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ソラノカケラ  作者: 空野 翔


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3/8

喫煙所

 会社のビルの裏に、喫煙所があった。屋根だけの、小さなスペースだ。灰皿が二つ。プラスチックの椅子が三つ。壁に、古い火災予防のポスターが貼ってある。

 僕はタバコを吸わない。でも昼休みになると、そこに行く。三年前から、そうしている。


 最初に行ったのは、偶然だった。昼休みに外へ出て、あてもなく歩いていたら、ビルの裏に出た。喫煙所があった。誰もいなかった。椅子に座ったら、静かだった。それだけだった。翌日も行った。また、静かだった。三日目も行った。習慣になった。


 喫煙所には、色んな人が来る。毎日来る人もいれば、たまにしか来ない人もいる。常連は三人いる。

 一人は、五十代の男だ。名前は知らない。タバコに火をつけて、空を見て、吸い終わったら帰る。一言も喋らない。でも、僕が来ると小さく頷く。僕も頷く。それだけだが、三年続いている。

 一人は、三十代の女だ。よく電話しながら来る。仕事の話をしていることが多い。声が大きいので、内容が聞こえてくるが、聞いていないふりをしている。電話が終わると、ふう、と息を吐く。それから帰る。

 一人は、二十代の男だ。最近入社したらしく、去年から来るようになった。タバコを吸うのがまだ下手だ。たまに咳をしている。


 僕は三人と、ほとんど話さない。話す必要がないから。ただ、同じ場所にいる。昼の十二時から、十二時二十分くらいまで。それだけだ。


 ある日、二十代の男が話しかけてきた。

「タバコ、吸わないんですか」

「吸わない」

「じゃあ、なんで来るんですか」

 僕は少し考えた。

「静かだから」

 男は少し考えた。

「そうですね」と言って、タバコに火をつけた。

 それだけだった。


 翌日、また来た。その男も来た。今日は、何も話さなかった。でも、何かが少し変わった気がした。変わったというより——名前のないものが、一つ増えた気がした。


 喫煙所に来ながら、いつも思うことがある。僕はここで、何かを決めたことがない。何かを変えようとしたこともない。ただ、来て、座って、二十分いて、帰る。それを三年続けている。意味があるかどうかは、分からない。でも、やめようと思ったこともない。



 今日も、昼になった。外へ出た。ビルの裏へ回った。五十代の男が、空を見ていた。三十代の女が、電話をしていた。二十代の男が、少し咳をした。僕は椅子に座った。静かだった。それだけだった。


 それで、よかった。


―終わり―


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