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この異世界転生はベタばかり  作者: 龍神慈樹
第一章

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53 『信じる心』




 ブチ、ブチ、ブチ……。


 植物の蔓が千切れる不快な音が聞こえてくる。


 もう時間はない。急いでこの場から逃げないといけない。

 なのに……


「答えよ、アサヒ」


 カサネは、問いかけてくる。


「な、にを……」


 今はそんなことに答えている暇はない。


「い、今は早く逃げないとッ!」


 アサヒは叫ぶ。

 だが——


「ならん」


「ッ!!」


 カサネは真っ向から否定する。


彼奴(きゃつ)は、ここで倒さねばならん」


「なっ!?」


 そして、それ以外の選択肢はないと、カサネは断言した。


 剣は今にも折れそうで、アサヒにはこれ以上打つ手がない。

 ましてや、すぐに傷が治るグラムガンドを倒す方法など、わかるわけがない。


「ラキシアの話では、この近くに村があるらしい。もしここで妾たちが逃げれば、村に甚大な被害が出るじゃろぅて」


「それはッ…………」


 カサネの言葉は正しい。

 そんなこと、少し考えたら誰だってわかることだ。

 グラムガンドが大人しく森の中にいてくれる保証など——


 ……いや、絶対にない……あいつはッ……。


 グラムガンドの悪意や殺意に当てられたアサヒならわかる。

 ここで確実に倒さないと、グラムガンドは必ず人を襲う。

 数え切れないほどの犠牲者が出る。


 ……わかってるッ、わかってるんだッ…………でも——


「打つ手が、ないか?」


「ッ……」


 まるで見透かしたように、カサネはアサヒの心の中を言い当てた。

 そして——


「本当に、そうなのか?」


「え……」


 その問いかけに、おもわず間の抜けた声を出してしまう。


 今もうしろの方で、ブチブチと植物の蔓が千切れる音が聞こえてくる。

 それなのに、カサネは焦るそぶりをまったく見せない。

 むしろその表情は、この状況を打開する方法を知っているかのように見えて……。


 ……で、でもッ、武器もないのにどうやって——


「妾は、アサヒを信じておる」


「ッッ」


 けっして叫んでいるわけではないのに、蔓が引きちぎられる不快な音よりも、しっかりと耳に届いてきた。


 だが、それは打開策などではない。

 カサネから何度も聞かされた、ただの言葉だ。

 でも……


「何度でも言うぞ。妾は、アサヒならやってくれると信じておる」


 その言葉は、アサヒの心の脆くて弱いところにしっかりと響いた。


 自然と、剣を握る手に力が入る。


「信仰心とは、人々の祈りや願いが集まったもの。そして、祈りや願いの根底には、誰かを信じる心がある」


「信じる、心……?」


「そうじゃ。神である妾を信じたり。ラキシアを信じたり。アサヒなら、必ずあの魔物を倒してくれると信じたり」


 カサネは穏やかに語る。

 それはまるで、聞き分けのない子供に優しく言い聞かせるような口調だった。


「そういう数多(あまた)の想いが集まって、やがて信仰心になっていく」


「…………」


 なぜ、カサネは今さらそんな話をするのだろうか。

 信仰心や祈りや想い。

 それらが大切なことは、もう理解している。

 だからこそ、今すべきはそんな話ではなく、この状況をどうするかで——


「アサヒは今、一人で戦っておるのか?」


「え…………?」


 また間の抜けた声を出してしまう。

 質問の意味がわからない。


 そのまま何も答えられないでいると、カサネは静かに続けた。


「そうではなかろぅ? アサヒは、一人ではないのじゃ」


 そう言って、カサネが真っ直ぐアサヒの目を見つめてくる。

 そして——


「ぷっ」


「えっ……!?」


 カサネが吹き出す。

 あまりにも場違いな笑いに、アサヒはギョッとした。


「ふふふッ。アサヒは大馬鹿者じゃのぅッ」


「なっ…………はぁ!?」


 いきなりの悪口に、おもわず声を上げる。

 だが、カサネは意に介さず続けた。


「アサヒは、ラキシアの『想い』を受け継いだはずじゃ。では、なにゆえ一人で背負い込(しょいこ)もうとする? なにゆえ、ラキシアを信じぬ?」


「そ、それは、どういう——」


 意味?と続ける前に、遮られる。


「アサヒは一人ではない。ラキシアもまた、アサヒと共に戦っておるのじゃ」


「ッッ」


 そうだ。

 今のアサヒには、ラキシアから受け継いだ『想い』がある。


「ならば、信じよ。ラキシアの想いを」


「…………」


 カサネの言葉が全身に染み渡っていく。

 本当に、倒せる気がしてくる。


 でも……。


 ……どうやって……?


 剣を見下ろす。

 亀裂が広がり、今にも折れそうだ。


 ……あと一回でも斬りつければ、この剣は…………そのあとはどうする……?


 頭の中で嫌な想像が巡った。

 いくら想いの力が強くても、戦うための武器がなければ何もできない。


 ……くそッ……。


 心の中で悪態をつく。

 カサネの言葉で戦う気力は湧いてきたというのに、それが再び萎んでいきそうで——


「なんじゃ?」


 まるで悪戯を思いついた子供のような口調だった。


 アサヒは顔を上げる。

 カサネは意地悪そうにニヤリと笑っていた。

 そして、その表情のまま言ってのけた。


「アサヒは、ラキシアの『想い』があの程度の魔物にも及ばぬと、そう言いたいのじゃな?」


 カチン。


「…………は?」


 おもわず、自分でも驚くくらいの低い声が出た。


 ……今、なんて……?


「違うのか?」


「…………」


 違う。


 アサヒが綺麗だと思ったラキシアの剣が、あんな奴なんかに——


 ブチッッ!!!


 蔓が一気に引きちぎられる音が響いた。


「ギャーーーーーー!!!」


 咆哮を上げながら、グラムガンドが迫ってくる。


 だが——


「止めてくれ」


 手を向けて、静かに呟く。


 ヒュンッ! ギュルルッ!!


「グギャッ!!?」


 再び、グラムガンドの両腕両脚に植物の蔓が大量に絡みついた。


「ギャッ!! グギャーーッ!!」


 蔓を引きちぎろうと、グラムガンドは叫びながらもがくが……


「…………」


「ギャッ!?」


 千切ることができない。


「カサネ」


 アサヒはグラムガンドに向けていた手を下ろし、カサネの方を向く。


「さすがに、今のはちょっとムカついたよ」


「ん?」


 幼い少女のように、小首を傾げるカサネ。

 そんな、ちょっと憎たらしくて小生意気な神様に、アサヒは言ってのけた。


「ラキシアが、こんな奴に負けるわけねぇだろうがッ」


「ッッ」


 カサネは一瞬だけ目を見開いた。

 そして……


「ふふッ。なんじゃ、わかっておるではないか」


 すぐにニヤッと笑って、のたまった。


「…………はぁ、まったく……」


 ……まんまとしてやられた気分だよ……。


 そのニヤつき顔を見ながら、ため息をつく。

 もう、言い返す気にもなれなかった。


「…………」


 アサヒは自分の手を見下ろす。

 さっきまで使っていた魔法とは全然違う。


「ギャッ、ギャッ、ギャーーッ!!」


 グラムガンドは、今も蔓を引きちぎろうともがいているが、びくともしていない。


 ……これが、信じるってことなのか。


「わかったか? 信じる心が、どれだけ偉大なのかを」


「あぁ、わかったよ」


「うむッ、ならばよいッ」


 カサネが満足そうに頷く。

 アサヒは振り返って、拘束されているグラムガンドを見据えた。


 ……俺は、一人じゃない。


 ラキシアの想いを信じる。

 それだけで、まるでラキシアもすぐそばで戦ってくれているような心強さを感じた。


 ……だから、大丈夫だ。あとは……。


「カサネ」


「ん?」


 肩越しにカサネを見る。

 さっきと同じように、小首を傾げていた。


「俺はカサネを信じてるよ」


「ぁ…………」


 さっき答えられなかった問いかけへの返答。


 カサネは目を見開いたまま固まっている。

 まったく予想していなかったのだろうか。


 ……いやいや、質問してきたのはそっちだろ? でもまぁ……。


 その表情を見て、少しだけ胸がすいた。


 こういう状況でなければ、さっきの仕返しに嫌味の一つや二つ言いたいところだが、今は我慢する。

 その代わり……


「だから、頼りにしてる」


 アサヒはニヤッと笑って、問いかけた。


「俺は、一人じゃないんだろ? カサネ」




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