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今日から僕は 142

 今度はブリッジの隔壁に仕掛けられたモニターの映像が映っている。明るめの茶色の開襟将校服。その多くは赤黒く、近藤の同志達の血で染まっていた。

 確実に大きくなるその男、嵯峨惟基の影。

「各員短機関銃を構えて敵を待て!」 

 艦長のその言葉に隔壁を包囲するように並ぶ、ブリッジクルー。モニターにはドアの向こうで立ち止まった嵯峨の姿が映る。

 ドスン。

 嵯峨は隔壁を蹴った。

『お客さんを迎える準備はできたか!』 

 そう言いながら、嵯峨は将校儀礼用長靴で隔壁を蹴飛ばし続ける。

「今だ!隔壁開け!撃てー!」 

 艦長のその声で隔壁が開く。

 ブリッジクルーは一斉にフルオート射撃をドアの向こうに立っているであろう敵の総大将に浴びせた。

 弾幕は何かに突き当たるかのように広がり、視界が利かなくなってきていた。

 それでも兵士達は何かに憑かれたかのように予備の弾倉に交換してまで射撃を続ける。そして煙で視界が利かなくなったとき彼等は射撃を止めた。

 霧のようなものの向こうには何があるのか、それを確認するために、先任将校の操舵手がゆっくりとその霧のほうに近づいた。

 銀色の一閃がその右肩から左腰に走った。

 腹から内臓を垂れ流して、操舵手はそのまま事切れた。

「塩水どころか鉛弾の歓迎か?俺の居ないうちにずいぶん胡州軍の歓迎は手荒くなったもんだねえ」 

 煙の中の見下すような視線、自虐的な笑み。

 傷一つない姿で嵯峨はそこに立っていた。

「貴様!なぜ!」 

「近藤君。君はさっきまでうちの悪餓鬼達の戦闘を見ていなかったのか?あれが典型的な法術兵器の運用方法という奴のお手本だ。そして、今あんたが見てるのはそれの白兵戦時の応用というわけだ。いい勉強になったな。感謝しろよ」 

 肩に愛刀『長船兼光』を背負い、胸のポケットからタバコを取り出し一服つける嵯峨。

「安心しな。俺が興味があるのは近藤君だけだから。近藤君。部下を粗末にしてはいけないねえ。特に信頼できる部下は貴重だ。国を思うなら彼らは生きながらえる義務がある。そう思わんか?」 

 目の前にある現実を受け入れるべきかどうかためらっているブリッジクルーを余裕たっぷりにそのニコチンでにごっている瞳で嵯峨は見回す。

「なるほど」 

 近藤は口の中に溜まったつばを飲み込む。もはや雌雄は決している。嵯峨の瞳で魅入られた部下達はすでに銃を投げ出す準備をしていた。

「艦長!君は部下を連れて外へ出たまえ」 

「しかし!それは・・・」 

「全責任は私が取る!」 

 ヒステリックに叫ぶ近藤。艦長は海軍指揮の敬礼をすると呆然と立ち尽くしている部下を、一人一人、平手で正気を取り戻させる作業にかかった。

「ここで親切な俺から提案があるんだが、聞いてもらえるかね?」 

 近藤の癇に障るような余裕のある笑みを浮かべながら嵯峨は切り出した。

「近藤君には今回の事件の責任をとる義務がある。そのことは理解してもらっているだろうが、俺も宮仕えの身だ。君がこれから司直の手に渡り、君がかかわったあまり表ざたに出来ない胡州のスキャンダルが明るみになって困る人間がどれだけいるかよく知っているつもりだ」

 思わせぶりにつぶやく嵯峨。彼の言うとおり、近藤が作り上げた遼州から胡州へ流れる資金の流れが司直の手で止められれば再び胡州の完全なる独立、反地球、反遼州の志を持った同志の登場を待つことができなくなることは容易に想像がついた。

「何が言いたい!」 

 近藤は目の前の悪魔の契約を提案してくる男を最後の力を振り絞ってにらみつけていた。

 嵯峨にとってはこれはすべては出来レースだったのだろう。

 自分は目の前に居る化け物の仕掛けた罠に尻からはまり込んだ間抜けな鼠でしかない。

 返り血を浴びながらも平然として自分を眺めている嵯峨に近藤はただ嵯峨の提案を聞く以外のことはできそうに無かった。



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