↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【本編完結】平安猫魔伝〜異世界を滅ぼした魔導王、平安の都で猫になる〜【連載版】  作者: 伊勢吉
番外編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
173/236

番外編 第二十一話「袖引き小僧の悪戯」

挿入時間軸:第62話と第63話の間(春)

くい、と誰かが袖を引く。それも一度ではない。庭を歩く藤原真白(ふじわらのましろ)の袖が、見えぬ手に幾度も引かれているのを、我は縁側から眺めていた。


「あら、また」


真白は袖を押さえ、辺りを見回す。だが庭には風に揺れる桜の枝があるばかりで、それらしき姿はどこにもない。


三度目に袂が引かれた時、彼女は困ったように笑い、廊下へと戻っていった。残されたその場に、我はゆるりと歩み出る。理屈に合わぬ引っ張り方だった。風のいたずらにしては、動きに妙な間があった。


厨の方から、粉のついた足取りで小さな足音が近づいてきた。


「くろまろさま、庭に何かいるよ! わらべ、さっき見たもの」


指差す先、桜の根方に、小さな影がひとつ縮こまっている。人にはほど遠い背丈で、着物の裾を模したような布切れを纏い、長い袖のようなものだけが不釣り合いに大きい。


我が近づくと、その子はびくりと震え、大きな袂で顔を隠した。逃げる素振りはない。ただ、見られることそのものに怯えているふうだった。


その子が屈み込み、覗き込む。


「隠れなくていいのに。わらべたち、怒ってないよ」


袖の隙間から、小さな目がひとつ覗いた。恐る恐るというふうに、袖がわずかに下がる。現れたのは、丸い顔に不釣り合いなほど大きな二つの目を持つ、幼子のような姿だった。


理を凝らして見るに、この者からは害意も邪気も感じられぬ。ただ人恋しさだけが、纏う気配の中心にあるようだった。それを引くのも、本人にとっては挨拶か、あるいは戯れの誘いのつもりであったらしい。


「もしかして、遊んでほしかったの?」


わらべの問いに、影がこくりと頷く。だがすぐに恥じ入るように、また袖で顔を隠してしまった。


我は前脚を伸ばし、垂れた袂の端をそっと押さえた。逃げるでない、というだけの意である。相手がびくりとしたが、それ以上は動かない。


しばらくして、真白が戻ってきた。庭の様子を見て、目を丸くする。


「まあ……あなたが、袖を引いていたのね」


影は真白の声に反応し、また身を縮めた。だが真白が膝をつき、目線を合わせると、少しずつ力が緩んでいく。


「驚かせてしまってごめんなさい。今度からは、引っ張らなくても声をかけてくれたら分かるわ」


言葉が通じているのかは定かでない。それでも影は、大きな目でじっと真白を見つめ、やがて小さく頷いたように見えた。


その子が手を叩いて喜ぶ。


「わらべと一緒に遊ぼう! 厨の隅においで、おうめさまにお菓子もらってあげる」


菓子の一言に、影の動きがわずかに速くなった気がする。その子の後を追うように、ぴょこぴょこと跳ねながら厨の方へ消えていった。


残された庭で、真白が袖を撫でながら小さく笑う。


「あの子、寂しかったのかしら」


答える術はないが、我にも似た覚えがある。声を持たぬ身で誰かに構ってほしいと願う気持ちなど、理屈を並べずとも分かるものだ。


桜の花びらが一枚、風に流れて真白の肩に落ちた。それを払う真白の手の動きを、我はただ眺めていた。厨の方角から、わらべの笑い声が風に乗って聞こえてくる。

【妖怪図鑑】


■袖引き小僧(そでひきこぞう)

【分類】人里妖怪

【危険度】★☆☆☆☆(低)

【レア度】★★★☆☆(やや稀)

【出現場所】庭先、往来、人の行き交う場所の物陰


【特徴】

幼子ほどの背丈で、不釣り合いなほど大きな袖を持つ妖怪。人の袖や裾をそっと引いて気を引くが、姿を見られると恥じ入って隠れてしまう。悪さをする意志はなく、単に人と関わりたいという気持ちが強い性質とされる。


【得意技】

・袖引き:気配を悟らせず、通りすがりの者の袖や裾を引く

・気配隠れ:見られると大きな袖で顔を隠し、姿を朧化させる


【弱点】

・人一倍臆病で、強い視線や大声を向けられると動けなくなる

・優しく声をかけられると、途端に懐きやすい


【生態】

人の多い場所を好み、特に子供や心優しい者の周りに現れやすいとされる。悪戯といっても実害はなく、構ってもらえると大人しくなる。菓子や遊び相手を好む、素朴な性質を持つ。


【玄丸の評価】

「他愛ない輩よ。袖を引く程度の悪戯に目くじらを立てるほど、我も狭量ではない。声を持たぬ身に構ってほしいと願う気持ちは、我にも覚えがある。わらべに懐いたようだが、あれも案外、似た者同士やもしれぬ」


【遭遇時の対処法】

驚かず、優しく声をかけてやるのが最善。無視をすると悲しげに離れていくが、追い払う必要のあるような害はない。菓子を与えると懐きやすい。


【豆知識】

各地の民話に似た伝承が伝わり、地方によっては「袖引き狐」「袖もぎ様」など呼び名が異なる場合もある。多くは人恋しさから起こる悪戯とされ、危険視されることは少ない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。