40 『アサヒがいいッ!!』
「妾には、何もなかったのじゃ」
「…………」
「知る者など誰もいない。誰かと話をすることもできない。一人でい続けることしかできない。そして、そのまま誰にも知られることなく消えるものと思っておった」
声が震えている。
「寂しくて怖くて……誰かにそばにいてほしいと、どれだけ願ったことか……」
アサヒは、カサネの言葉を黙って聞くことしかできない。
「そんな何もない妾を見つけてくれたのが、アサヒなのじゃ。あのとき、どれほど嬉しく思ったことか。話ができる。手を伸ばせば触れることもできる」
言葉の節々から、カサネの想いが伝わってくる。
「確かに、良いことばかりではなかったかもしれぬ。アサヒとは言い合いもしたし、森で一緒に遭難もした」
ぽたり。ぽたり。ぽたり。
「それでも、アサヒがそばにいてくれる。それが、妾にとってはとても…………嬉しかったのじゃ」
息がかかるほどの距離。
アサヒは、カサネの目から涙がこぼれていくのを、ただ呆然と見ていた。
「じゃからッ」
カサネは額を離し、そんなアサヒを真っ直ぐに見つめて告げる。
「死なせてくれなどと、寂しいことを言うでないわ」
「ッッ」
おもわず呼吸が止まる。
「アサヒが恐怖を感じているのはわかる。自らの無力感に打ちひしがれて、死なせてくれと言ったのも理解できる。じゃがッ、妾はアサヒを諦めることなどできぬよ」
涙でぐしゃぐしゃになった顔で、それでも言葉は真っ直ぐで。
「妾を起こしてくれて、眷属になってくれて、動けなくなったところをおぶってくれて…………ふふ、手を握ってくれたりもしたのぅ」
カサネが涙を流しながら静かに微笑む。
「妾は、その全てをけっして忘れぬぞッ」
「ぁ…………で……も……」
声が出ない。
口を開けて絞り出そうとするが、言葉になってくれない。
「ぉ……れは、な……に、も……」
……何か言えッ、早くッ、カサネにッ、何か……何かッ、早くッ!!
なんとか、カサネの想いを拒もうとするが……
「でき、な——」
「妾の眷属は絶対にッ!! アサヒがいいッ!!」
そんなアサヒの脆い抵抗を、カサネは再び真っ向から否定する。
「アサヒ以外は考えておらんッ!! アサヒとはまだやりたいことが沢山あるのじゃッ!!」
「ッッ!!!」
まるで殴られたかのような衝撃が、アサヒの全身を震わせた。
そして、アサヒは跪いたまま、力なくくずおれた。




