大正6年(1917年)満州の黄金狂時代
大正6年、第一次世界大戦の波がいよいよ満州の隅々にまで押し寄せた。
日本国内を潤した空前の好景気(大戦景気)は、満鉄が切り開いた広大なインフラの上でバブル経済へと姿を変えていた。かつて荒涼としていた満州の各都市には、財閥系企業から中小の土木工事業者までが殺到し、群れをなすように巨万の富を築き上げていった。
「中村さん、今夜はヤマトホテルで景気よくやっているから、あんたも顔を出してくれよ!」
そう言って豪快に笑ったのは、大連駅の窓口で毎日のように大量の貨物状を突き出す、馴染みの荷主、鉱山成金と呼ばれている黒川だった。
彼が成功した背景には、満鉄が総力を挙げて開発を進めた巨大な成果があった。撫順炭鉱の採炭量は、1907年の23万トンから、1921年には200万トンへと文字通り桁違いの爆発的増加を見せ、鞍山製鉄所もまた、1919年の3万2千トンから1927年には20万トンへと生産高を急拡大させていた。満鉄が敷き、整備した交通網とエネルギーの基盤が、民間事業者の富を底上げしていたのだ。
夜。大連の夜空に気高くそびえる、アールヌーボー調の豪華な構造を誇る「ヤマトホテル」。
その一階にある重厚なレストランの扉を開けると、外の寒さや世間の喧騒が嘘のような、むせ返るほどの熱気と甘い香水、そして高級ワインの匂いに包まれた。きらびやかなシャンデリアの下で、満州各都市で成り上がった大金持ちや、その取り巻きたちが、夜な夜な豪奢なパーティーを繰り広げている。
黒川は絹の仕立ての良いスーツをまとい、両脇に流行のドレスを着た婦人を従えながら、テーブルの上に山と積まれた料理を豪快に振る舞っていた。炭鉱の採掘権を当て込み、あるいは軍需物資の輸送で一財産を築いた彼らにとって、お金は使うためにあると言わんばかりだった。
そこへ、駅の制服を着た私が、仕事帰りに一瞬だけ顔を出すと
「中村さん! 丁度いい、ちょっと紹介したい人がいるんだ!」
黒川は私の姿を見つけ、1人の軍人を紹介する。
「この人はね、軍需物資の輸送を仕切っている軍人さんなんだ。なんか今、ロシアや清国から逃れてきた有能だけど立場を失った人達を集めて何かをやるらしい。満鉄の子会社も関係していて共同で事業を立ち上げるらしいんで、よろしくという事らしいんだ!」
『はじめまして、ワシは関東軍の辛島と言う。満鉄の皆さんには色々と世話になってますな。黒川さんが言ったように同じ東アジア系の人間、ロシア人、清国人、関係無く一緒に働こうじゃないかという事で広く人材を探しています。』
「ほう、日本人以外を集めるのですか?どんな事業を立ち上げるのですか?」
『満鉄さんが事業多角化している子会社と同じでね、ここらへんで一番、簡単に集まる人材から、なかなか集めるのが難しい人材まで、御土地柄というやつもあるし、住民に根付いたものというものある。無理に計画を立てても、投入する人、物、金を回収しての共通の利害関係で利益が挙がらなければ、誰も集まりませんからな。ある意味、色んな意味で検討中や交渉中な事業計画だらけですよ』
見事に煙に巻くような言い方で、実際の目論見を語ろうとはしない。
「満鉄職員と言っても、作業しかしていない御前等ごときに
我々の職務や責任の重さは理解できまい。
もっと出世して偉くなったら話してやってもいいぞ、若造」
というのが、軍人の内輪で偉い上官様の本音なのだろう。
実際の所、軍による安全の確保があるから、
満鉄にしても沿線開発のための莫大な投資とインフラ整備が可能で、
そのインフラ上で、この大正バブルとも言われている栄華が発生しているので、
「なんだ、軍の中の事しか知らない世間知らずなオッサンは、偉そうに」
と思ってはみても口にはしない。
第一次世界大戦での対岸の火事景気から、
不安定な政治情勢に追い込まれた大陸の激動の只中、
”多数派な我々が団結するための共通の敵”
に自分達以外を追い込むための謀略が
渦を巻くかのように次々と発生して時が流れていく。
ヤマトホテルの窓の外では、雪をかぶった大連のプラットホームに、
今夜も北からの貨物列車が重苦しい汽笛を響かせて滑り込んできていた。
成金たちが、輝かしい未来への夢に酔いしれる華やかな宴が続いていく。




