真澄外伝 第十三話「綺麗な目」
灯りに照らされた真白の瞳が、こちらを見つめていた。
夕餉の後、縁側で月を見上げるその傍らに、真澄が控えていた。彼女がふと視線をこちらへ向け、「あなたの目は、いつ見ても綺麗ですね」と、当たり前のように呟いた。真澄はいつもと変わらぬ調子で会釈を返しただけであったが、その一瞬、彼の指先が僅かに止まったのを、我は見逃さなかった。
初めて聞いた台詞ではあるまい。だが、何度聞いても、彼の内には同じ波紋が立つと見える。
その波紋を辿るように、我は水の理を纏わせた。
灯りが、幼い日の光へと変わっていった。
――
真澄が藤原家に仕えて数年が過ぎた頃、屋敷にはまだ幼い真白の姿があった。
四つか五つの年頃であったろう。乳母に手を引かれて庭を歩くその子を、彼は少し離れたところから見守るのが常であった。近づきすぎぬよう、目立たぬよう――それが、半妖である己に課した分であった。
ある昼下がり、真白がその手を振りほどき、真澄の方へまっすぐに駆けてきた。
「あなた、いつも庭にいますね」
不意を突かれ、真澄は膝をついて頭を垂れた。粗相のないようにと、それだけを考えていた。
「面を上げてください」
幼い声とは思えぬほど、はっきりとした物言いであった。真澄が戸惑いながら顔を上げると、彼女は間近でその顔を覗き込んだ。
乳母が慌てて駆け寄ろうとしたが、真白は片手でそれを制した。幼子とは思えぬ、堂々とした仕草であった。
「金色に、少し青が混じっていますね」
真白は瞳の色を、まるで珍しい花を愛でるように見つめていた。恐れの色は、欠片もなかった。周りの大人たちが真澄を見る目には、必ずどこか怯えか警戒が滲んでいたが、この幼子にはそれがなかった。
「綺麗な目ですね」
その一言に、真澄は言葉を返せなかった。
これまで、その目を褒められたことなど一度もなかった。獣じみていると謗られ、忌まわしいと目を逸らされることはあっても、綺麗だと言われたことは、生まれてこの方、なかった。
乳母が「姫様、そのような者に近づかれては」と窘める声が聞こえたが、真白は意に介さなかった。
「わたし、この人の目、好きです」
言い切ると、真白は満足げに頷き、また乳母の手を取って歩き去っていった。彼はその場に膝をついたまま、しばし動けなかった。何と応えればよかったのか、答えは今も見つかっていない。
その夜、真澄は己の顔を、井戸の水面に映してみた。月明かりに揺れる瞳は、いつもと変わらぬ金色であった。それの、どこが綺麗だというのか。真澄には分からなかった。分からぬまま、ただその夜だけは、水面から目を逸らせずにいた。
――
灯りが、元の夜へと戻った。
幾年経とうと、あの一言が色褪せずに残っているらしいことを、我はようやく合点した。出自を理由に石を投げられ、怯えられ続けてきた男にとって、恐れなく「綺麗だ」と言われた記憶は、他のどんな誉め言葉にも代え難いものであったろう。
真白の方は、我に微笑みかけると、再び月へと視線を戻した。真澄はその傍らで、変わらず控えていた。
「昔から、お変わりなきことでございます」
短いその一言に、我は尾の先を一度だけ揺らして応えた。忠義の始まりというものは、大げさな誓いよりも、こうした小さな一言の方が、余程確かな根を張るものらしい。




