・ストレス発散はちょっとした意地悪で
「全く今さらですわ!!最低男のヘタレ男が!!」
そう言ってぷりぷりと怒りから頬を朱く染めて、会計の支払いから戻ってきた可南子さんは憤懣冷めやまらない表情でつかつかと若干早歩きで私の隣に来ると、近くにあった丸椅子に座り、スポーツドリンクを私に手渡しながらホッと溜息を吐き出し。
「驚きましたわ。人ってストレスで血を吐けるんですのね」
ええ。
そうなんです。
私、実は連日連夜、朝昼夜関係なくいたずら電話に迷惑メールが頻繁に来るようになってから元々拒食気味だった上に睡眠不足も重なってしまって、急いであの後駆け込んだ病院の診察の結果、見事胃に穴が開くすれすれでございました。
ついでに調べた結果そのせいで月経不順になってたとか。
道理でね、最近お腹と腰の痛みがないなと思ってたのよ。
「でも大事に至らなくて良かったですわ。これからは無理をしないように、気持ちを溜めこまないようにしませんと。せっかくお友達になれたんですもの。私に頼って下さいませ」
にこりと微笑まれるそのお顔が眩しいです。
なんでこんないい人があの腹黒男に捕まってしまったのだろうか。
そしてどうして私はこんな自分の胃に穴を開ける要素となった聖を怨んでないのだろうか。
それはきっと。
「――緋弓!!」
バンッ、と、強く開かれた診察室の扉の横に、肩で息を整え、端正で綺麗な顔に汗を滲ませてでも駆け付けて来てくれたから。
そりゃああの時は一瞬絶望しかけたけど、診察が終わって色々とぼーっと考えていたら思い出したのよね。
聖の腕がどこにあったのかという事を。
私もあれね?
マリッジブルーに陥りやすいタイプだったのね。実は。
やれやれと自嘲の笑みを浮かべて聖を見上げれば奴は明らかに動揺していたけれど、恐る恐る私の方へ腕を伸ばしてきて、頬を何度か触れるか触れないかの慎重に撫でたかと思いきや、一気に間合いを詰めてきて抱きしめられていた。
一方その傍らでは。
「そんなに大切ならどうしてあの狐狸共を切りすてないのかしら。私には理解できませんわ」
ねちねちと可南子さんが毒づいていらっしゃいましてですね。
どうやら2人の状況から察するに、可南子さんが私の病状を誇張して説明してくれたらしい。
そんな二人の様子がおかしくて私はついつい笑ってしまった。
「まあ、緋弓さんったら何がそんなにおかしいのですか?もっとこの方を責めてはどうです。こんな最低なヘタレ男を!!」
「...可南子、お前口が悪くなったな」
「気安く可南子と呼ばないで下さいませんこと?私の美しい名前が穢れてしまいますわ」
「美しい?お前が?どちらかと言えば勇ましいの間違いじゃないか?」
うん、とりあえず2人が仲がいいのは判ったけどね?
私は私で言いたいことがあるんだけど。
でも改まっていうことほどでもないから私はさらりとその言葉を音にした。
「可南子さん、罰はもう決めてありますから」
「え?」
どんな罰ですの?と彼女の瞳が煌めく隙も与えない内に、私は。
「暫くは禁欲です!!」
私が拳をぎゅっと握った瞬間、聖の私を抱きしめる腕にも力が加わったけど、私は知らないふりをした。
実はこの時、聖が安堵から泣きそうになっていたと言う事を私は後日知ることとなるけど、今は知らない話。




