とある少女の胡蝶の夢
水路は薄暗く外の雨の音は遠くなったが、豪雨で増水した水が勢いよく流れている。
水路の脇道を歩くアリスはどこへ向かっているのか、迷路のように同じ風景が続くこの水路の中でもあてがないわけではなさそうなしっかりと目的地へ向かっているような足取りで何故か迷いがない。
この大雨で地下水路なんかに入ろうなんて普通の人は思わないだろうし、案の定他の人の気配なんて感じられない。
私を刺した人物は恐らくこの水路の何処かに向かったようでアリスはそれを追っている形になるのだろう。
しかし何でこんな場所に……まさか以前ベルティナ様が使っていたお城に繋がる秘密の通路を狙って?
でもあの通路はどういう原理か、王家の血筋の人しか使えないとか何とか言ってたし……
ぼんやりそんなことを考えながらアリスが歩く道がいつかお姫様と脱獄した時に見た景色と同じであることに気がついた。
「この先かァ?」
(この階段…)
水路から離れ、似たような暗い通路といくつもある扉を迷いなく潜り抜け、重い鉄の扉を潜った先でアリスの前には非常階段のように何処までも下へと続く暗く長い階段が姿を現した。
…今の今まですっかり忘れていたけど、この階段を降りた先にはワニに似たとんでもない怪獣がいたんだっけ。
あの時も怖い目にあったなと思い出すが、今の私には階段を降り始めたアリスを止めるほどの気力もなくただただ様子を見ていた。
ー巻きぞえアリスの異世界冒険記53-
暗いだけだった景色が下へ下へと向かうほどに広い空間に移り変わって、方々の壁から滝のように水が流れ落ちている円柱形のとても大きな部屋へ出たようだ。
「…ん?……この下で戦ってんぜ」
しばらく階段を降っていたアリスがそう呟き、階段の手すりから身を乗り出して階下の様子を探る。
アリスに習って静かに耳を澄ませば争うような金属音や謎の爆発音、そしてよく様子を見れば湖が広がる最下層であの大きなワニのような怪物と見覚えのある2人が戦っているようであった。
一人はフォルカさんが撃退してくれた以降は行くへ知れずであった誘拐犯の親玉であるピンク髪の派手な見た目で弓使いの…姐御と呼ばれていた女性。もう一方は例の組織の刻印がついたマントを身にまとい大剣を振るうソーマ少年だった。
「いつだったかオメェーを殺すってイキがってたコゾウじゃねーか」
(………)
大体予想はしていたけど、同時に顔見知りの2人に殺されかけたのかと思うと身体がない状態にも関わらず胸が苦しなるような息苦しさを感じてしまう。
そして以前お姫様と発見したいかにも何かありそうな大きな扉は今は開け放たれていて、扉の代わりに不思議な淡い光に覆われていた。扉前にはフードを深く被り仮面で素顔を隠すソーマと同じマントを身につけた人物が立っていた。
「連中は3人だけか…いや、見張りを立てるっつーことは中にもいるな」
アリスと共に見下ろして見つけたのはその3人とワニに似た怪物一体で、扉の先まではわからない。
アリスがそうして静かに様子を伺っていると、階下では湖から跳ね上がり、大口を開けて襲い掛かるワニのような怪物の攻撃を左右に分かれて避ける2人は互いに持っている武器で攻撃を仕掛けるが、弓は怪物の硬い皮膚に弾かれ、ソーマ少年が振り翳した大剣も尻尾で軽くいなされる始末で2人はワニの怪物相手に全く歯が立たないようだ。
「ハハハッ!めちゃくちゃ苦戦してるじゃねーかよ!ダッセェ〜〜」
(……)
それを見てアリスは実に嬉しそうな笑顔を浮かべしばらく楽しげに笑っていたが、飽きたのか突然落ち着き払うとワルツさんお手製の分厚い魔導書のページをめくりながら彼らをどう料理するかを考え始めたようだった。
「さーてどうしてやろうか、守護獣がいるっつーことは…ま、全員ブッ飛ばすのが先だな」
(…?…相手3人いるのにどうするの?)
「人数が多かろうがこの俺様が負ける訳がねーが……守護獣を利用すりゃぁ楽だな」
(守護獣って…あのワニみたいな怪物のこと?)
「…あ?あーそれそれ」
考え込んでいたアリスは雑にそうあしらうなり目を通していた本を閉じて鞄にしまった。
口をきっちり閉じた鞄を背負っておもむろに胸に手を当て、私には小さくて何と言ってるか聞き取れない声で呟く。恐らく呪文だったんだろう当てられた手から溢れた光が全身を包んで消えると準備万端だとばかりに不敵な笑みを浮かべてアリスは器用に手すりに上がった。
「クッソ!!何なんだよコイツさぁ!大体こんな平和ボケした国の中にこんな魔物いるのおかしいでしょ!?」
「全くだわ!ウィリアムの旦那はこのことを知ってたの!?だったら性格悪いわ!」
「ホント嫌味なおっさん!後で文句言ってやるんだから!」
「それよりコイツはどうすんだい?いつまでも相手してらんないわよ!」
「そんな言われてもなぁ…ミュルグレスで飛ばそうにも水ん中逃げ込まれたら当たんないし…あーもうこうなったらこの水ごと吹っ飛ばしてやる!集中するからちょっと気を引いてて!」
「アタシが!?しょうがないわね…てかアンタも突っ立ってないで闘いなさいよ!」
「………」
真上でアリスがタイミングを計っているのには全く気付いてないソーマ少年達は守護獣であるワニの怪物相手に随分と手こずってるようで、軽く仲間割れしていたようだが姐御はソーマ少年の作戦に合わせ動く素振りを見せ始めた。
弓で細々と守護獣の気を引いている間にミュルグレスを構えて深呼吸をしたソーマ少年が湖の真ん中に飛び上がり、怪物の浸かっている水場全体にミュルグレスの特殊能力を発動しようとしていた、が
そのタイミングに合わせて手すりを蹴って真っ逆さまに階下へ落ちていったアリスが勢いをつけたまま真っ直ぐにソーマ少年の背を蹴り付けた。
「ミュるぐぅぁああっ!?!?!??!!???」
ザボンッッ!!
落下した勢い+全体重を乗せた重い一撃でライド状態のままソーマ少年と共に結構深くまで水の中へと落ちることになったアリスだったが、先程かけていた魔法の効果か水中でも水に濡れる様子もなく、踏んづけているソーマ少年が動き出すよりも素早くしゃがむなり彼の背に手をつけて魔法を唱えていた。
直ぐにアリスの手元の魔法陣から闇っぽい黒い紐状の蔦が伸び、不意打ちでも大剣を放さなかったソーマ少年の両手をそのまま縛り上げてしまった。
「っっ!?!?!??」
「じゃあな、コゾウ!」
ただでさえ奇襲で混乱している所に息も出来ない状況の上に拘束までされてしまったソーマ少年は水中にも関わらず、口を開けて大層驚いていた。そんな様子を見てアリスは満足気に悪い笑顔を浮かべるとまた彼の背中を蹴り付けて水中から脱した。
その際に例の守護獣が身体を左右に揺すりながらゆっくと近寄りながら大きな口を開けていたが…………この後水中では何が起こったのか…私は考えるのをやめた。
とんでもなくえぐいことをするアリスにドン引きしている間にも水中から飛び出したアリスは次に弓を持ったまま唖然とした姐御に対して、いつの間にか装備していた呪いの短剣で斬りかかった。
元から戦闘狂の空気を醸していたアリスだけど、私の鈍臭い身体でもあまりに闘い慣れしてる動きをするのにはただただ圧倒される。そんなアリスの不意打ちにも即座に反応した姐御は流石異世界の住人と言うべきか、見事に弓を盾にして攻撃を受け止めて身を守る。そんな激しい戦闘シーンを目の当たりにして改めてここは異世界であると思い知らされる。
ぐぐぐっと木製の弓に食い込んでいく刃をみて冷や汗を流す姐御はアリスと距離を取りたいのか即座に蹴りを繰り出すが、アリスはそんなのは予測済みとでも嘲笑うようにくらうギリギリで退がって避けてみせた。
「っ!?あ…アンタさっき刺されて死んだはずじゃ!?」
距離を取って余裕が出てきたんだろうアリスをじっくり見つめた姐御が信じられないと言わんばかりに動揺を見せる。
あまりに驚いた様子の姐御が『刺された』と言ったのを聞いて私は少なくとも彼女が私を刺した犯人ではないんだと緊迫した状況なのにちょっとホッとした。
「まぁ一回おっ死んじまったが…こうして生き返って復讐に来てやった、て訳だ」
「!?…お嬢ちゃん、前に会った時とは随分と性格変わったようね?別人かと思ったわ」
(その通りだよ…)
不審がる姐御に悪い笑顔を浮かべたアリスはジリジリと彼女に詰め寄っている。ガッツリ剣を受け止めてしまった姐御の弓は折れかけていて使えないのをわかっての行動だろうから、何というか嫌味ったらしさがすごい。
滝汗状態の姐御に対してこの状況を楽しんでいる強気のアリスだったが、何かを気取ったように突然後方へ飛び退いてしまった。一体私の身体をどう扱えばそんな俊敏な動きが出来るのか…。
アリスの行動に驚いていた姐御もふと湖の方を見て慌てて身を屈めた瞬間、彼女の頭上を水中から大口を開けたまま飛び込んで来た守護獣が通過して、壁にぶつかっていた。
「くぁっ!?」
壁に衝突した振動で思わず尻餅をついた姐御は危うく怪物の下敷きになるのを間一髪で身をかわしていたが、無慈悲にも姐御をロックオンしたらしい守護獣は完全に通路に上がって彼女へと向き直るとジリジリと詰め寄っていくのだった。
顔面蒼白の姐御が立ち上がって慌て逃げ出すとそのまま追いかけていったお陰でこちらには全く被害は及ばず、アリスも好機と捉えたようで身を翻して大きな扉の方へ向かった。
「後はテメェーだけだぜっ!大人しくくたばるんだなァっ!」
「………」
ものの数分で2人を退けたアリスはその勢いのままに剣を振りかざして斬りかかると仮面の人は動揺しながらも咄嗟に懐から2本のナイフを交差させて攻撃を受け止めた。
短い鍔迫り合いの最中でもそのナイフが先ほど自分を刺したものと同じだと目敏く気がついてしまった私は一人静かに戦慄していたが…そんな私を他所に攻撃が通らないと判断したアリスが一度剣を引いて再度斬りかかる。相手もそれに反応して攻撃を防ぐのを繰り返し、やがて激しい剣戟の打ち合いが始まった。
ガキィンッと一際大きく打ち合うとそのままギリギリと再び鍔迫り合いへと突入したタイミングでアリスが少し楽し気に弾んだ声を上げた。
「へぇっ!腰抜けの寄せ集めかとばかり思ってたが…テメェー少しは出来るみてーだな」
「……」
「不要なお喋りもしねーってか?随分躾られてるじゃねーの…で?俺をナイフで刺したのもテメェーか?」
「………」
アリスの質問には一切応じることのない仮面の人はただ沈黙を貫くのみだった。
「ま…俺様にはどうでもいいけど、な!」
捕まえたぜ、と突然アリスが勝ち誇るように妖しく笑った。
その瞬間、鍔迫り合いの真っ最中だったアリスの短剣からもやりと黒い煙が立ち込め、仮面の人へ吸い込まれるようにその身を覆ってしまった。もしかしなくても呪いの短剣の効果らしく、本来ならば使用者に降り掛かる呪いをアリスは完全に使いこなしていた。
「…っ!?」
動揺しながらも慌ててアリスの剣をいなして後退した仮面の人だったが、すでに黒い煙は身体に染み付いてしまい苦しげに膝をつく。あの煙がどんな効果を持ってるのかわからないけど、呪いの剣だしドス黒くて明らかに身体に良くないような嫌な雰囲気は伝わってくる。
すかさずアリスが大きく跳躍をして弱っている仮面の人へトドメとばかりに剣を振り落とした。
そんな危機的状況に仮面の人はやたら落ち着き払っていて苦しげに浅い呼吸を繰り返し、迫るアリスを気にするでもなく胸元に手を当てて痛みを耐えるように呼吸を繰り返していた。
「これで終わりだなァ!!」
「………」
カッと閃光のようにうずくまったまま黒い煙に覆われていた仮面の人の腕に付いていたブレスレットが眩い光を放ち、まるで穢れを祓うかのように纏わりついていた煙を霧散させた。
「へぇ!魔除けの類か?だがもう遅ぇっ!!」
目の前まで迫っているアリスの全体重を乗せた重たいだろう一撃を仮面の人は何と呪いを払った直後だと言うのに咄嗟に受け止めて見せた。
しかし流石に防ぎきれないようで膝をついたまま押し潰されそうになっていた所を瞬時に飛び込んできたアリスの勢い任せの攻撃を背後に倒れ込むことで見事に受け流し、アリスは宙へと放られてしまった。
「うおっ!?」
自分がつけた勢いが仇になったアリスは開け放たれた大きな扉の魔法陣が浮かぶ淡い光の方へと投げ出され、スゥッと何事もなく光の壁を空気を切るように通過してごろごろと無様に地面を転がっていった。
「!?」
何故か滑稽に転がるアリスを見て受け流した本人は相当動揺しているみたいでまるでパントマイムでもしてるのか、光の壁に両手をついてこちらを見ていた。
私が不思議に思うようにアリスも異変に気がついたのか、素早く立ち上がって剣を構えながらも予想外の展開に小首を傾げている。
「…なんだァ?」
しばし謎の無音のまま仮面の人が光の壁についていた手を動かした際、身につけていた魔除けのブレスレットが音を立てて揺れたと同時にザバァッと再び水中からあの守護獣が飛び出してきた。その光景はまるでサメ映画の捕食シーンを大画面で見ているような…とにかく現実のものとなると迫力があった。
しかし回避能力が異常に高い仮面の人はそんな不意打ちに慌てながらも素早く飛び退いており、守護獣はまた捕食失敗。あえなく空振りした守護獣は光の壁越しにいるアリスを一瞬だけ見やるが直ぐに標的を仮面の人へと移していた。
姐御の時はともかくとして、確実にアリスの方が間近にいたのに襲って来なかった…?
「ほーん…なるほど、アイツらここに入れなかったのか」
(え?)
「この扉の陣は護りの結界だってことさ。まっ、俺様は通れるようだがな!アハハッ!」
守護獣と仮面の人のやりとりをアリスは身体についた埃を軽く払いながら静観し、一人で納得するなり上機嫌で何事もなかったように急足で扉の奥へ続く廊下を進んでいく。
扉を潜ることができなかったあの3人と通り抜けたアリスの違いは何なのか、そもそもあの3人は何の目的でこんな所に来たのか…謎が謎を呼ぶばかりで戸惑う私とは打って変わって高らかに笑うアリスは宣言通りに守護獣を上手く使って3人相手に難なく切り抜けてしまうし、彼らが立ち入れないこの封じられていた部屋の先に何があるのか…。
私にはわからないことばかりだけど、このままアリスを行かせてしまうと良くないことが起こりそうな…そんな予感がした。
(……ぁ…)
だけども私にはアリスを止められない。
実際に私を刺した犯人を目の当たりにしてから余計に自身の身体を取り戻すのが怖い。
謎に包まれていても確かな強さを持つアリスに身体を委ねていればもう私が痛い思いをすることはないのだろうし……それに今更私に主導権が回って来た所でこの道を引き返す勇気なんてなかったから……。
光の壁を潜り抜けた先の大きな廊下を少し歩いて行くとまた大きな扉が開け放たれており、そこから争うような怒声が漏れ聞こえて来る。
「退いてくれよ兄さん!こんな物があるから兄さんはいつまでも国に縛り付けられて自由になれないんじゃないか!!」
「っ!?お前は何を言っているんだ!!俺達ではこの宝剣を扱うことは叶わない…だからこそ俺とお前はこの宝剣と共に国を守ることこそが使命だった!!それを…お前は…!」
聞き馴染みのある声と初めて聞く声だった。
怒気を含んだ口論と先程の銭湯でも聞いた鍔迫り合いをするような金属音にただならぬ状況だとなんとなく察する。
片方がちょっと久々にではあるが、いつか聞いたオズワルド王の声だった気がする…以前の穏やかな声色とは違って随分荒々しい口調だったけど、どうしたのだろう。
アリスが足音を立てぬように近づき、壁に身を隠しながらそっと中の様子を伺った。
私にも見えた広くて殺風景な部屋の中ではオズワルド王と剣を合わせる見知らぬ男の姿、そして王様の側にカミルがいた。
(な、何が起こってるの…)
一体全体何故王様と王子様が揃ってこんな地下迷宮の奥で恐らく敵組織の男と対峙しているのか、流れがわからなすぎる。
ひたすら混乱する私にアリスはなるほどねぇとほくそ笑む。どうしてこの状況を瞬時に理解できるのか、アリスの謎の理解力に慄くばかりだ。
「アイツらがどう言う関係かは知らねーが、まぁ因縁があるんだろうぜ。それに…あったぜ、宝具がよ」
とても嬉しそうに邪悪な笑みを浮かべるアリスの視線の先、部屋の奥にものものしい台座にぶっすり突き刺さっている少し寂れた剣を見つけた。
…………アリスを見つけた時もそうだったけど、宝具ってめっちゃ神々しく輝いてるとか装飾がすごいとかではなく、意外と普通の武器やアクセサリーなんだなって改めて思ってしまった。
しかしながら台座に刺さってるのは何だか選ばれた勇者だけが引き抜ける伝説の剣のようでちょっと心が踊る要素だ。
どうも謎の組織の男を食い止めている王様はしきりにカミルに剣を取るように促していた。
困惑しながらも剣を取ろうとしたカミルを助走をつけてドロップキックで妨害するアリスにただでさえごちゃついていた現場がさらに訳わかんないことになってしまう。
「ぅぐわっ!?なんっ和!?」
「よぉ馬鹿王子!」
「っ!!お前アリスだな!?何でここに…」
派手に転がっていったカミルだったけど、状況を理解するなりすぐに立ち上がってアリスを睨みつけるが混乱しているみたいだ。
王様と揉めていた何だか王様と少し似た雰囲気を持つ男もアリスの登場は予想外すぎたのか、めちゃくちゃに驚いていた。
その隙にちゃっかりアリスは宝具らしい台座に刺さっている剣を掴み、何と容易く引き抜いてしまった。
「はぁ!!??なんでアイツが剣を抜けるんだよ!?兄さんは王家の…選ばれた人間にしか抜けないと言ってたじゃないか!」
「馬鹿な…その宝剣を扱える者は今の世にはカミルしかいないはずだ…一体何が起こっている…?」
「…は?宝…剣?まさか…アレは本当に伝説の宝具なのかよ…?」
この場に入り込むだけに留まらず、どうも扱うにはシビアな条件があるはずの剣を手にしたアリスを見て争い合っていた男と王様が二人して持っている武器を取り落としそうになる程動揺しているのがわかるし、カミルも状況を全く飲み込めていないのがわかる。
「…どうやらコイツを扱える俺様はその選ばれた側だってことらしいな?」
この場の誰もが想定外の展開に立ち尽くす様子を見下ろしてアリスは満足げに笑みを溢すと、おもむろに持っていた宝剣を宙に投げ捨ててしまった。その行動により皆の視線が宙を舞う宝剣へと集中する。
そんな状況の中でアリスが口の端を緩めるのに気がついた時には、アリスは目にも止まらぬ早業で剣を振り上げた両手から青黒い魔法陣を展開していた。
あ、これ…以前夢で見たやつと同じことになってるとやっと気づき、このままではまずいと思った瞬間には魔法陣から禍々しい光が放たれようとしていた。
「まぁ…俺様が用があるのはコイツの中身にあるモンだけだからよぉ!コイツは返してやるぜ…残骸で良ければなぁ!!」
(あ…あ、ダメっ……!)
「っ!!」
夢の結末からこの後大変なことになるとわかっていたから、折れていた心でもさすがにどうにかしなきゃと思った。
でも…思うことしかできなかった。
放たれた禍々しい青紫色の雷のような閃光が宙を待っていた宝剣を貫いて、砕いてしまった。
砕かれた宝剣から仄かな光がスゥとアリスに吸い込まれて宝剣の残骸がカラカラと雨のように床を叩いた瞬間、激しく地面が揺れる。
呆然としていた3人が突然の揺れに体勢を崩す中で、夢の通りにアリスだけがとても愉しそうに笑っていた。
「あはっ!あはははははははははっ!!どいつもこいつも平和ボケの馬鹿ばかりで笑えるぜ!」
宝剣の力を吸収したせいか、よりイキイキし出したアリスは笑いを堪えるように手で顔を覆うがより悪辣な笑顔が指越しに覗いていた。
その瞳が謎の組織の男をとらえると、またアリスが歪んだ笑みを溢した。
「世界を破滅させるのはテメーらの崇める破壊神じゃなく、この俺様なんだよ」
そう吐き捨て、中指を立てて悪態をついた次の瞬間には激しく揺れていた景色が徐々に暗くなって私に終わりを告げる。
まるでRPGゲームをプレイして主人公一行が全滅した後のゲームオーバー画面みたいにブラックアウトしたけど、ゲームと違ってコンティニュー画面なんて出るはずもなく、私がどれだけ後悔してももう暗い景色が変わることはなかった。
「あ…ああ…ぁ…ごめんカミルっごめ…ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
今まで出会って、世話になった人達の顔が鮮明に思い出せてしまう度にただ申し訳なくて謝罪の言葉が絶え間なく漏れ出て行く。
まるで神に祈るように硬く握った両手を振るわせ、ひたすらに暗闇の中で赦しを乞う私を誰かが背中からぎゅうと抱きしめてくる。
(大丈夫。逃げたくて逃げたくて仕方なく俺に身体を預けたおまえが悪いんじゃない…おまえは死にたくなかっただけだった…そうだろ?)
心臓が凍りつきそうなくらいにとても冷たい抱擁なのに、寄り添う母のような優しい声がした。
(大丈夫…もう痛みを味わうこともない。ただただ幸せなだけの夢をみていたいだろう?だからゆっくり眠れ…)
深い暗闇の世界でふと目を隠すように覆われたんだと気付いた時、不思議とざわついていた心が穏やかになって非常に気持ちの良い微睡を感じる。私を抱きしめていた腕がそっと身体に溶け込むような感覚が麻痺して行くかのように、私は最早感覚のない身体を預けたまま意識を手放した。
(…おまえを脅かすものなんて何一つない、ただ幸せな夢だけをみせてやるよ…ずっと)
「だからさぁ…いいだろ?俺様が勝ったわけだし、この身体は自由に使わせてもらうぜ」
最後に聞いたのはそんな自分でない自分の声。
そうして遠のいた意識がふっと戻ったのは懐かしくもけたたましくなる目覚まし時計の音によってだった。
閉じていた瞼を開けばよく見慣れた少し懐かしい天井。
窓から差し込む暖かな朝日、囀る鳥の鳴き声や通り過ぎて行く車の音、リビングのある階下から響くテレビの音と久しく聞いていない家族の声を聞いた。
「………」
身体を起こして騒がしく揺れている目覚まし時計を止めて辺りを見渡せばよく見慣れたちょっと散らかっているけど、どの場所よりも居心地が良くて落ち着くマイルーム。
部屋の隅に置いてある姿見には寝ぼけ眼で寝癖のついただらしない毎朝見る自分の顔が映っていた。
「和ー?起きたの?早く顔洗ってごはん食べにいらっしゃい!」
階下からは母のそんないつも聞いていてた呼びかけすら懐かしく思いながら、頬をつねった。
「…あー……全部夢かぁ、よかったぁ…」
…そう安堵しながら私は母に大声で返事を返しながら足早に部屋を出て、ドアを閉めた。




