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叫ぶことの意味

俺は兵たちを連れて、険しい山道を登った。道は湿ってぬかるんでいて、靴が泥に沈むたび、ぐちゅりと鈍い音を立てる。岩壁を覆う苔がじっとりと濡れていて、あたりは薄暗い。頭上の木々の葉がざわざわと揺れ、風が枝をなでるたび、冷たい霧が顔を打った。


やがて、開けた場所に出ると、目の前に巨大な滝が現れた。轟音が山全体を震わせるように響いていて、兵たちは思わず足を止め、見上げていた。


水はまるで天から落ちてくるように白い筋を描き、下の岩に叩きつけられ、粉のような飛沫を上げている。滝壺から立ち昇る水煙は冷たく、まるで自然が放つ威圧感そのものだ。


「ここだ」


俺は兵たちを振り返り、声を張った。


「今日は思いっきり叫べ。心の中にあるものを全て叫べ。上官の悪口でもなんでもいい。とにかく叫べ。いいか、お前らの声は、この滝の音でかき消される。誰にも届かない。だから気にせず叫べ」


兵たちは互いの顔を見合わせ、困惑したような視線を交わす。


「これが最後の仕上げだ。今日、お前らは完全に再生される。それは戦争前に戻るということじゃない。完全に新しいお前らとして生まれ変わるんだ。わかったか? ではやれ」


一瞬の沈黙。滝の轟音だけが耳を打つ。


その時、ひとりがふいに声を上げた。最初は戸惑いが混じったような、恐る恐るの叫び声。しかし次第に他の兵たちもつられるように、叫びを上げはじめた。


「うおおおおおっ!!」


「ふざけんなああああ!!」


「帰りたい!!くそおおおっ!!」


叫び声は滝の音に吸い込まれていく。誰にも届かない。けれどその叫びは、心の底から突き上げるように、次第に激しさを増していった。


涙を流しながらわめく者。拳を振り上げて、喉が裂けるほど怒鳴る者。両手で顔を覆いながら、しゃがみ込んで泣きじゃくる者もいた。


俺は少し離れた岩場に腰を下ろし、彼らをじっと見つめた。


(みんな……限界だったんだな)


胸の奥が熱くなるのを感じた。これまでの訓練や作戦の中で、どれだけ無理をさせてきたのか、改めて思い知らされた気がした。


1時間が経ち、2時間が過ぎると、さすがに兵たちの声は枯れ果てていた。誰もがぐったりと滝のほとりに座り込み、肩で息をしている。


皆、声はまるで安物のバーボンウイスキーを飲んだ翌日のようにガラガラで、往年のブルースマンのようにしわがれていた。


だが――


その顔は、まるで少年のように晴れ晴れとしていた。苦悩を脱ぎ捨てた後の、素直で透明な表情。瞳には、再び輝きが宿っている。


俺はその輝きを見て、心の中で静かにつぶやいた。


(この軍は……必ず勝利する)


***


帰り道。太陽はもう西に傾き、木々の間からオレンジ色の光が斜めに差し込んでいた。兵舎へ向かう道すがら、見覚えのある丸っこいシルエットがこちらに歩いてくる。


陽動作戦の時、老兵たちを率いてくれた小太りの役者だった。


「あの時はありがとうございました。おかげでここまで来れました」


俺は素直に礼を述べた。役者は少し恥ずかしそうに頭を掻いた。


「いえいえ……クレスト様、こちらこそお世話になりました。しかし……」


彼はふと真顔になり、目を細める。


「実は……クレスト様は、シンプルなアイデアでどんな問題も解決してしまうと聞いています。そこで一つ……私の悩みも解決していただけませんでしょうか?」


「どのような問題ですか?」


役者はしばし言葉を選んでから、ぽつりと語り出した。


「私は……ご存知のように、役者をやっておりまして……でも、この戦争で、あまりにも多くの方が心に傷を負ってしまった。まるで心が……凍りついてしまったかのようなんです」


彼は眉根を寄せ、苦しそうな表情を見せた。


「その凍りついた心を……溶かすことは、できないものでしょうか?」


一瞬、風が吹き抜け、役者のマントがはためいた。彼の視線はどこか遠く、そして痛みを帯びていた。


俺は少し考えてから、言葉を探すように口を開いた。


「なかなか難しい問題ですね」


ため息をひとつ挟み、続けた。


「しかし……心が凍りついてしまった状況を整理して、その人の気持ちをじっくり考えると、自ずと道は開けてくると思います。ただ……亡くなった人は戻ってくるわけではない。だから……結果を出すのは、決して簡単なことではない」


役者はしばらく黙って俺を見ていたが、やがて肩を落とし、小さな声で言った。


「私は……笑いを届けることも考えてみたのですが、皆、笑うどころか、ますます冷たくなってしまって……」


そして力なく笑い、首を横に振る。


「なるほど……クレスト殿でも難しい問題なのですね……」


その声は寂しげで、少し震えていた。


彼は一礼すると、足早に去っていった。夕焼けの中、その背中がどこかやけに小さく見えた。


俺はしばらくその背中を見送ってから、空を見上げた。滲むような茜色が広がり、ひんやりとした風が頬を撫でる。


(……凍った心、か)


ポツリと独り言を呟き、俺はまた歩き出した。



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