真澄外伝 第八話「牙の谷」
小刀の刃を、真澄は布切れ一枚で拭っていた。
家令の務めに刃物など要らぬはずである。それでも彼は月に幾度か、庭の隅でその手入れを欠かさない。手つきに迷いはなく、刃筋を確かめる指先には、長年の反復だけが持つ硬さがあった。
家令にしては、些か鍛えられすぎている。以前からそう見ていたが、今宵はその由来を確かめてみたくなった。水の理を纏わせ、刃に映る我が身の目を、彼の記憶へと沈めていく。
刃が、月光ごと闇に呑まれた。
――
老人のもとで幾年か過ごした頃、真澄は既に、影に紛れて山道を渡る術を身につけていた。
峠を越え、隣の谷へ向かうその日、旅の目的は語られぬままであった。ただ黙って背に従うことだけが、務めであった。
谷を下る途中、遠くから細い悲鳴が届いた。
「捨て置け」
老人の足は止まらなかった。人の事情に関わるなというのが、教えの一つであった。だが少年の足は、既に悲鳴の方角へと動いていた。
木々の隙間を影伝いに抜けると、崖際に追い詰められた幼子の姿があった。振り乱した髪、泥に汚れた小袖。その前に立ちはだかっているのは、灰色の毛並みをした狼のごとき妖であった。牙の隙間から漏れる唸り声が、山肌を震わせていた。
少年は影の中から飛び出し、その子と獣の間に割り込んだ。
「妖が、妖を庇うか」
低い声で狼が笑った。答える暇はなかった。爪が振り下ろされ、少年はとっさに小刀で受けた。衝撃に骨まで軋んだが、足は退かなかった。
二撃、三撃と牙をかわすうち、小刀は牙を弾くたびに軋み、腕は痺れ、足元の土は抉れていった。それでも退けば、背後の幼子が喰われる。
その時、内から何かが弾けた。指先が熱を持ち、視界の端が赤く滲む。理由の分からぬ力が四肢を駆け巡り、それまで届かなかった一歩が、当然のように踏み込めた。
小刀が、獣の喉元を捉えた。
一声唸って、狼は谷の闇へと退いていった。追う力は残っていなかった。真澄はその場に片膝をつき、荒い息を吐いた。
その子は震えながらも、彼に向かって小さく手を伸ばしかけた。だが、その指先が触れる直前、目がこちらの顔を捉え、動きを止めた。頬に散った血、獣じみて光る双眸――束の間、怯えの色は消えなかった。
伸ばしかけた手が、そのまま引っ込められた。
真澄は何も言わず、立ち上がって背を向けた。助けたことに礼を求めるつもりはなかった。それでも、あの一瞬の怯えだけは、胸の奥に小さな棘として残った。
老人が追いついたのは、それからしばらく後であった。
「力に呑まれかけたな」
「助けたことは、愚かではない。だが力に呑まれれば、お前も牙になる」
老人はそう言って、真澄の頬に付いた血を袖でぞんざいに拭った。
「その力の出所を、いずれ知る時が来よう。今は、まだ早い」
何を指しているのか、真澄には分からなかった。老人はそれ以上語らず、踵を返して歩き出した。
――
刃の輝きが、元の静けさに戻った。
我は暫し、その切っ先を見つめたまま動けずにいた。あの力の奔流は、単なる鍛錬の賜物ではあるまい。血に根差した何かが、幼き日の真澄の内で目覚めかけていたと見える。老人の言葉が、それを裏付けていた。
彼は小刀を鞘に納め、我の傍らを通り過ぎながら呟いた。
「今宵は、些か長居が過ぎたようでございます」
我はその背を見送りながら、尾の先を一度だけ揺らした。人にも妖にも半端者と蔑まれながら、その半端さの奥に眠る力の正体を、彼自身がまだ知らずにいるらしいことだけは、確かに見て取れた。
【妖怪図鑑】
■颪狼
【分類】山岳妖怪・獣性系
【危険度】★★★☆☆(中〜高)
【レア度】★★★☆☆(やや稀)
【出現場所】山間の谷、峠道、人里から離れた獣道
【特徴】
灰色の毛並みを持つ、通常の狼より一回り大きな妖。山を渡る強風に乗じて現れることから、その名がついたと伝えられる。単独で行動し、迷い込んだ子供や旅人を獲物と見定めると、執拗に追い詰める習性を持つ。
【得意技】
・強襲:突風のごとき跳躍で間合いを詰める
・威嚇:低い唸り声で相手の足をすくませる
【弱点】
・喉元への一撃に弱く、そこを突かれると戦意を失いやすい
・複数を相手にする戦法は持たず、単独での不意打ちに頼る
【生態】
群れを作らず、山の一角を縄張りとする。人を襲うことも稀ではないが、満腹であれば近寄らない。妖力そのものは山狼から発したものとされ、獣の本能に近い性質が強い。
【玄丸の評価】
「獣の妖に、策などない。ただ力と速さで押し切るのみ。されど、その分だけ厄介でもある。理を解さぬ牙ほど、油断ならぬものはない」
【遭遇時の対処法】
不用意に背を見せぬこと。喉元さえ制すれば、大抵は退く。単独で襲うため、複数人で対峙すれば分が良い。
【豆知識】
山中で子供の泣き声を装い、迷い人を誘き寄せるという説もあるが、真偽は定かではない。むしろ本人が獲物を求めて彷徨ううちに、たまたま子供の声に引き寄せられるだけだとする見方が有力である。




