番外編〜裏切り者2〜
俺は騎士団学校を卒業し、正式な王国騎士団となった。国のエリート。誰もが憧れる、給料も驚くほどいい職業。さらに俺とジェイルは、騎士団学校の成績から少し上の方へ配属され、いきなり地球への通り道の見張りを任された。もちろんベテランの騎士も一緒だが、始めからこの仕事はかなりの大出世だ。
俺はそれのどれも、嬉しさを感じられなかった。
「まだメイレーのことを引きずっているのか」
王国騎士団の誇らしいバッチとマントをなびかせ、ジェイルが俺に問いかける。俺も同じ物をつけているはずなのに、なぜだかジェイルがとても眩しい。
「お前は正しいことをした。周りからも評価されただろう。悪しきグラマー族の正体を暴いた、と。」
違う。俺は暴いたわけじゃない。メイレーが、俺を信じて教えてくれたんだ。それなのに、俺は、メイレーを裏切って。
「……任務は遂行しろよ。」
俺が何も答えないことに嫌気を差したのか、ジェイルは先輩騎士たちのところへ行ってしまった。
ここはルシーン国。ディーア族のための国なはずなのに。俺は、ここから外れているような気がしてならなかった。
「地球への通り道はこの木と木の間の川の中だ。俺は少し用を足してくるから、見ておいてくれ。」
先輩騎士の一人が、一番近くにいたからだろうか、俺にそう声をかけた。
地球。ディーア族もグラマー族も魔力も存在しない、科学の星。
覚悟もなにもなかった。カエムルにいる限り、メイレーへの罪悪感がどんどん積もっていく。なら、どこにでもない場所に行ければ。
マントをたたみ、その上にバッチを置く。俺は王国騎士団ではいられない。ただ、入水自殺をはかるように、俺は静かに川の中へ沈んでいった。
ー数年後ー
俺は地球で一人、本屋を開いて生きていた。身分を偽装し、過去に嘘をついて来た。メイレーも、こんな気持ちだったのだろうか。信頼したい相手にも言うことは出来ずに、ただただ苦しくて。
ガタッ
「……ん……?」
その日は、ものすごい大雨と風だった。ドアが風できしんだのかと思ったが、何度もノックするように音が鳴る。なんだろう。もう店は閉めたはずなのに。護身用の銃を持ち、慎重にドアを開ける。しかし俺の目線には誰もいない。不審に思い、ふと足元を見ると。
「うわっ!!」
そこには大きな白い犬……いや、猫か?が毛をビショビショに濡らして佇んでいた。
「どうした?とりあえず入れ、今ドライヤーを……」
「……主を……」
俺の声を遮るように発せられた言葉。しかし人間は俺しかいない。ということは、
「……主を、どうか主を、助けて下さい。」
額に星。しゃべる猫。これは、紛れもなくカエムルの動物、使い魔だった。
俺はカッパを着て外に出た。傘も意味をなさないほどの大雨。主、ということはこんな大雨の中人間が放置されているのか。ただその人間が無事であることを祈って、白い猫について行った。
「主!!」
着いたのは深い森奥。こんな大雨の日では、木の根っこで滑ったり沼にはまったりして、プロでも行くのを躊躇うような場所。そんな場所に、小さな子どもはいた。
「おい!大丈夫か!?」
カエムル人特有のとんがり帽子を被ったまま。服もローブと、地球では不思議がられるような格好をしていた。恐らく地球に来て日は浅い。
「救急車……は辞めた方がいいよな、よし、おぶるぞ。」
恐らくカエムルから来たであろうこの子には、魔力を感じる。何か検査をされて魔法のことを知られたら大惨事だ。傷はこの使い魔のおかげか、ある程度の治療魔法がかかっている。問題は体温だ。騎士団学校で習った知識をフル活用し、その少年の服を脱がせた後、少年の素肌と俺の素肌を密着させるように背中に背負い、服の中に入れる。その上からカッパを着れば俺の体温で多少温かいはず。まだ軽い、小さな身体はとても冷たかった。
「ありがとうございます。なんとお礼を言ってよろしいか。」
「いーよ。気にすんな。」
恐らく俺の魔力を辿って来たであろうその真っ白な使い魔は、少年をベッドに寝かせた途端感謝を伝える。
「で、なんて呼べばいいんだ?」
「私はラルフと申します。」
その真っ白な使い魔はラルフと言うらしい。見た感じかなりのご年配だ。100はゆうに超えているだろう。
「そっか。で、こいつは?」
隣で寝ている小さな少年を指差す。瞳はまだ開かれないが、この少年も髪が真っ白だ。
「……無礼は承知です。しかし、私はあくまで使い魔。個人情報を勝手に話すことは憚られます。」
かなり慎重にことを進めるようだ。まあ、こんな幼い子が一人で地球に来たんだ。何らかの重い理由があるのだろう。まあこちらに危害を加えることは無さそうだし、好きにさせておこう。この少年が言いたくなったら言えばいい。
「ふーん。じゃ、ラルフ。お前も腹減ってるだろ。これ食っとけ。んで、これは主人の方。起きたら食べていいって言っといてくれ。」
使い魔が食べられる食事と、消化のいいスープを添えて部屋を出る。まだ時刻は昼頃だし、今日中には目が覚めるだろうか。
ガタン。ガタン。
風できしむ建物の音を聞きながら本を読んでいたら、ガチャ、と扉の開く音がした。
「お、起きたか。」
「…………」
開かれた少年の瞳は金色で、ジェイルの瞳と重なる。……今頃アイツは、どうしているかな。いや、今は目の前のこいつだ。警戒して言葉も話やしない。
「う〜ん、まあ色々聞きたいことはあるが……名前は?」
「………」
やはりだんまりだ。目も合わせてくれない。生憎俺には兄弟もいなかったし、子どもの接し方なんてわからん。
「あ〜、偽名でいい。とりあえず呼ばれたい名前を言ってくれないか?」
呼ぶ名前がないと困る。『少年』とか『こいつ』とかで呼び続けるのは流石に可哀想だ。
「……ソラ。」
「ソラか。わかった。俺はデスティニ。とりあえずここでは自由にしていいぞ。まあ出て行きたかったら出てってもいいが……地球での過ごし方がわかってないならあまりオススメはしない。」
やっと呼び名は教えてくれたが、この調子だと地球に来た理由を聞くのはまだ先か。
「……おっと、そうだ。一応言っておくが、俺はディーア族だ。お前の種族を無理に聞き出すつもりはないが、お前がグラマー族だったとしても対応は変えない。」
それで、メイレーへの罪が軽くなるわけではないけど。せめて、同じことを繰り返したくはない。
そうして、ソラとの奇妙な共同生活が始まった。
「……ティーさん。これ、ジャンル事にわける?」
「ああ!やっといてくれ」
数ヶ月経つと、ソラは俺の仕事を手伝ってくれるようになった。ちなみに『ティー』という呼び名は、あまりにも『デスティニ』が言いづらそうだったので俺が提案した。俺も昔、自分のことをティーと言っていたしな。ソラはだいぶ心を開いてくれたとは思うが、まだ俺はソラのことをなにも知らない。そもそも名前も偽名かもしれないし、種族やここに来た経緯も知らない。まあ、気長に待つしかないか。
「……ん?この本が気になるのか?前も言ったと思うが、ここにある本は好きに読んでいいぞ。」
ソラが手にしているのは分厚い、生物学の本。読んでいいとは言ったが子どもにはかなり難しそうな本だ。別の小学館の本を紹介するか。
「……なんで、カエムルの人たちはグラマー族とディーア族に、別れたんだと思う?」
「……え、」
ソラの言葉に、ドキッとした。そんなこと考えたこともなかった。ただ、ディーア族とグラマー族がいるから、争い合って、差別し合って。
「なんでディーア族に耳が付くようになったのか、それを証明できれば、人は納得すると思う?」
子どもの口から出るとは思えない言葉が次々と発せられる。納得……させて、どうするんだろう。ソラは、カエムルに戻るつもりなのだろうか。
「……お前は、カエムルに戻りたいのか?」
長い、間が空く。ソラはゆっくりと首を縦に振った。
カランカラン。
「っ!いらっしゃいませ!」
タイミング悪く客が来てしまった。客は仲睦ましい夫婦と、そっくりな子どもが二人。年が離れているようにも見えないし、双子だろうか。
「おれいっちばーん!」
「ちがうし!おれがいちばんだし!」
「しっ!静かに!ごめんなさいうるさくて。」
いえいえ、と断る。子どもは元気なのが一番だ。……そういえばソラは、いつも元気がないな。やはり、カエムルで辛い体験をしてきたのだろうか。だったとしたら、何故カエムルに戻りたいだなんて。
「ありがとうございましたー」
本が1、2冊売れ、家族連れの客は帰って行った。さて、減った分の在庫を確認しなければ。
「ソラー、その中にある本に………ソラ?」
さっきまでここにいたはず。ドアの音も聞こえなかったから奥に行ったということも、
「ソラ!?」
下を見ると、ソラが小さくうずくまっていた。背中は上下に激しく揺れて、明らかに過呼吸を起こしている。
「主!」
本屋に動物がいるのは少し見栄えが悪いのでいつも奥にいてもらっているラルフが降りて来て、二人でソラを落ち着かせた。
「……おかあさん、おとうさん、……ソラ、なんで、わるいこと、してないのに……」
ずっと、そううわ言のように呟いていた。ソラ。やはりこの名前は本人の名前ではなく、家族の名前だったのだろうか。
「あのご家族、主の家族構成と同じだったのです。それで、フラッシュバックを起こしたのだと。」
ソラをベッドに寝かせた後、ラルフが静かに話し出した。
「……そうか。」
本当に、俺は何をしていたんだろう。国のため、正義のために戦う王国騎士団。何が国のためだ。何が正義だ。この子や、メイレーを取りこぼしているくせに。
「戦い方を、教えて下さい。」
ソラが来てから1年ほどが経った。ソラはずっと生物学の本を読み込んで、大人でも難しいほどの化学式を軽々と解いた。そんな中、突然放たれたその言葉。
「……どうしてだ?」
「……世界の本を、読んでいきたい。ここには置いてないような、カエムルの過去に迫れるような本や知識を。そのために、自分の身を守れるようにしたい。もしも、騎士団たちに追いかけられても、戦えるような力が欲しい。」
どうして、ここまで頑張れるのだろうか。ここにいれば、安全な場所も、食事もあるのに。どうして、自らそんな危険な道を選ぶのか。
「……ティーさん。僕、ディーア族だけどグラマー族の血が流れてる。」
その言葉に、メイレーが頭をよぎる。もしかしてソラも、メイレーと同じ突然変異で。
「お母さんはディーア族で、お父さんはグラマー族。そして……僕の双子の兄、ソラは、グラマー族だけどディーア族の血が流れてる。」
どうやらメイレーとはまた事情が違うようだが、つまりこの子はハーフ。そして、『ソラ』という名前はこの子の双子の兄のもののようだ。
「……僕はセイ。ソラが生きていればよかったのにって、ずっと、ソラの名前を使ってた。」
まあ、予想はしていたけど。この調子だと、この子の家族はみんな亡くなっているか行方不明か、そんな感じなんだろう。
「自分が生きていける世界を作りたい。堂々と、僕はグラマー族でもあってディーア族でもあるって、家族がみんな暮らせるような、隠さずに生きていける世界を。」
ああ、眩しい。俺はこんなにも、希望を持てなかった。あの世界に絶望して、地球に逃げることしか考えられなかった。しかしあの世界の常識を変えるのは途方もなくて、『辞めておけ』というのが一番なはずなのに。
「……そうか、」
この小さな希望に、すがりたくなった。きっと自分はもうカエムルには戻らないだろうけど、少しでも、メイレーのような人が減ってくれれば。そして自分は、こんな時にも他人任せでどうしよもない大人だ。『俺も一緒に行く』そう言ってやれたらどんなによかったのか。それでも俺は世界を変えるのが怖くて、臆病だった。
「これでもカエムルにいた頃は王国騎士団に所属していたんだ。セイ。ほら。」
始めて名前を呼び、自分が使っていた剣をその小さな手にのせる。マントやバッチは捨てられたけど、この剣だけは思い出がよぎって捨てられなかったもの。もう何年も使っていないから、振れなくなっているだろう。
「……ありがとう、ティーさん。」
せめて、この剣が振れるようになるまでは、俺の元に。
☆☆☆☆☆
泥のように眠ってしまった勇敢な少年少女たちを眺める。明日の朝は豪華にしてやろう。俺にはそれくらいしかできない。俺は、少しでもこの子たちの役に立てているだろうか。大人として、正しい行動を出来ているだろうか。いや、きっと俺は間違いだらけの最低な大人だ。
「でっかく、なったな……」
勝手ながら本当の息子のように思っているセイ。すっかり俺と変らない背丈になったセイの髪を撫でる。こんなこと起きている時にしたら絶対に怒られるだろう。
あの後、セイはなんと2年で送り出しても問題ないと思えるほど、剣が振れるようになった。子どもの成長はめまぐるしい。そして今、こんなにも大勢の仲間に囲まれている。
「世界、本当に変えられちゃうかもな。」
もし、本当に世界が変わったら、この子たちには自分の力で変えた世界で、幸せに生きて欲しい。もうこんな、戦争に巻き込まれることもない世界に。
でも、きっと俺は。
ここで、メイレーの後悔を思いながら、暮らすことだろう。




