35 『アサヒという人間』
「『信仰心』とは、人々の祈りが集まったもの。そして、その祈りのおかげで、妾たち神は存在することができる」
カサネが静かに語りだす。
「妾がここにおるのも、アサヒが祈ってくれたからじゃ」
なぜそんなことを言い始めたのかわからないまま、アサヒは呆然と話を聞く。
ぎゅッ。
ふいにカサネの手に力が入った。
「カサ、ネ……?」
「妾たち神というのは、本当はちっぽけで非力な存在なのじゃ。誰かに頼らねば、友達のひとりすら助けることができぬほどに」
「…………」
話を聞きながら、アサヒは気づく。
カサネの手が震えていることに。
「アサヒの恐れがわかるぞ。妾も、恐れておる」
……ぁ…………。
カサネの目が潤んでいた。
「妾は、もう誰も失いとうない。…………ラキシアを、助けたいんじゃ」
カサネのその目が、アサヒを捉えて離さない。
「アサヒの力が必要なのじゃ」
そして断言した。
アサヒは、なんとか言葉を絞り出そうと……。
「おれ、が……?」
「そうじゃ、アサヒしかおらぬ」
「なに、言ってんだよ…………俺、なんかが……」
縮こまっているだけの、こんな男をカサネは必要だと言った。
アサヒには、その言葉が信じられない。
「よ、よく見ろよ……今の、俺を…………どれだけ、助けたいって思ってても……あのラキシアの姿を見たら……ふ、震えが、止まらない…………こわいんだ……」
「それでも、アサヒは立ち向かってくれると信じておる」
「なっ!?…………なに言ってんだよ……聞いてなかったのかよッ」
おもわず声を荒げてしまう。
こんな男の何を信じるというのか。カサネはまるでわかっていない。
「できるわけないだろ!? あんな魔物と戦うなんて!!」
カサネからの根拠のない信頼に、無性に腹が立つ。
「こんな俺に頼るぐらいならッ……あ、集まった信仰心で倒せばいいだろッ!!」
そうだ。
せっかくラキシアが祈りを捧げて、信仰心を集めたのだ。
その力を使ってしまえばいい。
「俺なんかに頼るよりもそっちの方が確実だろ!? なぁッ、早くアイツをやっつけてく——」
「できぬ」
「ッッ!? な、なんでだよ……?」
アサヒの叫びに近い懇願を、カサネは真正面から否定する。
勢いを潰されたアサヒは、声を震わせながら理由を聞いた。
「『信仰心』とは、すなわち『授ける力』。戦うための力ではないのじゃ」
「は?…………なんだよ、それ……」
意味がわからない。
「じゃあ……いくら集まったところで、何もできないじゃないか……」
どう足掻いても、ラキシアを助けられない。
そのことがわかり、さっきまでの勢いが萎んでいく。
「いや、違うぞッ。できることならあるッ。ラキシアを助けるのはアサヒしかおらぬのじゃ」
「……はなせ」
「じゃから、妾が今からアサヒに——」
「離せって言ってるだろッ!!」
「ッッ!?」
アサヒはカサネの手をおもいっきり振り払う。
カサネが目を見開いた。
「俺には何もできないッ!! 何度言えばわかるんだッ!!」
再び頭に血が上ってきて、カサネにその激情をぶつける。
「なんで俺なんだよッ!? こんな俺にできるとでも思ってんのかッ!? こんな腰抜けにッ!!」
「ち、違うのじゃッ! アサヒは腰抜けなんかじゃないッ!」
「ッッ!!」
「妾は信じておるッ! アサヒならでき——」
「お前は俺の何を知ってんだッ!!」
アサヒの怒りは収まらない。
堰を切ったように、心の中にある醜いものが口から飛び出していく。
「お前は知らないだろッ!? 俺はなッ、今まで何もしてこなかったんだよッ!」
それを、何の罪もないカサネにぶつけていく醜悪さ。
もはや死んだ方がマシだと、吐き出しながら思った。
「わかるか? 俺は何もせずにダラダラと過ごしてきたんだよ! 誰かが変えてくれるとかッ、このまま生活してればきっと良くなるとかッ、自分で動こうともせずに全部他人任せでさッ! それでうまくいかないことがあるとッ、不満ばっか垂れ流してた!」
腹に溜まってるものを片っ端から吐き出していく。
自分でも何を言ってるのか、わからない。ただ、思いついたことを全部出していく。
そうして、カサネの顔もまともに見ずに吐き出し続けた。
「ほんとアイツはいいよなとかッ、なんでコイツばっかりとかッ、たまたま運が良かっただけだろとかッ、そんなことばっか思ってたよ! 自分では何もしないくせに!!」
ただ流されるまま、何の目的も目標もなく漠然と生きてきた。
そのくせ、周りで成功していく人たちを見ては、心の中で羨んだり妬んだりしていた。
それが、アサヒという人間だ。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「…………」
勢いで自分の醜いものを吐き出し、肩で息をする。
そして気がつけば、立ち上がってカサネを見下ろしていた。
だが、カサネの顔は見られない。
「こんな俺にラキシアを助けろだって?…………無理に決まってんだろ。お前は俺の、何を信じたんだよ」
それでも言葉を続けた。
自分には無理だと訴え続けた。
胸の内を吐き出し続けたせいか、次第に勢いが萎んでいく。
「なぁ、カサネ。お前は、間違えたんだよ…………俺を、選ぶべきじゃなかった」
「……ッ…………」
眷属ならアサヒなんかではなく、もっと強くて賢い人間を選べばよかったのだ。
もっと勇敢で、困っている人がいるとすぐに助けに行くような……そんな人間を。
そうすれば、ラキシアも苦しまずに済ん——
「しまいか?」
「ッッ!?」
その声には底冷えするような圧があった。




