番外編〜裏切り者1〜
ピピピピ。ピピピピ。
目覚ましの音と爽やかな朝日で、目が覚める。時刻は5時30分。朝の訓練が始まる30分前だ。少々働かない頭で水を飲み、服に着替える。
「おい、デスティニ。それはオレのジャージだ。」
「あ、やべ。わりーわりー」
そう言って手に取ったジャージを青年に投げつける。この青年は、同室のジェイルだ。この騎士団学校で1位2位を争うほどの実力。そして、まさにそのジェイルと争っている良きライバルが俺だ。自分で言うなって感じだけどな。
揃いの指定ジャージを来て、部屋を出る。朝の訓練は1時間続き、7時から朝食だ。
「起立!!国歌斉唱!!」
これも毎日のルーティーン。国のために戦う王国騎士団のたまごたちが、一斉に歌を合わせる。その後は走り込みや腹筋と、基本の体力作りだ。
「腹減ったー!一限なんだっけ?」
「歴史学だ。それくらい把握しておけ。」
ジェイルはその容姿に違わず、結構冷たい。漆黒の髪と金の瞳が、また怖がらせるのだ。まあでもいいヤツだ。
「デスティニ!」
遠くから聞き覚えのある、高い声。
「メイレー!」
メイレーはこの騎士団学校に所属する、数少ない女性の生徒だ。そして、とても可愛い。でも戦っている姿はかっこいい。最高の女の子だ。
「この前の歴史学、ちょっと体調が悪くて出られなくて。ノート見せてくれる?」
「もちろん!じゃあ隣の席座ろっか!」
今日はメイレーと隣の席で授業を受けられる。それだけで歴史学の成績がぐんと上がってしまいそうだ。
「じゃ、オレは別の席に座ってる。」
「え?なんで?ジェイルも近くに座ればいいだろ?」
ジェイルとメイレーも気まずくなるほど仲良くない訳ではないはずだ。するとジェイルはずいっとこっちに顔を近づけ、耳元でこっそりと話す。
「お邪魔しちゃ悪いからな。」
そのときの顔は、ジェイルにしては珍しくいたずらっ子のような顔をしていた。しばらく意味がわからずにぼーっと考えていたが、意味がわかった途端にカッと顔が熱くなった。
「ジェイル!!!」
そう叫んだ時には、ジェイルは後ろを向いてだいぶ遠くに行ってしまっていた。まったく。俺とメイレーは、まだ付き合ってもいないのに。いや、まだというか俺の片思いというか。とりあえず茶化すような段階には入っていない。
「あれ、ジェイルくん、行っちゃったね?」
「もー!ほっとこ!ほら、授業遅れちゃう!」
そう言ってメイレーの手を引っ張る。あ、手繋いじゃった。手を意識してしまいまた顔が熱くなる。どうか、メイレーにはバレませんように。
歴史学の授業が終わり、次は待ちに待った剣術学。この学校には剣を学びに来ているようなものだから、みんなのやる気がすごい。勿論俺も、剣術学は一番好きな授業だ。
「こい!デスティニ!」
「オラァァァ!!」
ジェイルと共に一本、真剣勝負を始める。俺たちの勝負は先生や、生徒にも人気だ。生徒は戦いを参考にしてくれているらしい。皆のお手本になれるような試合が出来ているということだから、嬉しい。
「勝負あり!!」
「うわ〜!負けたー!」
残念ながら今日は俺の負け。ジェイルに心臓部分を寸止めされたからだ。
「踏み込みが甘かったな。あそこで踏み込めていれば、試合はまだ続いていた。」
「ジェイルこそ。チャンスを逃しすぎだ。それを逃さなければ、もう少し早く勝負が付いてた。」
軽く二人で反省会をし、身体を休める。ジェイルとの勝負は隙がないから、疲れる。だが、とても楽しいのだ。
「お疲れ、デスティニ、ジェイルくん。」
「「メイレー」」
メイレーが塩分チャージの飴を差し出してくれたので、ありがたくいただく。塩分チャージの飴は味が美味しくないと言う人が多いが、俺は結構好きだ。
「明日、実習遠征だね。」
「あー、卒業に凄い響くやつねー。」
メイレーが言う『実習遠征』とは、正規の騎士団に同行してもらい、グラマー族と戦う実習だ。そこで、グラマー族を殺められれば卒業するための単位が貰える。殺められなければ、いくら座学ができても卒業はできない。もちろん、この実習は危険も伴うので、亡くなる人も多数いる。
「でも人を殺すのかー」
「殺すのはグラマー族だぞ。罪悪感もないだろう。」
まあ、そうなんだけど。でもグラマー族だって人の形をしているし、少し躊躇う気持ちはある。
「メイレーはどう?殺せそう?」
「……うん。だって私、グラマー族のこと嫌いだもの。」
ここには、過去になにかしらのグラマー族への恨みがある人も多い。メイレーも、その一人だろうか。
「だって、あいつらに耳が付いていれば戦争は起きない。だったら、みんなディーア族にしちゃえばいいんだわ。」
戦争を止める。それが王国騎士団の使命なのだから、メイレーの考えはなにも間違っちゃいない。俺はそういう使命感とか抜きにただただ剣が好きだから入った人だけど、殺すのがグラマー族ならば多少罪悪感は拭えるだろう。
「よし、じゃあ次は私と勝負しよう。どっちか立って!」
「じゃあオレが相手をしよう。」
スッとジェイルが立ち上がり、メイレーとジェイルの勝負が開始する。メイレーは女性特有の柔軟性を生かした戦い方で、相手を翻弄する。二人の勝負を眺めながら、明日の遠征のことを考える。
きっと俺は、迷いながらもグラマー族を殺すだろう。そして、もしそこで殺せなくても何度でも実習に行き、きっと卒業する。そう信じて疑わなかった。
「ジェイル!俺のそこの服取って!」
「これか?……おいデスティニ、オレの洗顔用品どこやった?」
「あ、こっちに入ってた。わりーわりー」
ついに来たる遠征の日。俺は気合を入れて剣を磨き、鎧を荷物に詰める。ふう、少し緊張してきた。
「おい、早く行くぞ。5分前に着けない。」
「おいちょっと待てよー!!」
ジェイルが先に部屋を出てしまったので慌てて鍵を閉め、遠ざかっていく背中を追いかける。
しかし、その日は異常事態が発生し、準備中に敵が攻めて来た。王国騎士団たちはすぐに対応したが、見習いの俺たちの中には対応できなかったものも多かった。そして、多くの仲間を失った。
「ジェイルは卒業決定か。」
「オレはたまたま前線に立っただけだ。お前の行動もなくてはならないことだった。あの統率力があれば、すぐに試験は突破できるだろう。」
あの異常事態の最中、ジェイルは勇敢に前に立ち、グラマー族を葬って行った。ジェイルは座学も優秀なので、もう卒業は決定したようなものだ。対して俺は、すぐに剣を抜かずに指揮を取ることを優先した。不測の事態に混乱し動けそうにないものは後ろに、行けそうなものは動けない者を守ったりジェイルに続くように指示したのだ。なのでまだ、試験は達成できていない。
「私も卒業できそう。あとはデスティニだけだね。」
メイレーが濡れた雑巾で顔を拭きながら俺の隣に座る。雑巾には鮮やかな赤がついていて、どうやら派手に暴れたようだった。
「だ、大丈夫か?それ全部返り血なのか?」
「うん。私はちょっと肘の部分かすったくらいよ。それよりジェイルくんの方が酷そう。」
ジェイルは最前線に立っていたため、傷も多かった。俺も包帯を巻くのを手伝っていたけど、包帯がそろそろなくなりそうだ。
「ちょっと待ってて。俺包帯取ってくる。」
「あ!私も行くよ!食事も一緒にもらってこよう。」
俺とメイレーは、すっかり暗くなった夜の森を駆けて行った。今日は月が綺麗な夜だった。
「結構人いたねー」
「包帯も不足してるみたい……回復部隊が追いついてないのかな?」
回復部隊の服を着た人も数多くいたが、全員がバタバタ動いていて、やはり人手が足りてなさそうだ。う〜ん、俺も回復魔法はそんな上手くないからな。
「わ、こんな場所あったんだ。」
突然前を走っていたメイレーが立ち止まり、横を向く。俺もそれに続くと、そこには大きな湖があった。木も少し開けていて、月だけが湖に映っている。
「……うわ、凄いね……」
しばらく景色に見とれ、俺たちはその場に立ち止まっていた。そろそろ行こうか、と声をかけようとしたメイレーの横顔は、月に照らされてキラキラ輝いていて。とても、可愛かった。
「綺麗だね。」
こちらの視線に気付いたらしいメイレーがこちらに目を合わせ、俺にニコッと笑いかける。凄く可愛い。あれ、これ、結構いい雰囲気なんじゃないか?
「ねえ、メイレー。こんな時に言うのもなんかあれだけどさ。」
勢いで言い出したけど、すでに顔は熱いし胸もバクバクうるさい。でも、俺たちはもうすぐ卒業。この気持ちは、伝えておきたい。たとえ、駄目だったとしても。
「俺、メイレーのことが好きなんだ。だから、無事二人でこの試験を突破できたら、俺と付き合って下さい!!」
頭を思いっ切り下げ、右手をメイレーに差し出す。さすがに今、メイレーの顔を見る勇気はない。しかしいつまで経ってもなんの反応は無く、沈黙が続くだけだった。ダメならごめんなさいくらい言ってくれ。そう諦めかけていたその時、メイレーが口を開いた。
「……私、グラマー族のこと、嫌いなの。」
「……?」
返ってきたのは、なんだか話が合っていないような言葉。それに、この言葉は前に聞いた。みんなディーア族になっちゃえばいい、とメイレーは言っていた。
「だって、グラマー族がいなければ私はこんなに苦しまなかった。あなたの返事だって、応えたかった。私は、私は……」
ざあ、と風が吹く。それに煽られたようにメイレーが帽子を外し、ディーア族特有の耳をさらけ出す……
はずだった。
「………え?」
メイレーが外した帽子の下に、耳はなかった。まるでグラマー族のような、耳のない種族。どうして。だってここは、ルシーン国で。
「私、ディーア族同士の親から突然変異で生まれたの。生まれてからずっと、誰かに隠し事をして生きてきた。」
メイレーは、胸に手を置いて、ずっと苦しそうで。でも、俺は手を伸ばせない。だってそこにいるのは、撲滅すべしグラマー族で、愛する人で。
「だから私は、グラマー族が嫌い。自分が醜い。グラマー族なんて居なければ、ディーア族として生まれられたのに。」
俺は、何も応えられなかった。ただただ脳がフリーズして、その場に立ち尽くすことしかできなかった。
「……いこっか。食事、冷めちゃうよ。」
そこからどうやってご飯を食べたのか、寝たのかも覚えていない。
「遠征はこれにて終了だ。グラマー族を殺せなかった者は、この後の追試験を受けるように。」
結局俺は、グラマー族を殺せていない。何をやっているんだ。これでは、卒業できないのに。でも、メイレーのことが頭から離れなくて。そもそも、どうして俺はここにいる?グラマー族を滅するため。じゃあ、メイレーのことも?ぐるぐる、ぐるぐる。それだけが頭の中を巡る。
「隊長。報告があります。」
「ん?どうした、ジェイル。」
俺の隣に堂々と立っていたジェイルが、シンとした空気の中で手を挙げる。そして流れるように剣を抜き、その刃は愛しい人のところへ。
ぐさ。
「……え………?」
メイレーの肩に、ジェイルの刃が刺さる。地面に鮮血が広がり、鉄の臭いが充満していく。
「ここに、打ち損ねたグラマー族が。」
そのままメイレーの帽子を外し、耳の付いていない頭を顕にされる。ジェイルとメイレーを中心に、人がいなくなっていく。
「……悪いな、デスティニ。あの湖の時の話、聞いていたんだ。あまりにも遅かったからな。」
あの湖の話。じゃあ、あのメイレーの告白も。
「だがまあ、いい機会だろう。けじめをつけろ。デスティニ。お前の手で、悪しきグラマー族を討つんだ。お前は、グラマー族に騙されていた。」
そう。ジェイルの言っていることが、正しい。グラマー族は悪しき者。それなのに、どうして、どうして俺はこんなに躊躇う?何故こんなに悲しい?鮮血の中心でメイレーが、苦しそうにうごめいている。肩を地面ごと刺されているから、身動きがとれないんだ。
大丈夫、相手はグラマー族なんだから。多少の罪悪感は拭える。自分でそう言ったじゃないか。メイレーは、グラマー族で。
……あれ、でも……
メイレーがグラマー族であって、何が悪かったんだ?
別に、俺たちディーア族と何も変わらなかった。普通に笑って、話して、可愛くて、愛おしくて。
フラフラと、メイレーの前で剣を抜く。気持ちと使命の間で心が揺れている。苦しい。どうして。
「……デス、ティニ、」
掠れた、苦しそうな声が耳を貫く。俺の大好きだった声。鈴のように笑って、可愛い声。
「わた、し、デスティニの、こと、」
メイレーの胸に、剣を突き刺す。
好きだったよ。
口が動いた。声には、ならなかった。
俺が最初に殺したグラマー族は、愛しい人だった。
俺は、騎士団学校の卒業が確定した。




