51 『ズルい』
アサヒには、この世界の強さの基準はわからない。
もしかしたら、ラキシアのあの強さがこの世界では普通なのかもし——
……いや、違うな……。
『…………どうして、こんなところに……』
『ラキシア知ってるの!? この魔物のこと!?』
『はい…………『グラムガンド』……』
『グラムガンド??』
『とても凶暴で危険な魔物です。…………本来なら、十人単位の討伐隊を組織して挑まないといけないくらいに』
『そ、それって…………このままじゃ……』
『私も何度か戦ったことがありますが……一人で討伐したときは骨が折れました』
『えっ』
ラキシアとの会話を思い出す。
……ラキシアって…………めちゃくちゃすごい子なのでは……?? それに……。
実際にグラムガンドと戦ったからこそ思う。
……あ、あんなのがッ、世界の基準であってたまるかッ!?
叫び出しそうな心をグッと抑える。
それと同時に、申し訳なく思った。
ラキシアがあれだけの剣技や魔法を身につけるまで、いったいどれだけ努力してきたのか。
アサヒには想像することもできない。
きっと生半可な努力なんかではない。それこそ、血の滲むような……。
……ズルいな……。
それなのに、ただ周りに流されながら目的もなくダラダラと生きてきた自分が、簡単にこの力を使っていいのだろうか。
そんな考えが頭をよぎった。
「グギャッ!!」
グラムガンドは声を上げて、また倒れた木を鷲掴みにした。
ギョロリ。
『殺す、殺す、殺す』
だが、その視線はアサヒには向いていない。
『殺す! 殺す! 殺す!』
「…………」
今ならわかる。
グラムガンドがどこを狙っているのか。
……魔物のくせに、意地が悪すぎるだろ……。
その悪意や殺意が教えてくれる。
その矛先は、アサヒでもカサネでもなく、ラキシアが眠っている木の根のドームに向かっていて——
ヒュンッ! ギュルルッ!!
「グギャッ!!?」
木を投げつけようとしている右腕に、植物の蔓が何本も絡みつく。
「だからさ……」
「ギャッ!? グギャギャッ!?」
グラムガンドは左手でそれを引きちぎろうとするが、簡単にはちぎれない。
「狙うなら……」
アサヒは、もがくグラムガンドに向かって突っ込んだ。
そして——
「俺を狙えッ!!」
「ギャッ!?」
ズバッッ!!!
グラムガンドの右腕を斬り落とした。
「グギャーーーッッ!!?」
ドボドボドボ……。
切断された右腕から、大量の血が音を立てながら落ちていく。
グラムガンドは左手で切断面を押さえているが、血は止まらない。
切り落とされた右腕は、蔓に絡まったまま宙に浮いていた。
「ギャッ!! ギャーッ!!」
叫ぶグラムガンドを横目に、アサヒは静かに剣を握る手を見下ろす。
……本当に、すごい力だ……でも……。
人が積み上げてきたものを平気な顔して自分のものにできる力。
……やっぱ、ズルいよな……。
まるで努力している人たちを嘲笑うような、そんな力だと思ってしまった。
だから——
「ふっ!」
地面を強く踏み込み、もう一度グラムガンドに突っ込む。
……あとでちゃんと謝るからッ! 今はこの力を使わせてくれッ、ラキシアッ!!
ラキシアへの罪悪感に目をつぶり、目の前の敵に斬りかかる。
今のアサヒにできることは、カサネやラキシアから授かったこの力で、グラムガンドを倒すこと。
そして、二人を守——
『コロスッ!!!』
「ッッ!!?」
「グギャーーーッッ!!」
ブオンッ!!
凄まじい雄叫びと共に、巨大な左腕が迫ってきていた。
……まずいッ!!
右腕を押さえていた左腕を、そのまま横薙ぎにするグラムガンド。
もうその上を飛んで避けることも、下に掻い潜ることもできない。
……くそッ!!
咄嗟に剣を斜めに構え、左腕をなんとか受け流そうと——
「ぐっ!!?」
左腕が剣に当たった瞬間、ズシリと全身に衝撃が走った。
「うっ……!」
剣を握る手に力を入れる。
なんとかグラムガンドの左腕を持ち上げて、その下を——
ピシッ。
……ぁ……。
手に嫌な感触が伝わってくる。
そして——
ズルリッ。
「ッッ!?……いまだッ!!」
何かねっとりしたもののおかげで剣が滑り、ギリギリ左腕の下を掻い潜ることに成功。
そのまま距離を取る。
「あ、あぶねぇ……」
肝を冷やしながら、剣へ視線を落とす。
赤い液体が付着していた。
……こ、これは、右腕を斬り落としたときの……?
グラムガンドを見ると左腕が血で真っ赤に染まっていた。
……あれがなかったら、今ごろ……。
嫌な想像が頭に浮かんだ。
アサヒはそれを掻き消すように剣を一振りし、刃についた血を払った。
そして、気づく。
「ッッ、ひびがッ……」
ラキシアの剣に何本も亀裂が入っていた。
さらに——
「ギャーーーーーーッッ!!!」
「ぐっ!?」
おもわず耳を塞ぎたくなるほどの咆哮。
アサヒの口からうめき声が漏れた。
そして、叫び終えたグラムガンドは、おもむろに宙に浮いている右腕に左手を伸ばし——
『コロシテヤル』
……ブチブチブチッ!
「いっ!!?」
『コロシテヤルッ、コロシテヤルッ』
右腕を強引に引っ張り、絡まっていた無数の植物の蔓が次々と千切れていく。
「お、おいおいおい……」
グラムガンドは蔓を全部引きちぎり、回収した右腕をそのまま切断面に当てて——
『コロシテヤルッ! コロシテヤルッ! コロシテヤルッ!』
「じょうだん、だろ……?」
切断痕が消えた。
ギョロリ!!
「グギャーーーーーーッッ!!!」
『コロシテヤルーーーッッ!!!』
そのままグラムガンドはアサヒに突っ込んできて、右腕を振り下ろしてきた。
「くそッ!!」
悪態をつきながら、左に避ける。
ドオンッ!!
森を揺るがす衝撃音が鳴り、土煙が舞った。
アサヒは再び距離を取り、土煙の中にいるグラムガンドを睨みつける。
そして……
……おまえのそれもッ、ズルすぎるだろッ……。
心の中でぼやいた。




