大正14年(1925) 栄華の崩壊と静まり返るプラットホーム
かつてヤマトホテルでシャンパンのグラスを掲げ、
豪勢に笑い合っていた成金たちの姿は、大連の駅構内から嘘のように消え去っていた。
数年前までの大正バブル経済は、ロシア革命の激化による北部満州の戦場化――
特にハルピン周辺が戦乱の地と化したことによって、決定的な打撃を受けた。
さらに、第一次世界大戦の終結に伴う世界的な軍需・製鉄需要の急減は、
満州経済を奈落の底へと突き落とした。
かつてトンあたり540円という法外な高値を誇っていた製鉄用の価格は、
なんと18円まで歴史的な大暴落を記録した。
資源開発や一攫千金の取引に群がっていた満州の景気は回復の糸口すら見出せず、
泥沼の低迷期へと突入していったのである。
「中村さん……頼む、この残された資材だけでも国内へ送る手配をしてくれ。いや、ツケで頼む……!」
かつて新進気鋭の鉱山成金として、絹のスーツに身を包み、
私に高級ワインをごちそうすると豪語していた黒川の姿はそこにあった。
いま彼の着古したコートは煤け、顔には脂気のない疲れと焦燥が深く刻まれていた。
潤沢なインフラを背景に巨万の富を築いた中小の関連事業者や土木工事業者の成金たちは、
この未曾有の不況の波に耐えきれず、次から次へと破産し、大陸の泡と消えていった。
「黒川さん、荷主制度に関しての規則は規則です。
それに、未払い分のツケが溜まっていては、これ以上の貨物輸送の引き受けはできかねます」
私が静かに告げると、黒川はその場で力が抜けたように膝をつき、血走った目で床を見つめた。
「大企業はいいさ……。朝鮮鉄道の経営権を朝鮮総督府に売却したりして、
満鉄ほどの巨艦ならどんな嵐でも生き残れる。
だがな、俺たちのような小さな者は、
このインフラの底からあっさりとはじき出されておしまいだ……」
その言葉には、時代のうねりに翻弄された人間の、悲痛なまでの真実が詰まっていた。
満州鉄道という半官半民の巨大組織は、
国家のバックアップと経営の多角化により辛うじて生き残りを果たした。
しかし、その周辺で咲き乱れたバブルの徒花は、一瞬の夢のように散り果てたのだった。
やがて黒川が悄然と駅舎を去っていったあと、窓口のカウンターを綺麗に拭き直した。
北部満州の戦乱、鉄価格の暴落、そして次々と淘汰されていく人々。
世界がどれほど激しい狂乱と破滅のドラマを繰り返そうとも、大連から北へ、
そして西へと伸びる鉄路の保守は続けなければならない。
栄華の夢が去った静かなプラットホームに、冬の冷たい風だけが吹き抜けていく中、
次の列車の発車時刻を告げる鐘を鳴らした。




