番外編 第九話「辻の小さき神」
挿入時間軸:第78話と第79話の間(宇治への道中・初夏)
草履の音が、乾いた土を踏む音に変わったのは、都の境を越えてしばらく経った頃だった。
一行は四人と一匹。藤原真白(ふじわら の ましろ)、真名井実俊(まない の さねとし)、葛上真澄(かずらがみ の ますみ)、そして我。宇治へ向かう道は、思っていたよりも長く、緑の匂いが濃い。
先の一つ目小僧との一件で、予定よりも刻を食った。彼は懐から取り出した地図を広げ、日の傾き具合と照らし合わせている。
「このぶんでは、宿に着くのが日没ぎりぎりになるでしょう」
現実的な物言いに、姫が小さく頷いた。橋姫の噂を確かめに行くという道行きの目的を思えば、無理に急ぐよりは着実に進むほうがよい。それは我にも異論はない。
道の傍らに、小さな祠が見えた。旅人が行き交う辻に、ぽつりと据えられたものである。苔むした石に、素朴な人型が彫られている。
我は足を止めた。何かが、そこに宿っている気配がする。
(これは――)
理の眼で見れば、祠の周りにだけ、空気の流れがわずかに違う。強い力ではない。むしろ、蠟燭の炎ほどの、頼りない揺らぎだ。だが確かに、そこには何かが宿っている。
真澄が我より先に、そこへ歩み寄り、足を止めていた。
「道祖神でございます。旅人の道行きを見守る、土地の神」
寡黙な男にしては珍しく、問われずとも説明した。半妖の血ゆえか、こうした小さき神仏の気配には、人よりも敏いのだろう。
「昔から、旅の無事を祈って手を合わせる習わしがございます」
真澄がそう続け、懐から取り出した小銭を、その前にそっと置いた。実俊も倣って手を合わせる。理屈を重んじる男だが、こうした土地の習わしには、案外素直に従うところがある。
姫はその前に膝をつき、しばらく目を閉じていた。何を祈っているのかは、我には分からぬ。橋姫のことか、母君のことか、あるいはこの道行きそのものの無事か。
我は祠の脇に座り、その様子を見守った。石の人型から漏れる気配が、その祈りに応えるように、ほんの少しだけ揺らいだ気がした。
風が吹いた。道の先の木立が、さわさわと葉擦れの音を立てる。
一同が立ち上がり、再び歩き出そうとしたとき、我の耳に、風とは違う響きが届いた。声というほど明瞭ではない。土の底から染み出すような、低い唸りに似た気配だった。
理の眼を凝らす。祠の人型の輪郭が、ほんの一瞬だけ、淡い光を帯びたように見えた。それは何かを告げるでもなく、ただそこにある、という主張のようなものだった。
(この先の道、荒れているとでも言いたいのか)
判じかねる。だが、悪意でないことだけは、肌で分かる。長くこの辻に留まり、行き交う旅人を見送り続けてきた者の、老いた眼差しに似ている。
「玄丸、どうかしたの?」
姫が我の様子に気づき、傍らにしゃがみ込んだ。我は祠に向けていた視線を、ゆっくりと姫へ移した。応える術は持たぬが、この静けさが、悪いものではないと伝わればよい。
「猫が神に気に入られたのでござろう」
真澄が珍しく軽口めいたことを言った。実俊が眉を上げる。
「猫又にでもなるつもりか、お前」
そう言う実俊の声には、皮肉と親しみが半分ずつ混じっている。以前であれば、こうした軽口にも棘があったが、近頃は幾分か和らいでいる。四人で歩む道行きが、そうさせるのかもしれぬ。
一行は祠に一礼し、再び歩を進めた。
しばらく行くと、木立の切れ間から、宇治川の川面がきらめいて見えた。まだ橋姫の気配は感じられぬ。だが、確かにこの先に、何かが待っている。
「日が落ちる前に、なんとか間に合いそうですね」
実俊の声に、姫が安堵の息をついた。真澄は相変わらず、一行の一歩後ろを、影のように付き従っている。
我は最後に、祠のほうを一度だけ振り返った。石の人型は、もう先ほどの淡い光を宿していない。ただの苔むした石に戻っている。
道行く者を、ただ見送るだけの神である。それでよいのだろう。すべての神仏が、大きな力を持つ必要はない。
夕刻の風が、川の匂いを運んできた。我たちの旅は、まだ半ばである。
【妖怪図鑑】
■道祖神
【分類】土地神・境界神
【危険度】★☆☆☆☆(無害)
【出現場所】村境、辻、街道の分岐点
【特徴】
旅人の往来を見守る、素朴な石像の神。多くは石に人型を刻んだだけの簡素な姿で祀られる。強大な神通力を持つわけではないが、長くその土地に留まり続けることで、微弱ながら確かな理を宿す。旅の安全、村境の魔除け、縁結びなど、様々な信仰の形を持つ。
【得意技】
・気配の察知:近づく旅人の善悪や道行きの吉凶を、朧げに感じ取る
・無言の見守り:言葉を持たぬが、気配の揺らぎで意を伝えることがある
【弱点】
・自ら動くことはなく、その場を離れられない
・信仰が絶えると、力も次第に薄れていく
【生態】
祀られてから何十年、何百年と、同じ辻に立ち続ける。旅人が手を合わせ、小銭や供物を置いていく習わしにより、僅かずつ力を保つ。悪意を持つ者を退けることはあっても、積極的に人を助けることは少ない。
【玄丸の評価】
「大した力は感じぬが、確かにそこに在る。理としては微弱極まりないが、長きにわたり同じ場所に留まり続けたという、その事実そのものが、一種の力なのやもしれぬ。人の信仰とは、まこと奇妙な理を生むものよ」
【遭遇時の対処法】
手を合わせ、小さな供物を置いていくのが古来よりの作法。無視して通り過ぎても害はないが、旅の無事を願うならば、一礼していくに越したことはない。
【豆知識】
村境や峠に多く見られ、地域によっては双体の男女の像として祀られることもある。旅人だけでなく、村そのものを外からの悪しきものより守る役目も担うとされる。




