真澄外伝 第四十四話「物置の来客」
がしゃん、という乾いた音が、丑三つ時の静けさを破った。
我は跳ね起きた。脳裏をよぎったのは、金色の目でも、あの老人でもない。ただ単純に、賊か獣かという疑いだった。物置の方角から、もう一度、何かがぶつかる音がする。
廊下を駆け、庭へ出ると、月明かりの下に小さな灯りが揺れていた。手燭を持った人影が一つ、腰を屈めている。
葛上真澄(かずらがみ の ますみ)である。
普段の身のこなしからは考えられないことに、彼の足元には、木桶と籠がひっくり返っていた。近づく我に気づき、家令の肩が跳ねる。
「……お、起こしてしまいましたようでございます」
声が、いつもより少し高い。手燭の炎に照らされた顔は、耳の先まで赤く見えた。
我は転がった籠の中を覗いた。乾いた魚の骨と、飯粒の残りが散らばっている。厨から下げた残飯にしては、量が少なすぎる。誰かのために取り分けたもの、というのが正しかろう。
軒下の暗がりから、小さな声がした。
見れば、まだ目も開いたばかりの仔猫が一匹、震えながらこちらを窺っている。真澄が慌てて手燭を遠ざけ、驚かせぬようにと自らの体で光を遮った。
「先月から、この下に住み着いておりますゆえ」
言い訳のような響きだった。彼は普段、必要以上の言葉を持たぬ男である。だというのに、今夜は妙に説明が多い。
「親猫の姿を見かけませぬゆえ、捨て置くわけには参らぬのでございます」
躓いて桶を蹴った経緯まで、問われもせぬのに語り出す始末だった。日頃の寡黙さはどこへ行ったものか、我としては愉快でならない。
仔猫が、真澄の指先に鼻を寄せる。警戒よりも、慣れのほうが勝った仕草だった。すでに幾夜か、この手から餌をもらっているのだろう。
我は尻尾をひとつ、大きく打ちつけた。同じ猫でありながら、我は屋敷の内で丁重に扱われ、その子は軒下で震えている。理不尽な話ではないか――と、そこまで考えて、我は自分の思考の幼さに気づき、耳を伏せた。
「明日、お屋敷の方々には……」
言いかけて、真澄は口をつぐんだ。内緒にしてほしい、とまでは言わぬあたりが、この男らしい遠慮であった。
我は答える術を持たぬ。ただ、こぼれた飯粒を一つ、前足で仔猫の方へ押しやってやった。
真澄が、その仕草をしばらく見つめていた。やがて、桶と籠を静かに拾い集めながら、口の端をわずかに緩める。
この男、猫にだけは存外優しい。
我はそれに応える代わりに、仔猫の傍らへ寄り、丸くなってみせた。
皮肉とも称賛ともつかぬ一言だった。我はそれに応える代わりに、仔猫の傍らへ寄り、丸くなってみせた。
片付けを終えた真澄が、しばらくそこに留まった。手燭の炎越しに、彼と、その子と、我とが並んでいる。誰かに見られれば奇妙な図であろうが、今この場に、それを笑う者はいない。
猫可愛がりする人でなしの家令と、それを見咎める資格などない同類の我。並んでみれば、案外似合いの二人であった。




