真澄外伝 第二十四話「蒸し過ぎの粥」
「だから、火を強めすぎだと言ったのでございます!」
「強めなきゃ、いつまで経っても炊けやしないんだよ!」
厨から響く声は、朝から屋敷中に届くほどの大きさであった。お梅の甲高い叱声と、蕗の言い返す声が、幾度も交差する。
我が縁側から様子を窺いに行くと、竈の前で二人が向き合い、鍋を挟んで睨み合っていた。鍋の中では、粥が見るからに焦げ付き、白い湯気ではなく、焦げた匂いの煙を上げている。
「見てごらんよ、これ。底が真っ黒じゃないか」
「私は、最初から弱火にとおっしゃったのでございます」
「言われた通りにしてたら、今頃まだ生米だよ!」
二人の間に割って入るように、真白が厨へと顔を出した。
「あら、大変なことになっているのね」
「姫様! 申し訳ございません、朝餉が――」
お梅が慌てて頭を下げる横で、蕗も鍋を隠すように前へ出た。真白はくすりと笑い、二人の間に立った。
「大丈夫よ、また作り直せばいいだけだもの。それより、真澄はどこかしら」
「厨の裏で、薪を運んでいたはずでございますが」
「呼んできてくれる? お米を分けてもらいに、お隣まで一緒に行ってほしいの」
お梅の返事を待たずに、真白は既に土間の方へと歩き出していた。急な思いつきを行動に移す速さは、幼い頃から変わっていないらしい。
*
真澄(かずらがみ の ますみ)が呼ばれてきた時には、厨はすでに二度目の騒動――今度は蕗が米を量り間違えたことで、また一悶着起きていた。
「多すぎでございます、蕗殿。この量では、隣の分まで足りなくなることでございます」
「あら、少なめだと思ったんだけどねえ」
真澄は米櫃と枡を見比べ、無言のまま計り直しにかかる。その手際は、こうした騒ぎに幾度となく駆り出されてきた者らしい、慣れたものであった。
我は米俵の陰に潜み、その様子を眺めていた。厨の床には、こぼれた米粒がいくつも転がっている。我の尻尾が、思わずそちらへ動きかけたが、真白に見咎められる前に、我は素知らぬ顔で毛繕いを始めた。
「玄丸ったら、また狙ってるのね」
見咎められていた。真白が笑いながら、我の頭を軽く撫でる。我は不服そうに耳を伏せてみせたが、内心では、撫でられる感触を悪くないと思っていることを、誰にも悟らせるつもりはない。
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米を分け終え、真澄が枡を懐にしまおうとした、その時である。
懐の奥、木片のある辺りが、ほんの一瞬だけ、熱を持った。
真澄の手が、枡を持ったまま止まる。だが、それはほんの瞬きほどの間であった。
「真澄、こっちも手伝って! 蕗が今度は薪を数え間違えたの」
厨から蕗の困った声が飛んでくる。真澄は懐に触れかけた手を止め、枡を米櫃に戻すと、何事もなかったかのように厨へと歩いていった。
我だけが、その一瞬を見ていた。木片の熱は、井戸のそばで感じたものよりも弱く、そして短かった。だが、確かに反応したことに変わりはない。
真澄自身は、それに気を留める暇もなかったのであろう。彼が今、心を割いているのは、木片の紋様よりも、蕗の数え間違えた薪の束の方であった。
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夕刻、ようやく騒動が収まった頃、お梅と蕗は縁側で並んで座り、疲れたように息をついていた。
「今日はさすがに、こたえたねえ」
「お梅殿の火加減が、そもそもの元凶でござろう」
「まだ言うのかい、この子は」
二人のやり取りに、真白がくすくすと笑う。真澄は少し離れた場所で、片付けの手を止めずにいたが、その口元にも、わずかな緩みが見て取れた。
平穏という言葉は、こうした騒がしさの中にこそ、宿るものなのかもしれぬ。
だが我は知っている。あの一瞬の熱は、この賑やかさの底で、確かにまだ息をしていたということを。
木片は、こうした何気ない一日の中にも、忘れずに顔を出す。まるで、真澄がどれほど日常に紛れようとも、見失われることを拒むかのように。




