昭和17年(1942)身元照会依頼2
昭和17年、日本が真珠湾攻撃から太平洋上で戦果を挙げていた頃、中村の元へまたしても軍の窓口を通じて一通の厳重な公用封書が届けられた。封を切ると、そこに記されていたのは、数年前に身元照会で見たものと酷似した軍の書類だった。
太平洋戦争が始まり、遠い太平洋上で戦争が激化していく中、軍は、かつての第一次世界大戦やその後の激動期に特殊な技術や現場経験、軍事・インフラ関連の運用実績を持つアジア各地の人材を探し、登用しようとしていた。そして、その身元確認の白羽の矢が、かつて満州の炭鉱で朝鮮族の労働者たちを束ねていた中村の元へと再び立てられたのだった。
照会対象の名簿に目を走らせた瞬間、中村のペンを持つ手がピタリと止まった。
そこには、かつて自分が身元を保証した、あの若者たちの名前があった。パク、キム、イ――。
「……どういうことだ」
中村は添えられた軍側の調書や、わずかに添えられた関係者からの私信に目を凝らした。そこに記されていたのは、あまりにも過酷な歴史のいたずらだった。2年前に書類を作成し新天地へと送り出した彼らの人生は最前線の荒波に呑み込まれていた。
パクは軍の輸送部隊や工兵として駆り出され、激戦の中で行方不明となり。キムは、軍組織の変遷を生き抜きながら、すでに負傷によって前線を退き細々と家族を養っているという。
「彼等にとって……何が幸せと言えるのだろうか?」
中村は深く椅子にもたれかかり、窓の外を飛び交う鳥の鳴き声を聞き流した。
満州の炭鉱、日中戦争での謀略工作、太平洋戦争開戦時の電撃作戦、そして今度は南のジャングル。歴史の巨大な歯車は、個人の意思などお構いなしに回転し続け、かつて共に汗を流した若者たちの運命を翻弄し続けていた。
中村は静かに息をつくと、万年筆を手に取った。今回は、新しく軍の作戦に協力するための照会書類ではない。すでに亡くなった者の記録を整え、あるいは戦場から退いた者の過去の功績を正しく裏付けるための、いわば「記憶の清算」のための書類だった。
「パク、お前は今、どこに……。キム、よく生き延びてくれた」
心の中で彼らに語りかけながら、中村は一文字一文字、正確に今の自分にとっての事実を書き込んでいった。日本が勝利を信じて走り出す時代の裏で、かつて大陸の底で結ばれた絆の断片は、いつまで続くのかとすら思える終わらない戦争のなかで、静かに消え、あるいは形を変えていく。
中村はすべての書類を書き終えると、重苦しい静寂の中で、遠い南国の空に思いを馳せた。




