第二十一話「真白の誕生日」
「玄丸、どこへ行くの」
真白の声が背中に届く。我は振り返らず、庭の奥へと進んだ。
今朝から、屋敷は騒がしい。厨から甘い匂いが漂い、侍女たちが慌ただしく行き交う。真白の誕生を祝う日だ。
問題がある。
我には何も贈れない。肉球では金を持てず、爪では物を作れない。
庭の隅で立ち止まる。枯れた草が足元にある。木々の枝も、葉を落として寂しげだ。
花を咲かせよう。
異世界で学んだ理論を思い出す。木の理は生命を、火の理は光を司る。二つを織り交ぜれば――
肉球を地面に押し当てた。
*
夕刻になって、真白が庭に出てきた。
我は彼女を見つけると、尻尾を立てて歩き出す。
「待って、玄丸」
構わず先へ進む。真白の足音が後ろから追いかけてくる。
楓の木を過ぎ、小さな池を回り込む。普段は誰も来ない一角だ。
「あ……」
真白の息を呑む音が聞こえた。
白い花弁が、淡く光っている。一輪だけ。地面から伸びた茎の先に、月光のような輝きを纏って。
「これ」
真白が膝をつく。
「見たことない」
指先が花びらに触れそうで、触れない。
「どうして、こんなところに」
我は「にゃあ」と短く鳴いた。
真白が顔を上げる。目が潤んでいる。
「玄丸、あなたが?」
また鳴く。
「そんな」
真白が我を抱き上げた。腕に力がこもる。
「ありがとう」
耳元で囁く声が震えている。
「こんな、誰も」
言葉が途切れた。真白の肩が小刻みに揺れる。
我は彼女の胸元に顔を埋めた。温かい。心臓の音が聞こえる。
「玄丸」
真白が息を整える。
「あなたは」
また言葉が止まる。
しばらく、二人で花を見ていた。
風が吹く。花が揺れる。光が波打つように明滅した。
「宝物」
真白が呟く。
「私の」
続きは聞こえなかった。だが、その腕の強さで分かる。
胸が熱い。苦しくはない。むしろ心地いい。この感覚に名前があるのか、我には分からない。
「月光花って呼ぶわ」
真白が立ち上がる。
「この子の名前」
花を見下ろす横顔が、微笑んでいる。いや、泣いているのか。
判別がつかない。
*
夜になって、祝いの宴が始まった。
我は部屋の隅にいる。真白は皆に囲まれて、何度も頭を下げている。実俊も来ている。真澄も。
「玄丸殿」
実俊が近づいてきた。
「庭の花、拝見しました」
我は彼を見上げる。
「あれを作り出すとは」
実俊が膝をつく。目が真剣だ。
「私も、真白殿を」
言葉が止まる。実俊が拳を握った。
「いや、失礼」
立ち上がって、去っていく。
何を言おうとしたのか。だいたい察しはつく。
「玄丸」
真白が手招きする。
我は彼女の元へ歩いた。
「皆様にご紹介しなくちゃ」
真白が我を抱き上げる。
「私の家族です」
皆が拍手をする。わらべが「玄丸ー!」と叫んでいる。
家族。
この言葉を聞くのは何度目だろう。
だが、今日は少し違う。
真白の腕の中で、さっきの花を思い出す。あれは明日には消えているかもしれない。魔力が尽きれば、光も失われる。
それでいい。
記憶に残れば。
真白の中に、我が作ったものが残れば。
「玄丸、お腹空いた?」
わらべが駆け寄ってくる。小皿に魚の切り身を載せている。
我は真白の腕から降りて、わらべの差し出す皿に顔を近づけた。
美味い。
わらべが嬉しそうに笑う。
宴は夜更けまで続いた。




