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【本編完結】平安猫魔伝〜異世界を滅ぼした魔導王、平安の都で猫になる〜【連載版】  作者: 伊勢吉
番外編

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番外編 第十九話「枕返しの悪戯」

挿入時間軸:第9話と第10話の間(秋)

「今朝、なぜか頭と足が逆になっていたの。不思議でしょう」


藤原真白(ふじわらのましろ)が、朝餉の前にそんなことを言い出した。褥に入った覚えは頭を北に、足を南に向けていたはずなのに、目覚めた時には身体がすっかり反対を向いていたという。


我は縁側で毛づくろいの足を止めた。昨夜、自らの寝床でも似た覚えがある。丸くなって眠ったはずが、目覚めれば妙な向きに転がっていた。猫の寝相など気まぐれなものと片付けていたが、彼女まで同じ目に遭ったとなれば話は違う。


「わたしだけじゃないみたい。お付きの女房も、今朝は寝床の向きがおかしかったと言っていたわ」


理屈に合わぬことを、理屈もなく放っておくのは我の性に合わぬ。日が高くなるのを待ち、我は屋敷の各所を検分して回ることにした。


女房たちの部屋を覗くと、褥の乱れ方に共通するものがあった。頭を置くはずの位置に、足の跡らしき皺が残っている。何者かが夜のうちに寝る者の身体をそっくり反転させたとしか思えぬ。


廊下の角で、真名井実俊(まないのさねとし)と行き合った。今日も文机の書付を小脇に抱えている。


「妙な噂を聞いた。屋敷の女房たちが、寝ている間に向きを変えられていると」


我が耳をぴくりと動かすと、実俊はそれを肯定と受け取ったらしい。眉を寄せ、思案する顔になった。


「陰陽寮の書には、そういう悪戯をする物の怪の記述がある。名を枕返し(まくらがえし)という。寝ている者の枕を、あるいは身体そのものを、夜のうちにひっくり返す。悪さと言っても、それだけの些細な代物らしいが」


実俊の声には、どこか興が乗っている響きがあった。理詰めの男でも、未知の理を語る時ばかりは口が滑らかになる。


「祟りをなす類ではないとされる。ただ、放っておくと家中の者の寝つきが悪くなる。真白殿にも障りがあっては困る」


その名を口にした途端、実俊の頬がわずかに赤らんだのを、我は見逃さなかった。皮肉のひとつも吐いてやりたいところだが、この身では叶わぬ。


宵より、我は真白の褥の傍らに陣取り、眠らずに待つことにした。満月には遠いが、月明かりは十分に庭を照らしている。


深更、褥の下からぽこりと小さな姿が這い出た。丸々とした体に、大きな耳。人の形にはほど遠く、むしろ毬のような愛嬌がある。その者は枕元に忍び寄り、小さな手を伸ばした。


我は低く喉を鳴らし、目の前に躍り出た。


相手がびくりと震え、耳を垂らす。逃げるでもなく、その場に固まったまま、我をじっと見上げてくる。敵意も悪意も、微塵も感じられぬ。ただ悪戯が見つかった童のような気配だけがあった。


理を説いて聞かせたところで通じる相手かは分からぬ。それでも我は、尻尾で褥の外を示した。ここより先には近づくな、という意である。


影は名残惜しそうに枕の端をひと撫でしてから、するすると縁の下へ引っ込んでいった。ぽこり、ぽこりという足音が遠ざかる。


翌朝、真白は久方ぶりに向きの整った褥で目覚めた。


「今朝はよく眠れた気がするわ。あなたが傍にいてくれたから?」


答えようもなく、我はただ喉を鳴らして応じた。縁の下では、まだ小さな気配が息を潜めているのが分かる。追い払いはしたが、根絶やしにする気にもなれぬ。あの程度の悪戯ならば、大目に見てやってもよかろう。


庭先で行き合った葛上真澄(かずらがみのますみ)に、事の次第を話す術はない。ただ縁の下へ視線をやると、真澄はしばし黙り、それだけで察したふうに頷いた。


「縁の下の客人には、我からも一言かけておくのでございます。あまり悪さが過ぎれば、相応の始末をつけねばならぬのでござろう」


淡々とした声の裏に、微かな笑みが滲んでいるように見えたのは、気のせいであろうか。


秋の日差しが縁側に長く伸びていた。縁の下から、控えめな寝息のようなものが聞こえた気がしたが、確かめる術はない。

【妖怪図鑑】


■枕返し(まくらがえし)

【分類】家屋妖怪

【危険度】★☆☆☆☆(低)

【レア度】★★☆☆☆(普通)

【出現場所】家屋の縁の下、床下、寝所の周辺


【特徴】

丸みを帯びた小さな体に大きな耳を持つ、愛嬌のある姿の妖怪。夜のうちに眠る者へ近づき、枕や身体の向きをひっくり返す悪戯を働く。悪意や祟りの類はなく、単なる気まぐれな遊び心によるものとされる。人に危害を加えることはまずない。


【得意技】

・寝返し:眠る者の頭と足の位置を、気づかれぬうちに入れ替える

・気配隠し:床下や縁の下に潜み、昼間は姿をほとんど見せない


【弱点】

・見つかると悪びれて逃げ出す、気の小さい性質

・強く咎められると、しばらく悪戯を控える


【生態】

古い家屋の床下を好んで住処とする。人に危害を加える力はほとんど持たず、悪戯そのものを楽しみとしている節がある。長く住み着いた家には、代々語り継がれる話として残ることも多い。


【玄丸の評価】

「取るに足らぬ悪戯者よ。祟りの類ではないと分かれば、恐れる理由もない。ただ、真白の眠りを妨げるとなれば話は別だ。度が過ぎれば容赦はせぬが、あの怯えようを見るに、しばらくは大人しくしていよう」


【遭遇時の対処法】

寝床の向きが乱れている程度であれば、放っておいても実害はない。気になる場合は、床下に軽く声をかけて咎めるだけで大抵は収まる。無理に追い出そうとする必要はない。


【豆知識】

各地に類似の伝承が残り、地方によっては「枕引き」「布団返し」などとも呼ばれる。旅籠や古民家にまつわる怪異譚として語られることが多く、比較的知名度の高い家屋妖怪の一つである。

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