55 『見つけました』
まるで視線の先の空間をそのまま抉り取ったかのように、グラムガンドのさらに向こう、数十メートル先までそこにあったものが跡形もなく消し飛んでいた。
半円状に抉れた地面が、真っ直ぐ先まで伸びている。
その抉れた跡の端にある木々も、幹の部分がごっそり抉れて今にも倒れそうだ。
アサヒは、その光景を静かに眺めている。
これが、みんなの想いを束ねた究極の一撃。
どんな敵をも消し飛ばす、最強の必殺技。
ラノベの主人公たちが手にする『チート』能力。
それが今、アサヒの手に——
「無理無理無理無理無理ッッ!!!」
アサヒは叫ぶ。
「扱いきれないってッ!! こんなのッ!!」
「お、おお、落ちッ、落ち着くのじゃッ!! アサヒよッ!!」
「お前もなッ!!」
二人して、わたわたと騒ぐ。
まったく落ち着けそうもない。
「こ、これッ、危なすぎるだろッ!!」
グラムガンドを倒すことに必死で、それ以外のことをまったく考えていなかった。
技の威力や、周りへの影響など。
ここが森の中で本当に良かったと、心の底から思った。
……こ、これがもし、街や村とか、人がいるところだったら……。
死人がたくさん出てしまう。
わなわなと震えてきた。
「お、俺ッ、人殺しになるッ!!」
「むっ」
その言葉を聞いて、一緒に騒いでいたカサネの動きがピタッと止まる。
そして、やけに真剣な声で忠告してきた。
「アサヒよ、人を殺めてはならぬぞ」
「わかっとるわボケェッ!!」
それを勢いよく言い返してしまった。
……言われなくてもやるわけないだろッ!!
「ボ、ボケとはなんじゃッ! ボケとはァッッ!!」
カサネがポカポカと叩いてくるが、いったん無視する。
そして、考える。
この力は使えない。
少なくとも、上手くコントロールできるようになるまでは、絶対に。
……でも、どうやって……?
アサヒは手に握った剣を見つめる。
刀身が半分しかなく、なおかつヒビ割れも酷い。
……あの技を使うまで、ここまで酷くなかったはず……。
剣に魔法を纏わせる前も亀裂は入っていたが、今は触っただけでも刀身が砕けそうなくらいボロボロの状態だ。
それだけ、凄まじい力がこの剣に集まってきたのだろう。
その力に、最後まで耐えてくれた。
「助かったよ、ありがとう」
この剣には、感謝しかない。
だから、今は思ったことを言葉にしたくなった。
それがたとえ、物だったとしても。
……ラキシアにはちゃんと謝んないとな。大事な剣をこんなにしちゃっ——
「ぁ…………」
頭からサーっと血の気が引いた。
心臓をギュッと握られるようなそんな感覚がして、一瞬頭が真っ白になった。
ポカポカとアサヒを叩いていたカサネも、その異変に気づいたのか、小首を傾げる。
「アサヒ……?」
「ラキシアッッ!!!」
「うおぁッ!!?」
声を張り上げ、すぐに辺りを見まわす。
……ラキシアッ!! どこだッ!!
背筋が凍りそうだ。
ちゃんと気を付けていたつもりだった。
でも、途中からはそんな余裕はなくて……。
「ラキシアッ!!」
もしも、あの消し飛んだ先にラキシアがいたら——
「アサヒ! 落ち着くのじゃ!」
「ッッ!!」
剣を持ってない方の腕をぐいっと引っ張られ、咄嗟に声のした方を見る。
カサネが真っ直ぐにこちらを見つめながら言った。
「ラキシアは、もう大丈夫じゃ。あそこにおる」
カサネが指を差す。
そこに木の根のドームがあった。
「ッッ…………はぁぁ」
「アサヒッ!? おッ、おもいぃ……」
腰が抜けて、その場にへたり込みそうになるのをカサネが咄嗟に支えてくれた。
「よかった……ほんとうに、よかったぁ……」
「ちょ、は、はやくッ、立つのじゃッ……」
「あ、あぁ、ごめん」
立ち上がると、カサネは「ビックリしたのじゃ……」と呟き、アサヒに告げた。
「安心せよ、アサヒ。ラキシアは無事じゃ」
「無事……?」
あまりにも迷いなく言い切るカサネに、アサヒはおもわず聞き返した。
すると……。
「うむ、もうラキシアからは死の気配を感じぬ」
カサネは木の根のドームを見ながら断言する。
そして、再びアサヒを真っ直ぐに見つめて言った。
「じゃから、胸を張るのじゃ」
「えっ」
その表情は、どこか誇らしそうで……。
「アサヒは、死の運命からラキシアを救ったのじゃ」
「ッッ」
「さすがッ、妾のアサヒッ。本当に、よくやったのじゃッ」
カサネの言葉が心に響く。
「妾はッ、アサヒを誇りに思うぞッ」
その真っ直ぐな言葉がアサヒの弱いところに触れ、感情をぐちゃぐちゃに掻き乱していく。
顔がカッと熱くなった。
……や、やばいッ…………泣きそぅ……。
嬉しくて仕方がない。
「ふふんッ。アサヒよ、泣いてる場合ではないぞ。早くラキシアを起こさねば」
そんなアサヒに、悪戯っぽく言ってきた。
アサヒは軽く目を擦って答える。
「な、泣いてないしッ…………まだ」
我ながら見え透いた嘘だなと思った。
そして、頭を切り替えてドームの方へ歩いていく。
カサネはすぐ横についてきていた。
「ラキシアには謝んないとな」
剣を見ながら言った。
「そうじゃな。……妾も、ラキシアに謝らねばならんことがある」
「ん?」
「ラキシアを、突き飛ばしたことを、じゃ……」
カサネらしくない、歯切れの悪い答えだった。
「許して、くれるじゃろぅか……」
「ラキシアなら、大丈夫だと思うけど」
「ほ、本当に……?」
さっきまであれだけ堂々としていたというのに、不安そうな言葉ばっかり返ってくる。
もしも許してくれなかったらと、考えているのだろうか。
……怖いのか……? ラキシアはそんな子じゃないって、わかってるだろうに。
だから……
ワシャワシャワシャ。
「んにゃーーッ!? な、何をするッ!? 妾は真剣に——」
「ラキシアには、二人で一緒に謝ろうよ。それなら怖くないでしょ?」
頭を思いっきり撫でまわしながら提案をした。
「う、うむ…………それで、頼むのじゃ……」
「うん、わかった」
頭から手をどけて、その手をドームに向ける。
「開けてくれ」
木の根が開き、中から淡く輝くラキシアが出てきた。
回復魔法をかけたときよりも輝きがかなり弱まっているが、これは負傷したところがほとんど治ったという証なのだろう。
その証拠に、ラキシア本人はとても穏やかな表情で眠っていた。
「よかった」
アサヒは小さな声で呟く。
回復魔法をかけたときに、ラキシアの傷を治せるという確信はあった。
それに、カサネからラキシアは無事だとも聞いていた。
だから安心していたはずなのだが、やはりこうして無事な姿を自分の目で見ると、安堵感がまるで違う。
アサヒはしゃがんで、ラキシアの肩を軽く揺すりながら声をかけた。
「ラキシア」
「う、うぅ……」
ラキシアの口から声が漏れる。
まるで、お昼寝中の人を起こすような気分だ。
「ラキシア、起きるのじゃ」
横からカサネもしゃがんで声をかける。
すると、ゆっくりと瞼が開いて……
「ぁ…………あ、れ……?」
とても眠たそうな声が聞こえてきた。
「おはようなのじゃ、ラキシア」
ラキシアがゆっくりとカサネに視線を向ける。
「お、おはよう、ございま、す……?」
状況を飲み込めてなさそうな返事だ。
「妾のことはわかるか?」
「はい……もちろん、です……カサネちゃん」
「うむ」
「痛むところとかないかな? ラキシア」
「アサヒさん……?」
ラキシアはきょとんとした顔で、こちらを見上げてきた。
「もうほとんど治ってるのはわかってるんだけど、念のた——」
ふいに伸びてきた手が、アサヒの胸元に触れる。
「アサヒさん、血が……」
「えっ」
ラキシアが触れているところを見る。
確かに、ところどころ血で赤く染まっていた。
さっきラキシアを抱き寄せたときに付いた血と、あとはグラムガンドを斬りつけたときに付いた血だろう。
まだどこかぼんやりとしているラキシアに、アサヒは問いかけようとした。
「俺は大丈夫だよ。それよりも、ラキシアの方こそ大丈——」
「ッッ」
だが、言い切る前にラキシアが息を詰め、目を見開いた。
そして、ガバッと起き上がろうとして——
「グラムガン——うぐッ」
「「ラキシア!?」」
顔を歪めてうめき声を上げた。
アサヒは咄嗟にラキシアの体を支える。
「うぅッ……」
「きゅ、急に起き上がっちゃだめだよッ」
「そ、そうじゃッ、安静にせねばッ」
「ッッ!!」
ガシッ!!
「ちょ、ラキシア!?」
ラキシアがアサヒの腕を掴む。
凄い力だ。
「はやくッ! はやく逃げてくださいッ!!」
「えっ!? ちょ、ちょっと待っ——」
「私のことはいいです! だからはやく!」
アサヒを真っ直ぐに見つめて、ラキシアが叫ぶ。
「お、落ち着いてッ、は、話を——」
「二人で逃げてください!!」
まったく話を聞いてくれない。
「あ、ああ、安静に、せねばッ……」
すぐ横で、カサネも戸惑っている。
「アサヒさん! 私のことは置いていってくださ——」
「ラキシアッッ!!!」
「ッッ!?」
アサヒが怒鳴り声を上げる。
その声に、ラキシアの体がビクッと震えた。
ついでに、カサネも震えたのがチラッと見えた。
そして、驚いたような、戸惑ったような、怯えたような、そんな目でラキシアがアサヒを見つめてきた。
……やばいッ…………すごい罪悪感……。
仕方がなかったとはいえ、命の恩人である美少女に至近距離から怒鳴ったのだ。
ものすごく悪いことをした気分だ。
「アサヒ、さん……?」
心なしか、その声は震えているように聞こえた。
……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃ……。
アサヒを見つめてくるその瞳から、全力で目を逸らしたい。
だが、ここはラキシアにガツンと言わなくてはならない。
あと、そんな目で見ないでほしい。心折れそう。
「はぁ……」
一回だけため息をつき、そしてはっきりと伝えた。
「置いていくわけないだろ」
「え……」
ラキシアは、アサヒが今まで出会ってきた人の中で一番と言っていいほど、心優しい人だと思う。
勇敢で高潔で、清らか。おまけに、ものすごく美人。
長年の社会人生活で廃れきったアサヒとは、比べるべくもない。
同じ人間として、心の底から尊敬する。
そんな彼女だからこそ、自分を犠牲にしてでもまず誰かのためにと、行動できるのだろう。
本当に、立派だと思う。
でも、そんなラキシアをいったい誰が助けるというのか。
自分を犠牲にして誰かを助けて、そのあとは……。
アサヒは、その考えが嫌だ。
自分を犠牲にするのも嫌だし、誰かを見殺しにするのも嫌だ。
ましてや、ラキシアは命の恩人だ。
見捨てることなどできない。
それに、とても良い子だと知ってしまったのだ。
そんな子が苦しむ姿なんて見たくない。
だから、言わせてもらう。
「俺は、ラキシアを見捨てたりしない」
「ぁ…………」
ラキシアの目が見開かれる。
その中で、瞳が揺れた。
「それに……」
視線をグラムガンドの方に向ける。
ラキシアも釣られて、同じ方向を向いた。
「ぇ……うそ…………」
「もう、大丈夫」
もう一度ラキシアを見つめて言った。
ラキシアもこちらを見上げた。
さっき怒鳴ってしまったせいで、ラキシアを怯えさせたかもしれない。
なので、できる限り穏やかに、かつ優しい口調で伝えた。
「だから、安心して」
もう戦いは終わった。
あとは、ラキシアの怪我を全部治すだけだ。
「あとのことは、全部俺に任せ…………ラキシア??」
「…………」
ラキシアが固まっている。何も答えない。
心なしか目が潤んできた気がする。
アサヒは確信した。
ラキシアを本気で怖がらせてしまったのだと。
「ご、ごめんッ」
……そ、そりゃあ目の前で怒鳴られたら怖いよねッ!
アサヒも、仕事で何度も怒鳴られた経験はある。
あの怒鳴られた瞬間の体がキュッと萎縮する感覚、何歳になっても慣れるものではない。今でも普通に怖い。
ましてや、ラキシアは十七歳の女の子だ。
そんなの怖いに決まっている。
だから、誠心誠意謝らねばならない。
土下座も辞さない覚悟だ。
「さっきは、そのッ……お、大きな声を出し——」
「見つけました」
「ぇ……」
それは、とてもとても小さな呟きだった。
でも、確かに聞こえた。
見つけました、と……。
「えっと……よく聞こえなかったよ。もう一度言っ——」
ふいにラキシアの両手が伸びてきて、アサヒの頬を包んだ。
「ラ、ラキシア!? ど、どうしたの……?」
戸惑いながら問いかける。
ラキシアは潤んだ瞳でこちらを見つめていた。
両頬に触れる少しひんやりとした感触が、アサヒの心をざわつかせて——
「私の、運命の人」
これも先ほどと同じくとても小さな呟きだったが、はっきりとそう聞こえた。




