14. 王太子の結婚式
王太子の結婚式当日。
通常であれば、王家の公式行事には魔塔の塔主が招待されるのだが、ユーディーンが魔塔の当主になってからは、一度も招待されたことがなかった。
王家側が、不吉な紫の瞳を持つ魔塔の塔主が、元王族だと知られる事を嫌ったためだ。
けれども今回は、王太子ダリウスが直々に招待状を出すことを決めたので、側近たちにも止めることはできなかった。
初めて魔塔の塔主として王家から招待されたユーディーンは、魔法騎士団の儀礼用の制服に袖を通していた。
胸元には数多くの勲章を付け、長いマントを羽織っている。左手には、魔法使いの証である、魔石がちりばめられた長い杖。
胸元の勲章は、シグネシア王国の魔法騎士団の団長でもあるユーディーンが、これまでの魔物討伐で数多くの功績をあげてきた証だ。
「まぁ、なんて格好いいのでしょう! ローブ姿とはまた違う良さがありますわね!」
魔塔の最上階で身支度をするユーディーンに、思わず感嘆の声をあげるソフィアだった。
「これは、髪型も気合いを入れて整えないといけませんわ!」
櫛を手に持ち、いつもよりテンションの高いソフィアに。
「なんでソフィアがそんなに張り切ってんだよ?」
外出許可は出ていないので、ソフィアは結婚式もパレードも見ることができない。
「だってユーディーンの王宮デビューですのよ? いまの魔塔の塔主様は、魔法の才能だけでなく、若くてイケメンであることを世に知らしめるチャンスなのです! 気合も入りますわ!」
「なんだよ王宮デビューって……兄上の結婚式だろ……」
ユーディーンのぼやきは無視して、集中して髪を編み上げていくソフィア。しかたなくされるがままになっているユーディーンだったが、ソフィアの左手の指先に、火傷の跡があることに気付いた。
「……ソフィア、その手の傷はなんだ?」
しまった!というように傷跡を隠すソフィアだが、もう今更すぎたので開き直ることにした。
「あら見つかりました? ちょっと魔法の練習で失敗しましたの」
「お前……魔法の件、まだ諦めてなかったのかよ?」
「だってユーディーンが教えてくれないんですもの、自力でマスターするしかないでしょう? さ、完成ですわ! 今日は前髪も編み込んで、ユーディーンの美しいお顔と、綺麗な瞳が引き立つようにしてみましたの!」
話を逸らして鏡を見せてくるソフィア。仕方なくユーディーンは鏡にうつる自分を見た。
青みがかった銀色の髪は、豪奢な飾りと一緒に細かく編み込まれていた。前髪もあげられて、額も目元も隠されることなく表に出されている。
「……この目は、前髪で隠しておいた方がよくねーか?」
王家の結婚式という晴れの日だ。いくら正式に招待されているとはいえ、不吉な紫の瞳をこうも目立たせていいものかと、王宮の離れで暮らした子供時代を思い出し、ユーディーンは戸惑う。
「あら? 人の瞳の色を勝手に不吉と決めつけるような人たちの事など、気にする必要はございませんわ。それよりこんなに綺麗なお顔なんですもの、晴れの舞台で表に出さない方がよっぽど許されませんわ!」
「だから今日は、俺じゃなくて兄上の結婚式だろ……それにしてもソフィアは、あん時から何にも変わってねーな」
ユーディーンは笑った。
「あら、そうでしたか?」
紫の瞳の不吉な伝承を、迷信だとばっさりと切り捨てたあの日のソフィア。
「ああ、あの日ソフィアが言ったことは全部覚えてるし、なんなら暗唱できる」
「え、ちょっとそれは気持ち悪いですわ……」
ユーディーンのソフィアに対する、新たな重たいエピソードに、ちょっと引いてしまうソフィアだった。
「うるせー、何とでも言え。あの日のソフィアの言葉は、俺にとっては救いだったんだよ」
不幸を呼ぶという紫の瞳を持って生まれたために、家族からも隔離されたユーディーンにとって、あの日のソフィアの言葉は生きる希望となった。
十年探し続けて、やっと会うことができたのだ。そんなソフィアを二度と手放したくはなかった。
だからユーディーンは、ソフィアの企みを何としてでも阻止をしてみせる。
「行ってくる」
そう言い、王宮へと向かおうとするユーディーンに。
「待ってください、わたくしもご一緒いたしますわ!」
そう言いながら、いそいそと準備をし始めるソフィア。
「は? 招待されてねーだろ?」
「招待状ならありますわ! 前王妃様からご招待いただきましたの! ユーディーンにとっては、おばあ様ですわね? わたくし、前王妃様と親しくさせいただいておりましたので、お願いしてみたら招待してくださいましたの!」
ソフィアがドヤ顔で見せてきた招待状は、確かに王家の紋章が入っている正式なものだった。
「……ばあさまも、なんでこいつに出すかな? ……いくらなんでも、前婚約者が王太子の結婚式に参加するのはまずいだろ?」
「あら、バレなければ問題ありませんわ」
そう言ってソフィアは、ローブのフードをすっぽりとかぶって、その美しい髪と顔を隠した。
「ユーディーンが一緒に行かないと言うのでしたら、わたくし勝手に一人で行きますわよ?」
一人で王宮に向かおうとするソフィアに。
「待て待て待て! 外出許可出すのは俺だぞ? 言うことを聞け! いいか? 俺の隣から絶対に離れるな、とにかく大人しくしてろよ!」
「うふふ、承知いたしましたわ」
「はぁ……不安しかねぇ……」
◇◇◇
王宮の祭殿。
しぶしぶソフィアを連れて、結婚式へと参列したユーディーン。
初めて公式の場にあらわれた、魔塔の塔主ユーディーンに対して、人々は好奇の目を向けてきた。
式の最中だというのに「気味の悪い目の色をしている」「晴れの日にふさわしくない」などと陰口が聞こえてくる。
付き人を装いユーディーンの隣にいるソフィアの耳にも、その声は聞こえてきた。
フードの隙間からユーディーンを見てみると、陰口に表情を変えることもなく悠然としている。
その表情は、いつものソフィアに見せるものではなく、無表情でどこか人を寄せ付けない雰囲気がした。これが以前にノヴァが言っていた魔塔の塔主としての、ユーディーンの顔なのだろう。
それにしても、王宮の煌びやかな光の中で改めて見る、今日のユーディーンは輝いていた。
スラリとした長身に、かっちりとした騎士服と、長いマントがよく似合っている。そして、ソフィアが気合いをいれて編み上げた髪型のおかげで、ユーディーンの綺麗な顔が披露されていた。
魔塔で既に見たはずなのに、思わずソフィアは見惚れてしまう。
それはソフィアだけではなかったようで、式に参列している女性陣の多くは、初めて見る美しき魔塔の塔主に心を奪われているようだった。
ユーディーンは魔法使いとしての功績もあるのだ。もっと表舞台に出て行けば、紫の瞳の色のイメージも変えていけるのではないだろうか。そんなことをソフィアは思った。
◇◇◇
式も無事に終わり、参列者が王太子夫妻に順番に祝辞を述べていく時間になった。
王太子の元へと行けるのはユーディーンだけだ。そのため、ユーディーンはソフィアを前王妃の元へと預けに行った。
「すぐに戻ってくるから、ソフィアはばあさまの元から離れんじゃねーぞ! ばあさまも、招待した責任があるからな。ソフィアが変なことしねーように見張っておけよ」
「あらあら、うちの孫は過保護ねぇ」
コロコロと楽しそうに笑う前王妃。彼女は、紫の瞳を持って生まれた孫のユーディーンを、家族から隔離することに最後まで反対し続けた。隔離された後も、幼いユーディーンの元を度々訪れて、何かと面倒を見てくれた数少ない人物だ。
「だいたい、何でソフィアに招待状を出したんだよ……」
そのせいでユーディーンは、今この時もソフィアの企みを阻止するために、国土防衛システムをフル稼働して魔力探知をするはめになっているのだ。
「とにかく、ここから動くな、変なこともすんな分かったな!」
そう言いつけるとユーディーンは、ダリウスの元へと向かう。
祭壇の前に設けられた席に座る王太子夫妻へ、魔塔の塔主としての祝辞を述べ終え、さっさとソフィアの元へ帰ろうとしたところで、ダリウスから声をかけられた。
「おばあ様のところにいるフードの人物はソフィアか? ……元気そうで良かった。ユーディーン、連れてきてくれてありがとう」
「……ばあさまに招待されてたから、しかたなく連れてきただけだ」
なぜ礼を言われるのかと不服そうなユーディーンに、ダリウスが続ける。
「ああ、そういえばソフィアは、おばあ様のお気に入りだったな」
王宮での婚約者時代のソフィアのことを思い出し、懐かしそうな顔をするダリウス。
その表情にユーディーンはむかついた。自分の知らないソフィアの事をこの男は知っているのだ。そして、長い間ソフィアに愛されていた。けれどもソフィアを選ばなかった男――
「……ソフィアを、よろしく頼む」
そんな男からの言葉に、ユーディーンは魔塔の塔主としての仮面が剥がれ落ちていった。
「頼まれなくても大切にするし、あんたと居たときより、絶対に俺がソフィアを幸せにするからな」
珍しく感情をあらわにしてくるユーディーンに、ダリウスは驚いた。そしてある事に気が付く。
「ユーディーン……お前がずっと探していた、初恋の人というのは、もしかすると……」
「そうだよ、そのとおりだよ! あんたのせいで、俺は十年探し続けても、見つけられなかったんだからな!」
そう言ってユーディーンはダリウスを睨んだ。
「……ああ、まあ、うん。私のせいか……私のせいだな……すまない」
「……あやまられんのも、何かむかつく」
ダリウスの隣ではメイベルが、二人の様子を心配そうに見守っていた。
――おとなしそうな女。ソフィアは聡明で素晴らしい令嬢だと言っていたが、この女を兄上が選んだから、ソフィアは婚約を解消して身を引いたんだ。この女がいなければ、ソフィアは王太子妃になれたのに。
結局ソフィアが何を企んでいるのか分からないままのユーディーンは、最悪の事態を回避するために、ダリウスに直接忠告することを決めた。
「……ソフィアが何か企んでるみたいなんだよ。あいつの魔力はやばいからな。あんたかメイベルに何かするかもしれないから気を付けろ」
「ソフィアが? 彼女が私たちに対して、何かするとは思えないが……」
「ああん?」
再び、ソフィアのことはお前よりもよく知っている、という態度を見せるダリウスに、静かにユーディーンはブチ切れた。
周囲の花瓶の花々が、ピシピシと音を立て凍り始める。
「ダリウス様、ここは素直に、ユーディーン様のご忠告を受け取った方がよろしいかと思います」
聡明なメイベルは、初対面のユーディーンが抱く感情に、すぐに気が付いた。
「分かった。ユーディーン、気を付けるとしよう」
それを聞いてようやく、ユーディーンの魔力放出が収まる。
「それから、もう婚約者じゃねーんだから、ソフィアのこと呼び捨てにすんな!」
そう言うとユーディーンは、ソフィアの元へと足早に戻って行った。
「……ダリウス様、途中から分かってやっていらっしゃったでしょう?」
「メイベルには気付かれてしまったか。今まで私の前では、魔塔の塔主としての顔しか見せたことがなかったユーディーンが、あんなに感情をあらわにするのが嬉しくて、つい調子に乗ってしまったよ」
産まれた時から隔離されていた弟と、初めて会ったのは、王太子として魔塔の塔主と接見したときだった。
その時のユディーンは、ダリウスに対して一切の感情を見せず、王族へ対する距離をとり続けた。
「いつも前髪で瞳を隠していて、儀礼的な態度しか見せてくれなかったんだ。……それがあんなにも感情的になれると知って、安心したよ」
「それは……きっと、ソフィア様のお力ですわね」
「……そうだな。ソフィア、嬢、のおかげだな」




