45 『流れてくる』
まるで体の一部を抉られるような痛みだ。
「ッ……」
……カ、サネッ……!?
痛みで声が出ない。
体に穴でも空いたのではないかと、おもわず下を向き自分の体を見る。
カサネの両手が胸元に添えられてるだけで、傷などはどこにもなかった。
そして、流れてくる。
「ッッ!!?」
衝撃に声を詰まらせた。
……こ、今度はッ……カサネのッ……!?
「ッ!!」
グッと歯を食いしばる。
そうしなければ、痛みで悲鳴を上げてしまいそうだ。
アサヒは理解する。
これは痛みだ。
カサネが抱いてきた痛み。
苦しみ、悲しみ、寂しさ、喪失感、孤独感、無力感、虚無感、恐怖、罪悪感、諦め、後悔、そして、絶望。
それらが、荒れ狂う濁流のようにアサヒに流れ込んでくる。
……カサネッ!!
おもわず両手をカサネに伸ばす。
目の前にいるカサネが、今にも消えてしまいそうな気がして——
「ぁ……」
アサヒの口から声が漏れる。
カサネを掴もうと伸ばしかけていた両手が、ピタリと止まった。
……あ、あたたかい……?
ふいにそう思ってしまった。
濁流のように流れてきていたカサネの痛みは、いつのまにか消えている。
そして、次に流れてきたのは……
……カサネ……おまえ……。
喜びだ。
アサヒと出逢えたことへの喜び。
その断片が、どんどん流れてくる。
伸ばしていた両手がわなわなと震えた。
アサヒと会話ができる喜び。
白い空間でアサヒとちょっと言い合いをして、生意気な眷属だと思ってムッとしたこと。
信仰してくれている人数のことで、ちょっとだけ嘘をついて、アサヒに怒られてシュンとしたこと。
森のど真ん中に降りてしまったせいで、アサヒと一緒に遭難して、迷惑をかけて申し訳ないと思ったこと。
そのあと、アサヒがおぶってくれて、手も繋いでくれたこと。
そのすべての出来事が、たまらなく嬉しかった。
ラキシアに出逢えたことも嬉しかった。
友達になりたいと言ってくれたことも嬉しかった。
ずっと忘れないでいてくれたことも嬉しかった。
でも、怖かった。
また失うかと思った。
逃げ出したかった。
目の前で失うくらいなら、いっそ出逢わなければよかったと思った。
でも、ラキシアは祈ってくれていた。
こんな自分のために。
だから、その想いに応えようと思った。
なのに……。
チクリ。
「うっ」
ほんのちょっとだけ、アサヒの体に痛みが走る。
……これは、とまどい……と、困惑……?
いざ、信仰心を授けようとしたら、アサヒは恐怖で立ち上がれなくなっていた。
なんて声をかければよいか、大いに悩んだ。
腹も立った。
「…………」
せっかく出逢えたというのに。
こんなにも嬉しいと思っていたのに。
それを、『間違えた』と言われたことが、無性に腹が立った。
そして……。
『俺を死なせてくれるか?』
「うぐッ!!?」
激痛に、呻き声が漏れる。
今度こそ、本当に体を抉られたのではないかと思うほどの痛み。
でも、今ならわかる。
……これはッ、カサネがッ……。
アサヒの言葉を聞いて、どれだけ傷ついたのか。
その痛みだ。
……お前を、こんなにッ……傷つけて、しまったんだなッ、俺はッ……。
痛みに耐えながら、カサネの顔を見る。
アサヒに信仰心を授けるのに集中しているのだろうか。カサネは目を閉じていた。
……泣かせて、しまったな……。
涙でぐしゃぐしゃになった顔で、『アサヒがいいッ!!』と叫ぶカサネを思い出す。
……でもッ!
もう泣かせたりはしない。
アサヒは伸ばしていた両手を、そっとカサネの両手に添えた。
「ッッ」
カサネが、ハッと目を見開く。
二人の視線がぶつかる。カサネの瞳が揺れた。
カサネはすぐに目を閉じて、そして、少しだけ口を動かす。
とくに声は聞こえなかったが……。
……ありがとう……?
そう言われた気がした。




