真澄外伝 第四十三話「虫干しの夜」
乾いた藁と古布の匂いが、渡殿の先から漂ってきた。
秋も深まり、屋敷では虫干しの支度が進んでいる。長持や行李が縁側に運び出され、日に晒された絹地が乾いた音を立てていた。我はその香りを追って裏庭へと足を向けた。
葛上真澄(かずらがみ の ますみ)が、古い葛籠の蓋を開け、中の反物を一枚ずつ検めている。埃を払う仕草には無駄がなく、慣れた手つきだった。
「毎年のことでございます」
傍らに寄った我へ目もくれずに、その男が言った。理由など尋ねてもいないのに、律儀に説明を寄越すあたりが、この男らしいと言えば男らしい。
布の重なりの奥に、見覚えのある桐の匂いが混じっていた。以前、記憶を覗いたあの箱と同じ木の匂いである。だが今日はそちらへ深入りする気にはなれなかった。理由は、我自身にもよく分からない。
日が傾き、縁側に長い影が伸びる。真白の姿は今日は見えない。母屋で祖父の相手をしていると、先ほど女中が告げていた。
一通りを畳み終えた家令が、腰を伸ばして空を見上げた。
「季節が変わるたび、こうして風を通さねば、すぐに黴びてしまうのでございます」
言ってから、真澄は少し間を置いた。何か続けようとして、やめたような間だった。我は尻尾の先だけを動かし、続きを促す。
「――子供の頃は、こうした布を持つ暮らしそのものが、縁のないものでございます」
それだけ言うと、真澄はまた次の葛籠へ手を伸ばした。多くを語らぬ男の割に、今日はどこか口が軽い。我はその変化を興味深く眺めた。
裏庭の茂みで鳴いていた虫の声が、不意に止んだ。
家令の手が一瞬止まる。だが振り返りはしなかった。しばらくして、その音が戻る。何事もなかったかのように、彼は作業を続けた。
我だけが、その一拍の静寂を長く記憶に留めた。何がそれを黙らせたのか、確かめる術はない。だが、こうした些細な間が、近頃はやけに気にかかる。
日が完全に落ちる前に、虫干しは終わった。真澄は畳んだ反物を長持へ収め、蓋を閉じる。最後に、桐の匂いのする箱だけを、他より少し丁寧な手つきで奥にしまった。
「終わりでございます」
短く言って、真澄は縁側に座り込んだ。疲れを見せることの少ない男が、珍しく肩の力を抜いている。我はその隣に丸くなった。
しばらく二人で、暮れていく庭を眺めた。言葉は交わさない。だが、それで十分な時間というものがあるらしい。
理を極めた我が、かつて軽んじていた種類の時間である。忠義とも、慣れとも呼べぬ何か――信頼と呼ぶには早計かもしれぬが、それに近いものが、この沈黙の中には確かに在った。




