11.塔主様からの魔法指導
本来であれば十二歳から始める、魔力操作のカリキュラムを、ソフィアは二十歳から始めることになった。
十二歳の生徒に混じりながら、座学を受けている間は何の問題も無かったが、魔力を使う授業に入った途端、雲行きが怪しくなってきた。
魔力が強すぎるのだ。魔力検査の結果、ソフィアの魔力量は、ユーディーンに次ぐほどの規格外の量であることが分かっている。
そしてもう一つ。ソフィアは魔力操作に大きな問題を抱えていた。
今までの人生の中では、ひたすらに膨大な魔力を自分の魔力で押さえ込んできたので、いざ魔力を開放するとなったときに、加減が分からずに暴走してしまった。
火魔法では実習室を黒焦げに、風魔法では木々をなぎ倒し、氷魔法では辺り一面を氷漬けにした。
ユーディーンは、ノヴァから渡された報告書を読んで、頭を抱えた。
「ちょっとあれでは危険すぎて、十二歳の新人と同じクラスには入れておけませんね」
「……そんなに酷いのか?」
「魔力防御壁のある実習室も、すでに二つ破壊されています。……あれだけの魔力量と破壊力ですから、もしかしたら、戦場で役に立つんじゃないですか?」
「……敵も味方も一切の区別なしに魔法発動すんのにか?」
「あはは、それじゃ味方も全滅しちゃいますね。……危険すぎます。ユーディーン様、なんとかしてください」
教師陣も、ソフィアの規格外の魔力量とコントロール力のなさに、指導を断ってきた。
「……わかったよ、俺が教えるよ」
◇◇◇
ということで、壊れていない実習室に集合した三人。
「すみませんユーディーン様。塔主のお仕事で忙しい所を、ソフィア様の魔法の指導までお願いしてしまって」
「……仕方ねーだろ。こいつの魔力暴走、俺以外に止められそーにねーし」
「え〜、泣き虫ちゃんは教え方が厳しそうだから嫌ですわ! わたくし、ノヴァに教えてもらいたいわ?」
連日の破壊報告で、とうとうユーディーンが出てくるはめになったというのに、当の本人は不服そうだ。
「お前な……」
「ソフィア様! 僕の魔力量では、ソフィア様を教えるのは無理です! それに、僕の得意分野は生活魔法です! お願いですから、おとなしくユーディーン様に魔法を教わってください!」
ノヴァが首をぶんぶんと振りながら拒否してくる。
ちなみに、正式に魔塔の住人となり、公爵令嬢ではなくなったソフィアだが、その高貴なただずまいから、周囲からは様付けで呼ばれている。
「ノヴァがそこまで言うのでしたら、しかたがありませんわね。では泣き虫ちゃん、よろしくお願いします」
ペコリとお辞儀をするソフィア。
「泣き虫ちゃんって言うな! これからは……俺の事も、ノヴァみてーに呼び捨てで呼べ」
教えてもらう人を、呼び捨てにしていいものだろうかと思ったものの、本人がそう言うのならいいのだろう。
「わかりましたわ。それではよろしくお願いします、ユーディーン」
「……ん」
名前を呼ばれ、赤くなるユーディーン。
「え、ちょっと、名前を呼ぶだけで顔を赤くするの、やめてくださらない?」
「くそっ、しょーがねーだろ! 十年探し続けた初恋のお姉さんに、初めて名前を呼ばれたんだ、少しは喜ばせろよ!」
「え~……」
「まあまあソフィア様、せっかくユーディーン様が魔法の指導をしてくださるのですから、少々の変な行動には目をつぶってあげてください」
ノヴァが両手を合わせてソフィアをなだめる。
「しかたがないですわねぇ……それではわたくしのことも、ソフィアと呼んでくださいませ」
指導される身だ。名前を呼んでもらったほうがいいだろう。そんな軽い気持ちでソフィアは伝えたのだが、ユーディーンは固まってしまった。
それからしばらくして、絞り出すように。
「……ソ、フィア」
「え、ちょっと、その間が開くのも嫌ですし、いちいち噛みしめながらわたくしの名前を呼ばないでくださいません?」
「だーかーらー! こっちは十年分の感情とか思いが色々があんだよ! 少しは分かれよ!」
「えー、分かりたくありませんわ〜」
「はいはい、お二人ともいいですか、このままだと魔法の練習を始める前に日が暮れちゃいますよ~。ちゃっちゃと先に進みましょうね~」
◇◇◇
「俺が防御魔法を展開するから、とりあえず何でもいい、魔法出してみろ」
そうユーディーンに指示をされたソフィアは、実習室の壁にある的をめがけて、氷魔法を繰り出した。
「えいっ!」
ソフィアが軽く指先を一振りしただけで、恐ろしい威力と大きさの、尖った氷の塊が何個も出現し、壁に向かって飛んでいった。
ユーディーンの防御魔法のおかげで、室内は破壊されなかったが、的は粉々に砕け散り、壁には氷の塊がいくつも刺さっている。床には砕けた氷の山ができていた。
「ひいっ、人差し指一本だけで巨大な氷の塊を何十個も! ユーディーン様の結界がなかったら確実に壁をぶち抜いて、三個目の実習室破壊をするところでしたね!」
ノヴァがソフィアの魔法の威力に驚いている一方で、ユーディーンは呆れていた。
「……ソフィア、お前なぁ……もう少し加減ってもんを考えろよ」
「それが分からないから困っているのです。今まで、とにかく魔力を押さえる事だけに注力をしてきたので、いざ魔力を放出するとなると、どのくらい加減をすればいいのかが、ちっとも分からないのです!」
「しょーがねーな、一回俺が手本を見せるから、そこで立って見てろ」
そう言うとユーディーンは、壁に向かい片手をかざして詠唱を始めた。
すると、辺りの空気がだんだん冷たくなってきて、一気に空気が冷たくなった、その瞬間、キラキラと氷の粒をまき散らしながら、一匹の美しい氷の竜が出現した。竜は、光を反射しながら空中を泳ぎ、壁に向かって強烈な冷気を放った。放たれた冷気によって、実習室の壁一面が氷に覆われた。
「うわぁ! なんて綺麗な氷魔法なのでしょう! 本当にあのときの泣き虫ちゃんは、偉大な魔法使いになったのですねぇ……」
空中をゆらゆらと漂う氷の竜を眺めながら、ソフィアは嬉しそうに呟いた。
「だから泣き虫ちゃんじゃねーし……俺もう十七だからな?」
シグネシア王国では、十五歳で成人と認められる。十七歳のユーディーンは立派な大人である。
あの出会いから十年が経っているのだ。ソフィアが二十歳になったように、ユーディーンもこの魔塔で歳を重ねてきたのだ。
「それもそうですわよね、ユーディーンは大魔法使いで、立派な魔塔の塔主様なのですよね」
十七歳という年齢での魔塔の塔主。いくら膨大な魔力量や才能があったからといって、簡単になれるものではなかっただろう。ソフィアが王宮で厳しい王太子妃教育を受けてきたように、ユーディーンも魔塔で努力を重ねてきたのだ。
「……そのさ、親戚の子供の成長を見守るような目で見んのやめてくんない? ……俺としては、異性として意識して欲しーんだけど」
「異性として、意識……」
魔法の天才で、顔もスタイルもいい。元王族で魔塔の塔主という高スペック男子。そしてソフィアにべた惚れしている。はっきり言って超優良物件だ。
魔塔内での恋愛や結婚は禁止されていないので、何の障壁もない。
――年下で、ダリウス様の弟で、泣き虫ちゃんで……
そんなことはダメな理由にはならない。あとは、自分の感情の問題だけだ。
わたくしは、ダリウス様以外の人を、好きになってもいいのだろうか?
そんな戸惑いの感情を抱えながらユーディーンを見ると、そこにはソフィアよりも随分と背の高い青年がいて、紫の瞳を真っ直ぐに向けていた。
――わたくしは、この人のことを……
「ぜ……」
「ぜ?」
「善処、いたしますわ!」
グルグルと考えた結果、何とかそれだけを顔を赤くしながら伝えた。
「なんだよ、善処って? ……いーよ、ソフィアの気が済むまで待つよ」
柔らかな表情をするユーディーンに、ソフィアの顔が更に赤くなる。
「な……長生きしなさい?」
「おい、待て。そんなに時間かかんのかよ。まさか百年待てとか言わねーだろーな?」
「ど、どうかしら? 百年はさすがにわたくしも長すぎだと思いますわ」
「はいはい、そういうのは後でお二人だけでやってくださいね〜」




