張った。忠義でも親しみでもない、もっと冷えた種類の在り方が、今朝の霜のように、我の内にも積もっていた。




