↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【本編完結】平安猫魔伝〜異世界を滅ぼした魔導王、平安の都で猫になる〜【連載版】  作者: 伊勢吉
番外編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
195/218

真澄外伝 第十三話「綺麗な目」

灯りに照らされた真白(ましろ)の瞳が、こちらを見つめていた。


夕餉の後、縁側で月を見上げるその傍らに、真澄(ますみ)が控えていた。彼女がふと視線をこちらへ向け、「あなたの目は、いつ見ても綺麗ですね」と、当たり前のように呟いた。真澄はいつもと変わらぬ調子で会釈を返しただけであったが、その一瞬、彼の指先が僅かに止まったのを、我は見逃さなかった。


初めて聞いた台詞ではあるまい。だが、何度聞いても、彼の内には同じ波紋が立つと見える。


その波紋を辿るように、我は水の理(みずのことわり)を纏わせた。


灯りが、幼い日の光へと変わっていった。


――


真澄が藤原家に仕えて数年が過ぎた頃、屋敷にはまだ幼い真白の姿があった。


四つか五つの年頃であったろう。乳母に手を引かれて庭を歩くその子を、彼は少し離れたところから見守るのが常であった。近づきすぎぬよう、目立たぬよう――それが、半妖である己に課した分であった。


ある昼下がり、真白がその手を振りほどき、真澄の方へまっすぐに駆けてきた。


「あなた、いつも庭にいますね」


不意を突かれ、真澄は膝をついて頭を垂れた。粗相のないようにと、それだけを考えていた。


「面を上げてください」


幼い声とは思えぬほど、はっきりとした物言いであった。真澄が戸惑いながら顔を上げると、彼女は間近でその顔を覗き込んだ。


乳母が慌てて駆け寄ろうとしたが、真白は片手でそれを制した。幼子とは思えぬ、堂々とした仕草であった。


「金色に、少し青が混じっていますね」


真白は瞳の色を、まるで珍しい花を愛でるように見つめていた。恐れの色は、欠片もなかった。周りの大人たちが真澄を見る目には、必ずどこか怯えか警戒が滲んでいたが、この幼子にはそれがなかった。


「綺麗な目ですね」


その一言に、真澄は言葉を返せなかった。


これまで、その目を褒められたことなど一度もなかった。獣じみていると謗られ、忌まわしいと目を逸らされることはあっても、綺麗だと言われたことは、生まれてこの方、なかった。


乳母が「姫様、そのような者に近づかれては」と窘める声が聞こえたが、真白は意に介さなかった。


「わたし、この人の目、好きです」


言い切ると、真白は満足げに頷き、また乳母の手を取って歩き去っていった。彼はその場に膝をついたまま、しばし動けなかった。何と応えればよかったのか、答えは今も見つかっていない。


その夜、真澄は己の顔を、井戸の水面に映してみた。月明かりに揺れる瞳は、いつもと変わらぬ金色であった。それの、どこが綺麗だというのか。真澄には分からなかった。分からぬまま、ただその夜だけは、水面から目を逸らせずにいた。


――


灯りが、元の夜へと戻った。


幾年経とうと、あの一言が色褪せずに残っているらしいことを、我はようやく合点した。出自を理由に石を投げられ、怯えられ続けてきた男にとって、恐れなく「綺麗だ」と言われた記憶は、他のどんな誉め言葉にも代え難いものであったろう。


真白の方は、我に微笑みかけると、再び月へと視線を戻した。真澄はその傍らで、変わらず控えていた。


「昔から、お変わりなきことでございます」


短いその一言に、我は尾の先を一度だけ揺らして応えた。忠義の始まりというものは、大げさな誓いよりも、こうした小さな一言の方が、余程確かな根を張るものらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。