17. ソフィアとユーディーン
魔塔の門の外で、ダリウスと護衛を見送ったソフィアとノヴァが、塔の中へ戻ろうとしたところへ、ユーディーンがやって来た。
ユーディーンがノヴァに何か指示を出すと、それを聞いたノヴァが急ぎ足で塔の中へと戻って行った。
ダリウスもノヴァもいなくなり、塔ね外にいるのは二人だけになった。
「もう用事はいいのですか?」
「ああ、後の事はノヴァが片付けるだろ」
塔の周囲には春の風が吹いている。
白金のソフィアの髪と、ユーディーンの銀色の髪が、お互いに風になびく。
「……兄上、帰っちまったけどいーの?」
「いい、とは? ダリウス様はパレードの感謝を伝えに来てくださっただけですわ?」
「……そうかもしんねーけどさ……ソフィアは兄上の隣に立つために、死ぬほど努力してきたんだろ? それがたったあれだけで……文句の一つでも言ってやってよかったんじゃねーの?」
「……確かにわたくしは、ダリウス様の隣に立つために努力をしてきましたわ。厳しい王太子妃教育も受けてきましたし、魔力封印もしてきました。けれどもわたくしでは、ダリウス様を幸せにすることはできませんでしたもの……仕方ありませんわ」
サラサラの白金の髪が、ソフィアの表情を隠す。
その表情は見えないけれども、どこか満足したような気配を感じて、ユーディーンは唇を噛んだ。
「何でだよ! 何でそんなに潔いんだよ! 泣き叫んで縋り付いてもよかっただろ!」
「あら、ユーディーンはわたくしに、ダリウス様に縋り付いて欲しかったのですか?」
「そーじゃねーよ! そーじゃねーけど……、多分、俺だったら諦めきれねーから、ソフィアは違うんだって思って……」
ユーディーンは入り口の扉に背中を預け、両手で顔を覆ってしまう。
「そうですわねぇ……わたくしと違って、ユーディーンは粘着質ですから、同じ立場でしたら、きっと泣いて縋って離れませんわね」
だんだんと、ユーディーンの思考回路を、理解するようになってきたソフィアだった。
「うるせー、……粘着質で悪かったな」
両手で顔を覆ったまま、情けない声を出してくるユーディーンにソフィアは。
「ノヴァには、似たもの同士と言われましたけれども、わたくしたち似ていないようですわね? でも、ちょうど良かったですわ。わたくし、次はわたくしのことを好な人を、好きになりたいと思っていましたの!」
「は?」
覆っていた両手の隙間から、信じられないものを見るように、ユーディーンがソフィアを見た。
「わたくしの初恋は叶いませんでしたけれども、ユーディーンの初恋は、叶えてあげることが出来るのではないかと思うのですが、いかがかしら?」
「え、は?……え? ソフィア、それ、本気で言ってんのか?」
突然の、好きな相手からの告白に、ユーディーンの理解が追いつかない。顔を覆っていた手を外して呆然とソフィアを見る。
「本気でしてよ? ……それと、ベクトルは違いますけれど、わたくしも、好きになったらかなり重たいのですが、それでもよろしくて?」
「え? 夢……じゃない? え? え?」
ソフィア的には一世一代の告白だったのだが、今まで散々アプローチされてもはぐらかして来たのだ。ユーディーンには、まったく伝わっていないようだった。
「やっぱり、お嫌なのですわね……」
これまで散々迷惑をかけてきた事を自覚しているソフィアは、ユーディーンのこの反応に、さすがに落ち込んだ。
「嫌じゃない!」
ソフィアの言っていることがやっと脳内で伝達されたのか、その意味を理解したユーディーンが、慌てて否定する。
長い足を使って、一瞬でソフィアの目の前へと立つと、ソフィアの白く華奢な両手を、自分の大きな手でぎゅうっと握った。
そして縋るような目をして。
「……本当に、本当に俺のこと、好きになってくれんの?」
ソフィアの両の手を握る、ユーディーンの手は震えていた。
そのことに気付いたソフィアは、背の高いユーディーンの表情を見るために、上へと顔を向ける。
そこには、紫の瞳を不安げに揺らして、十年もの長い間、恋い焦がれて探し続けた、愛する人からの答えを待つ一人の男がいた。
――この思いに応えたい。ソフィアは、心の底から思った。
「好き。わたくしは、ユーディーンが好き」
そう告げたソフィアの表情を、後にユーディーンが永久保存にしておきたいと言い出して、魔法で念写の技術を編み出そうと研究に没頭し、周囲を困惑させるのはまた別のお話。
「――っ!」
両手をぎゅっと握ったまま、呆然とソフィアを見つめるユーディーンの、その美しい紫の瞳から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちてきた。
自分より随分と背の高い成年男子が、いきなり大粒の涙をこぼしながら泣き出したのには、さすがのソフィアも驚きを隠せない。
「ユーディーン、どうしたのですか? 何を泣いているのですか?」
その声は、あの時と同じように優しくて。
泣き止みたいユーディンだったが、長年抱えてきた思いが胸に押し寄せて来て、どうしても涙が止まらない。
「っ……俺じゃあ、ソフィアを王太子妃にすることはできねーけど、……ソフィアが望むんなら……アレをアレする魔法を使って、父上か兄上から王位を奪うよ……」
グスグスと泣きながら、ソフィアのためならと、何やら邪悪な考えを話し出すユーディーン。きっとソフィアのためなら、悪魔にも魂を売るだろうこの男は。
「全力でやめてくださる? 何度でも言いますけれど、わたくしのために黒い考えに走るのは、全面的に禁止ですわよ?」
「うん……ソフィアがそー言うなら、やめとく……」
こぼれ落ちる涙を袖口で雑に拭いながら、素直に言うことを聞くユーディーン。袖口は水分を吸ってべしょべしょになっている。
「これは、一生見張っていないと安心できませんわね……」
「一生? 俺の事、一生見張っててくれんの?」
その一言に、また涙が止まらなくなるユーディーン。
目の前で臆面もなく涙を流すのは、あの時の小さな男の子ではなくて、地位も名誉もある立派な青年で、大魔法使いで、魔塔の塔主。
呆れながらもソフィアは、背の高いユーディーンの、泣きぼくろのある目元へと手を伸ばすと、優しく涙をぬぐってあげる。
大人しく涙を拭われている、涙でぐちゃぐちゃになったユーディーンの美しい顔を、ソフィアはじっと見つめる。
そうして、初めて出会った時を思い出しながら。
「あの時、ぐるぐる巻きの包帯の下にあった、涙に濡れた瞳をやっと見ることができましたわ。ふふ、思っていたとおり、宝石みたいでとっても綺麗」
不吉な色と忌み嫌われた紫の瞳を、うっとりとした表情で見つめるソフィアを見て、再び大粒の涙がこぼれ落ちてくる。
「……俺の……この目を見て、そんな顔してくれんのは、ソフィアだけだよ……」
「もう、せっかく拭いてあげましたのに、また泣いて……やっぱりユーディーンは泣き虫ではなくて?」
「うん……もう泣き虫でいい……認める」
ユーディーンはそう言うと、涙をぬぐってくれていたソフィアの手を握りしめ、ゆっくりと顔を近づけていく。
近づいてきたユーディーンの影に、思わずソフィアが目を閉じたその時、二人の唇が重なった。
「……なんだかしょっぱいわ」
嘘をつくのが苦手なソフィアの素直な感想に、ユーディーンは泣き笑いで「ごめん」と謝った。
END




