54 『想いの力』
「俺はカサネを信じてるよ」
全身に衝撃が走った。
「ぁ…………」
言葉が、出てこない。
なんてことはないはずだ。
アサヒはただ、先ほどのカサネの問いかけの返答をしたにすぎないのだから。
それなのに……
「だから、頼りにしてる」
アサヒの言葉が嬉しくて仕方がない。
……い、いかんッ……泣いてはッ……。
アサヒに信じてもらえている、頼りにしてもらえている。
そのことが、涙が出そうなくらい嬉しい。
だが、泣くわけにはいかない。
泣いてしまえば、神としての威厳が損なわれてしまう。
なにより……
「俺は、一人じゃないんだろ? カサネ」
ニヤつき顔でこちらを見ているアサヒに、これ以上カッコ悪いところを見せるのが、なんとも嫌だと思った。
だから——
「ッッ」
カサネはギュッと目をつぶり、溢れそうな涙を全力で押し戻す。
そして、目を開けてアサヒを見る。
「うむッ、その通りじゃッ」
そのまま、生意気でちょっと憎たらしい眷属に、高らかに宣言した。
「妾が付いておるぞッ! アサヒ!」
一人ではないと。
◇◇◇◇◇◇
「妾が付いておるぞッ! アサヒ!」
その言葉を聞いて、アサヒは前を向いた。
『コロス、コロス、コロス』
グラムガンドからは、あいかわらず悪意の塊のようなドス黒い感情が流れてきている。
気を抜けば、すぐにでも呑まれてしまいそうだ。
でも、そうはならない。
なぜなら……。
「あづッ」
おもわず声を漏らす。
背中が燃えるように熱い。
さっき信仰心を授かったときにも経験したことだ。
……も、もうちょっとッ、加減ってものをッ……。
それは、カサネからの想い。
それがうしろからどんどん流れてくる。
自分は一人じゃないと教えてくれる。
「…………ふぅ」
目の奥から熱いものが込み上げてくるのを誤魔化すように、アサヒは静かに息を吐いた。
絶対に振り返れない。
今の顔をカサネに見られたら、何を言われるかわかったものじゃないから。
グッと奥歯を噛み締めて、グラムガンドを見据えた。
カサネの想いが、ドス黒い感情を蹴散らし、アサヒを悪意から守ってくれている。
とてつもない安心感だ。
今なら、冷静にグラムガンドの悪意と向き合うことができる。
そして——
『コロス、コロス、コロス』
アサヒは気づく。
グラムガンドの中心……ちょうどお腹のあたりから、禍々しい悪意が流れてきていることに。
……そこが、お前の弱点なのか。
確かな根拠があるわけではない。
それでも、ここを叩けばグラムガンドを倒せると、アサヒには確信があった。
あとは、どうやって……。
グラムガンドの体はあまりにも巨大で、何度も斬りつけなければお腹の奥にある急所まで攻撃は届かない。
ましてや、グラムガンドの傷はすぐに塞がってしまう。
アサヒ一人では倒せない。
だから——
「俺に力を貸してくれ!」
アサヒは叫んだ。
ラキシアから受け継いだ想いと、アサヒを信じてくれているカサネに向けて。
「うむッ! 任せよッ!!」
そして、力強い返事が返ってきた。
アサヒは剣を構える。
それを待っていたかのように、光り輝くラキシアの剣。
剣の周囲に無数の光の輪が現れ、そこから伸びてきた植物の蔓が剣に集まっていき、一体化していく。
これは、ラキシアがグラムガンドにトドメを刺すときに使っていた技だ。
剣に魔法を纏わせ、威力を極限まで高める技。
今できる最大の攻撃。
だが——
ピシッ……ピシピシッ……。
武器への負担もかなり大きい。
ヒビが入ったときと同じ不快な感触が、手に伝わってくる。
……この剣じゃ、もう…………でもッ、まだ足りないッ……。
もっと剣に魔法を纏わせなければ、グラムガンドの急所に届かない。
でも、これ以上やると攻撃する前に刀身が砕けてしまう。
……カサネッ。
アサヒはチラッとカサネの方を見る。
カサネはこちらに両手を向けていた。
「妾を信じよ」
アサヒは頷きだけ返し、前を向く。
そして、口元を少し緩めて、誰にも聞こえない小さな声で呟いた。
「もちろん信じてるよ」
剣の輝きが増す。
光の輪もさらに増えて、どんどん植物の蔓が集まっていく。
それなのに、ヒビが広がる不快な感触がピタリと止まった。
どういう原理かわからないが、剣が砕けないようにカサネが守ってくれているのだろう。
おかげで、この一撃に全てを込めることができる。
……本当にすごいな、信じるって。
さっきまでの自分は、本当の意味でカサネやラキシアを信じきれていなかったのかもしれない。
だから、グラムガンドにも勝てなかった。
でも、今は違う。
信じられる。
……よし! このままもっと魔法を——
ふいに、誰かに声をかけられたような気がした。
「…………」
手に握られた剣を見下ろす。
……物にも、想いって宿るのかな……?
こんな極限状態で、自分でもおかしなことを考えてる自覚はある。
でも、ついそう思ってしまった。
よく見ると、かなり年季の入った剣だとわかる。
子供でも扱えそうな小ぶりな剣で、ところどころ傷が目立つ。
でも、決して汚れているわけではない。
ちゃんと綺麗に手入れをされている。
ラキシアが、この剣をとても大切にしているのが伝わってきた。
そして、この剣から『ラキシアを助けてほしい』と言われた気がした。
もしも、本当に物に想いが宿るのなら——
……お前の想いを、俺に貸してくれ! ラキシアは必ず助ける!
アサヒは心の中で叫んだ。
すると、その叫びに応えるように、剣が一瞬だけ強く輝く。
目を焼きそうなくらいの強い光だ。
でも、不思議と眩しいとは思わなかった。
そしてその強い光は、光の輪と共にフッと消える。
「ぁ……」
アサヒはおもわず声を漏らした。
その手に、淡く輝く巨大な大剣が握られていたからだ。
ラキシアが魔法を纏わせたときよりも、二回りくらい大きい。
当然だ。
今のこの剣には、カサネとラキシアの想いが込められている。
それに、もしかしたらこの剣の想いも込められているのかもしれない。
だから……
「ありがとう」
貫けないものはない。
「ギャッ!! グギャギャ!! ギャー!! ギャギャギャギャーーッ!!」
グラムガンドが狂ったように叫び声を上げながら、蔓を引きちぎろうともがいている。
アサヒが持つ大剣に危険を感じたのだろうか。
だが——
「もうお前には、何もさせない」
アサヒは、そんなグラムガンドに剣先を向けて静かに宣言した。
「覚悟しろ、グラムガンド」
そして剣を両手で持ち、踏み込むために腰を少し落とす。
次の一撃に全てを込める。
きっとその一撃で剣は砕けるだろう。
二度目はない。
……これが終わったら必ず直すからッ! だから頼むぞッ!
心なしか、剣がほんの少しだけ震えた気がした。
それがなんだかとても、頼もしく感じた。
「グラムガンドよ」
カサネがゆっくりと歩いてきて、アサヒのそばで足を止める。
そのままグラムガンドを真っ直ぐに見据えた。
「妾の友達を傷つけた罰じゃ」
そして、ビシッと指を差し——
「潔く裁きを受けるがよいッ!」
グラムガンドに告げた。
「いくぞ」
ドンッ!!
アサヒは地面を強く蹴り、グラムガンドへ突っ込んでいく。
そのまま、大剣をグラムガンドのど真ん中へ——
「ガギャッッ!!?」
突き刺す。
ガギンッ!!
「ッッ!!」
……かたいッ!!
まるで、鋼鉄に剣を突き立てたような感触。
悪意が漏れ出るその場所だけ、異常に硬い。
突き立てたときの衝撃で、手が痺れる。
だが——
……まだだッ!!
剣を握る手に思いっきり力を入れて、大剣を押し込む。
「うおぉぉぉぉッッ!!!」
「ギャーーーーッッ!!!」
叫ぶ、アサヒとグラムガンド。
すると、淡く輝いていた大剣の光が強くなる。
……これはッ……!
それを見て、アサヒは思った。
まるで、カサネとラキシアが一緒にこの大剣を握り、グラムガンドと戦ってくれているようだと。
アサヒは、顔を上げる。
こちらを見下ろすグラムガンドと視線がぶつかった。
『コロス! コロシテヤル! オマエヲカナラズッ、コロシテヤルッ!!』
今なお聞こえてくるその悪意に向かって、アサヒは吠えた。
「これがッ! みんなのッ! 『想い』だぁぁッッ!!!」
スドォォォンッッ!!
轟音とともに、大剣がグラムガンドのど真ん中を貫いた。
アサヒはグラムガンドの胴体を蹴り、うしろに飛んで距離を取る。
そして、すぐに大剣を構えた。
急所を貫いた手応えはあったが、油断はできない。
アサヒは肩で息をしながら願った。
……これでッ……終わってくれよッ……。
さっきの一撃の余波で土煙が舞っている。
その中に、巨大な影が見える。
「ぁ……」
……剣がッ!!
輝きを放っていた大剣から、無数の光の粒子が発生し、粒子はそのまま空気に溶けるように消えていった。
そして大剣は、まるで役目を終えたかのように姿を消して、手元には小ぶりな剣だけが残された。
パキッ。トスッ。
残された剣も、刀身の半分のところで折れて、先端の方は軽い音を立てて地面に突き刺さった。
……くそッ!
もう本当に何もない。
アサヒは刀身が半分になった剣を構え直すが、これでは戦いにならない。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
無意識に呼吸が速くなる。
……頼む……。
怖い。
……頼む頼む頼むッ! これで終わってくれッ!!
「はぁ! はぁ! はぁ! はぁ! は——」
土煙が薄れていき、グラムガンドが姿を現す。
そして、そのど真ん中には、向こう側が見えるほどの大きな風穴が空いていた。
「……………………やった、のか……?」
グラムガンドは両腕両脚を植物の蔓に拘束されたまま、ピクリとも動かない。
凶暴な顔はそのままだが、目に光はなく、そしてなにより、あれだけ聞こえていた悪意がまったく聞こえてこなかった。
アサヒは確信した。
グラムガンドを倒したと。
シュルル。……ドスンッ!
アサヒの考えを読んだのか、蔓は拘束していたグラムガンドを解放する。
その巨体は鈍い音を立てながら、うしろに倒れていった。
土煙が再び舞う。
「は、はは……やった……」
おもわず笑みがこぼれる。
「やったッ! やったぞッ!」
声を上げる。
それは安堵からなのか、それとも勝利の喜びからなのか、わからない。
ただ、今感じる高揚感そのままに声を上げた。上げ続けた。
「俺ッ、やったんだよッ!」
今まで、だらだらと流されて生きてきたアサヒにとって、初めて味わう感覚だった。
「なぁッ、カサネッ! 見て——」
見てたか?と聞こうとして、絶句する。
アサヒは、グラムガンドが倒れている方向を見て固まった。
「ぁ、ぇ…………」
恐る恐るカサネを見る。
「カ……カサ、ネ……?」
「ぁ、ぁぁ…………ゃ……」
目と口をこれでもかと開き、唖然としていた。
「な、なぁ……カサネ……あ、あれ……?」
アサヒは震える手で、ある場所を指差す。
カサネは、ゆっくりとこちらを見上げてきた。
「や、やや、やり……」
目が完全に泳いでいる。
そして、震えながら呟いた。
「やりすぎたのじゃ…………」
その言葉を聞いて、アサヒは改めてグラムガンドが倒れている方向を見た。
視線の先にある木々や地面が抉れていた。
「…………」
静かに、握っている剣を見下ろす。
そして、顔を上げる。
抉れている。
「…………」
もう一度、剣を見下ろし、また顔を上げる。
ちゃんと抉れている。
「はは、は…………」
さっきとは違う、乾いた笑みがこぼれる。
そして……
「……想いの力…………こわぁ……」
勝利の瞬間には似つかわしくない、情けない声を漏らした。




