贅沢
その日、王女の私室に呼ばれた。
窓辺のレースカーテンが、春風にそっと揺れている。だがその優美さとは裏腹に、王女の瞳は冷ややかな光を帯びていた。
これはただならぬ話だ――そう、すぐに悟った。
王女は俺をじっと見据え、静かに口を開く。
「あなたに問おう。贅沢はダメなのか?」
部屋の空気がピリッと張り詰めた。
俺はひと呼吸おき、深く礼をして答えた。
「いいえ。王女よ。贅沢はダメではございません」
内心、慎重に構える。
――これは予想していた通りの展開だ。精霊タンと何度もシミュレーションしておいてよかった、と胸中で小さく頷く。
王女はすぐに次の言葉を放った。
「しかし、貴族共は言うておるぞ。あなたの施策は贅沢を禁止し、様々な一流職人の技術を途絶えさすと」
――やはり、来たか。
貴族たちの反発、その矛先が王女にまで届いているのは間違いない。
俺は少しだけ視線を落とし、静かに切り出す。
「王女よ。ひとつ、よろしいか」
「なんだ。いってみよ」
王女は腕を組み、椅子に深く腰掛けた。
真剣なその表情を見て、俺は腹を据え、精霊タンと磨き上げた“理屈”を披露していく。
「毎年1000G分の収穫物が取れる畑があったとします」
「ふむ」
「そこに100G分の肥料を与えれば、200G分の収穫物が取れたとします。王女はどうされます?」
「もちろん100Gの肥料を与える。効率がいいからなー」
「ご明察にございます。ではそれを2倍3倍にするのは、どうでしょう?」
「それはわらわも考えておった。それは最高に効率がよい」
ここまで王女の反応は狙い通り。
俺は内心で――精霊タン、ありがとう――とつぶやく。
「王女よ。しかしながら、そうはカンタンにはいきません。肥料を2倍3倍にしても、収穫は2倍3倍にはならぬのです」
「なぜじゃ」
「これが“収穫逓減の法則”とよばれるもの」
「なるほどの~。それがいったいどうしたというのじゃ」
「贅沢も同じようなことが言えます」
王女はわずかに身を乗り出す。
鋭い視線が、俺を突き刺した。
「どういうことじゃ」
「たとえば10Gの美容液と1Gの美容液。道理から考えると、10Gのほうは10倍の効果があろうと、そう思いますが、そうではございません」
「そうなのか」
「上のランクにいけばいくほど、金銭の価値は下がる。これが経済の仕組みなのです」
「なるほどの~。贅沢は効率が悪いということか」
ここで一瞬、静寂が落ちた。
俺はその空気を逃さず続ける。
「しかしながら、一流の職人は必ず必要です。彼らの技術はこの国の宝であり、決して失ってはなりません」
「ふむ……それが難しいところなのじゃ」
「では、こうしてはいかがでしょうか? たとえば優秀な職人はそれを称える称号を与える、そして私の施策を実行することで、本当に職人の給料が下がるのであれば、その一流の職人に学校で教鞭をとって指導もやってもらうのです」
「ほう」
王女の表情が、すっと緩んでいくのが見えた。
俺は、胸の奥でまたひとつ安堵の息を吐く。
「そうすれば、彼らの身分も給料も保障され、技術も次世代へと受け継がれます」
「しかし国内で買うものがいなくなれば、職人たちも必要ではなくなるではないか?」
「いえ。そうはなりません。王女も外交の場で見事なドレスをお召しになりますよね。一流の仕立て、一流の生地――これらがどれほど国の品位を示すかは、言うまでもありません」
王女は誇らしげに顎を引き、静かに微笑んだ。
「それは確かに……外交の場では、この国の技術が大きな力を持つのう」
「ご明察にございます。ですから、需要が国内で減った分は国外へ輸出をすればいいのです。
また一流の職人がだれかわかれば、それはブランド価値となり、価格競争に巻き込まれずに済みます。国内の需要喚起もできましょう。
さらに職人の技術が高まれば、モノができる速度も上がり、国内の庶民にも手が届きやすい価格になります。
やがて、この国の誰もが一流を享受できる時代が訪れます」
王女は長いまつ毛を伏せ、しばし沈思した。
やがて、ゆっくりと顔を上げ、力強くうなずく。
「……素晴らしい。それならば、民も貴族も、すべてが潤うのう。さっそくそうしよう」
その言葉を聞いた瞬間――
心の中で、ガッツポーズ。
本当に、精霊タンに相談しておいて良かった。危機を乗り切った、そんな確かな手ごたえを感じていた。




