番外編 第二十四話「薪隠しの悋気」
挿入時間軸:第32話と33話の間(冬・初雪前)
炉端の炎が、妙な揺れ方をしていた。
風もないのに、影が壁の上で二重に揺らぐ。一つは炎そのものの揺らぎ、もう一つは、それより一拍遅れて追いすがる小さな影だった。縁の下から眺めていた我は、その不自然な間合いに目を細めた。
翌朝、厨の薪束が三分の一ほど消えていた。
「おかしいねえ。昨日の晩、確かにこんなにあったのに」
老いた料理番、お梅が首を捻りながら薪棚を数え直している。近頃冬支度が本格化し、藤原家の邸では薪も炭も蓄えを増やしている最中だった。お梅は狸か鼬の仕業だろうと呟いていたが、我の見立ては違った。獣が薪を運ぶなら、爪痕か引きずった跡が残る。棚の薪は、まるで積み木でも遊ぶように、几帳面に隅へ寄せられていた。
「薪が減る話、猫殿も気にしておられるか」
昼過ぎ、庭先で声をかけてきたのは真名井実俊(まない の さねとし)だった。式占いの結果を懐から取り出し、眉を寄せている。
「卦に出たのは、小さき火の気を好む妖の類。害意はないようだが、正体までは掴めぬ」
夜、我は厨の隅に身を潜めた。行灯の油もわずかに残すのみにして、闇に紛れる。子の刻を過ぎた頃、薪棚の陰から小さな影が這い出てきた。丈は一尺にも満たず、炭のように黒い肌に、目だけが熾火のごとく赤く灯っている。器用な指先で薪を一本ずつ抱え、床下へ運んでは、満足げに肩を上下させていた。
我が姿を見せると、影は驚いた様子で薪を放り出し、逃げようとした。だが逃げ場を塞ぐ形で回り込むと、観念したのか、その場にちんまりと座り込んだ。
「あ、それ、たきぎかくしだよ」
背後から、聞き覚えのある声がした。振り向けば、屋敷に住み着く座敷童子が、行灯の陰からひょいと顔を出している。この子は自らを「わらべ」と呼ぶのが常だった。
「あら、知り合いなの?」
「うん。火が好きで、寒いとこ見つけると隠れちゃうんだって。でも本当は、ひとりぼっちで淋しいだけなんだよ、って前に言ってた」
小さな影は、その言葉に照れたように顔を伏せた。運んだ薪は、床下の隅に几帳面に積み上げられている。焚べるでも壊すでもなく、ただ集めて眺めていたらしい。理屈で言えば、火の気を蓄えることで自らの存在を保つ、微弱な妖である。害はないが、このまま放っておけば冬支度の蓄えが尽きる。
翌日、真白にその顛末を語る術を我は持たない。代わりに床下から掘り出した薪の山へ、真白を案内した。
「まあ……こんなところに」
「これは、たきぎかくしの仕業でございます」
現れたのは、屋敷の家令、葛上真澄(かずらがみ の ますみ)だった。庭木の陰から音もなく歩み出てくる。
「火の気に惹かれ、寄る辺のない小さき妖でござろう。悪さをする気はなく、ただ温もりを集めたいだけの性分でございます」
言葉の途中で、真澄は自らの語り口に気づいたように、わずかに眉を上げた。言い直しはせず、そのまま続けた。
「屋敷の隅に、この者だけの薪置き場を設けてやるのが得策でございます。分を弁えて置けば、蓄えを脅かすことはないでござろう」
真白はその案に頷き、厨の外れに小さな棚を作らせた。誰にも使われぬ古い薪を数本、そこに積んでおくよう命じる。
数日後、薪の減りはぴたりと止んだ。代わりに、その小さな棚だけが日に日に賑やかになっていく。時折、棚の薪が几帳面すぎるほど整然と並び替えられているのを見つけては、お梅が苦笑いを浮かべた。
わらべは、たきぎかくしと連れ立って屋敷の隅をうろつくようになった。二匹の妖が並んで薪を積む姿は、我の目から見ても妙に息が合っている。
「今度は火吹き竹まで隠されたら、私が困るのだけれど」
真白の呟きに、我は答える術を持たない。ただ、薪棚の方角へ視線をやり、尾の先をひとつ揺らした。
その夜も、炉端の影は二重に揺れていた。
【妖怪図鑑】
■薪隠し(たきぎかくし)
【分類】火霊系・小妖
【危険度】★☆☆☆☆(低)
【レア度】★★★☆☆(やや珍しい)
【出現場所】竈や炉のある屋内、薪炭を蓄える納屋
【特徴】
炭のように黒い小さな体を持ち、目だけが熾火のごとく赤く灯る妖。人里に住み着き、薪や炭など火の気を帯びた物を好んで集める性分を持つ。焚べたり壊したりすることはなく、ただ隅に几帳面に積み上げて眺めるのが習わしである。火の気そのものに惹かれる存在ゆえ、寒さの厳しい季節ほど活動が盛んになる。
【得意技】
・隠形:闇と炉の陰に紛れて姿を消す
・薪積み:驚くほど正確に薪を積み上げる技
【弱点】
・光を極端に嫌うわけではないが、行灯の灯りが多いと動きが鈍る
・寄る辺なき性分ゆえ、話し相手を得ると懐きやすい
【生態】
単独で行動することが多いが、座敷童子など屋内に住む他の妖とは相性がよく、連れ立って過ごすこともある。人に害意はなく、ただ火の気の傍らにいたいという性分から薪を運ぶ。専用の置き場を与えられると、それ以上の蓄えには手を出さなくなる。
【玄丸の評価】
「爪痕もなく、几帳面に薪を積む。獣の仕業ではないと踏んだが、正体を知れば拍子抜けするほど無害な妖であった。寒さに震え、火の気を求めてただ薪を集める――その性分、我にも覚えがなくはない。棚一つ与えてやれば大人しくなるとは、存外に扱いやすい相手であったな」
【遭遇時の対処法】
害意はないため、専用の薪置き場を設けてやるのが最も穏便な解決策。無理に追い払うと、より人目を忍んで隠れ場所を探すため、かえって薪の消失が続くことがある。




