16. ダリウスの魔塔訪問
パレードの日からからしばらく経った頃、最小限の護衛だけを連れたダリウスが、魔塔へとやって来た。
魔塔の貴賓室で、ダリウスと向かい合い座る、ソフィアとユーディーン。
この日のダリウスは、シャツ姿のラフな格好をしていたが、明るい金髪と空色の瞳に、父親譲りの端正な顔で、魔塔の中でもザ・王子様というオーラを放っていた。
「……その座り方で合っているのか?」
ノヴァが入れた紅茶を飲みながら、ダリウスがおもむろに口を開く。
向かいの横長のソファーに座る二人は、王太子と対面するにはあまりふさわしくない座り方をしていた。
表向きは、塔主ユーディーンへ会うために、魔塔を訪問した事になっているが、実際はソフィアへ会うためにダリウスはやって来た。
それを知ったユーディーンは、同席することを譲らず、そのうえダリウスを牽制するために、ソフィアを抱っこすると言い出したのだ。
もちろんダリウスの前で、そんな恥ずかしい格好は見せられないと、ソフィアも随分と抵抗したのだが、結婚式でのダリウスの態度にぶち切れたままのユーディーンは、頑として聞き入れなかったので、最終的にはソフィアが折れた。
そういうことで、抱っこスタイルでの王太子殿下との対面となった。
「気にしないでください。どうしても、くっついていたいそうなので」
本当は羞恥心で今にも倒れそうなソフィアだったが、王太子妃教育で身につけた鉄のメンタルで、なんとか平常心を保っていた。
「ふ、仲が良くてで何よりだ。……ところでソフィア嬢、本当にその魔力は後発したのか?」
足を組み、椅子に深く腰掛けたダリウスが、美しい空色の目を細めながらソフィアに尋ねる。
「ハイ、アルアサメザメタラ、トツゼンニ……」
目を泳がせながらも、いつもの台詞を何とか答える。恐らくダリウスはもう知っているのだろう。ソフィアが、ダリウスの婚約者になる前から魔力を持っていたことを。
「ソフィア、嘘つくのへたすぎ……」
「しっ! ユーディーンは黙っていてくださいます? 」
ソフィアは白金の髪を揺らしながら振り向き、自分を後ろ抱きにしている男を黙らせた。
そんな二人のやりとりを、ダリウスは微笑ましそうに見る。
「そうか、分かった。――そういう事にしておこう」
ダリウスがこれ以上は探ってこないようなので、ソフィアはホッとした。
「今回来たのはその話ではなく、パレードの礼を言いに来たんだ。……あの時の魔法は、ソフィア嬢のものなのだろう?」
バレている。誰にも秘密で準備したというのに。魔力の出所も分からないようにしたというのに……ダリウスには、ソフィアの事はすべてお見通しなのだろうか。
「ごめん、それは俺が兄上にバラした」
「ユーディーン!?」
「だって……ソフィアが、馬車を攻撃して罪に問われる、非常事態だと思ってたから……」
「何てことを! せっかくのわたくしの隠蔽工作が、水の泡ではないですか!」
「いや、でも、何が起きるかまでは言ってねーよ?」
正確には、何が起きるか分からなかったので、伝えられなかったのだが。
「それでも! 一番サプライズにしておきたかったダリウス様に事前告知するなんて! 許せませんわ!」
本当は立ちあがって抗議したいところだが、ユーディーンにがっちりホールドされていて、足をじたばたするくらいしか出来ない。
「ああ、いや、私もメイベルも、十分驚いたよ」
驚いた、の中身には、ソフィアの魔法以外にも、ユーディーンが爆速で発動した防御魔法も含まれていたが。
「……驚いたし、感謝している。――理由があるとはいえ、ソフィア嬢との婚約を解消してすぐにメイベルと結婚したんだ。そんな私とメイベルを、民はあまり良く思っていなかっただろう。それが、パレードのあの一件以来、『神から祝福された、真実の愛で結ばれた二人』と言われるようになったんだ」
やはり、ソフィアの読みは当たっていた。あのモチマキの一件で、二人の婚姻に対する国民感情は大きく上向いたようだ。
「ダリウス様、あれはご祝儀でございますわ。わたくしこれからは、魔塔からこの国の発展を願って参ります。ですのでダリウス様も、メイベル様とお二人で、この国をもっと良くしていってくださいませ。――まずは毒杯などという、古くさい王家の慣習を、即刻廃止にしていただきたいですわ」
「その件は、私が王になったら、すぐに廃止にすると誓おう」
「期待しておりますわ、未来の賢王様」
◇◇◇
話も終わり、魔塔の入り口へと向かおうとしたところに、魔塔の魔法使いからユーディーンが声を掛けられた。何やら緊急に対応が必要な案件のようだ。
「ちっ、しょーがねーな。……ノヴァ、絶対そいつらを二人にすんじゃねーぞ」
そうノヴァに指示を出すと、ユーディーンは魔法使いと共にその場を離れた。
ダリウスとソフィアが並んで歩く。その後ろから、ノヴァと護衛がついてくる。
ソフィアがダリウスと並んで歩くのは、婚約解消したお茶会以来だった。
なんだか、随分遠い昔のことのようだと、ソフィアは思った。
「あー、なんだ……その……」
歩きながら、ダリウスが何かを言いたそうにしている。
「?」
何かを言いたそうで言い出せないでいる、その表情を確かめようと、ソフィアはダリウスを見上げた。
「その……なんだ……、ユーディーンのことを、よろしく頼む」
そう口にしたダリウスの表情は、少し照れくさそうで、いつもの威厳に満ちたものではなかった。
それは、ユーディーンが照れたときに見せる表情と似ていた。
父親似のダリウスと、おそらくは母親似のユーディーン。
普段は二人が兄弟であることを意識する事はなかったが、やはり血が繋がっているのだと、その時初めてソフィアは思った。
「あら、それは王家からのご命令でしょうか?」
「……いや、これは、家族として大切にすることも、王族として守ってやることも、何一つできなかった、愚かな兄からの願いだ」
「まあ、そうですわねえ……善処、いたしますわ」
ダリウスはそれを聞いて、満足したような笑みを浮かべると、再び王宮へと戻って行った。




