5.そして青年は己の甘さを知る
朝、ドアをノックする音で目が覚めると、いつもとは違う天井が目に入った。
いつもだったら俺の部屋の、少しくすんだ白い天井が目に入るはずなんだが。
そう思いながら、俺はまだ重たい瞼を擦りながら体を起こす。
周りを見ればいつもとは違う部屋。
ベッドに小さなテーブルと椅子、そして窓が一つあるだけで他には何も無い。
それを見て、俺はこの世界に来てからの事を思い返す。
「ここは別の世界なんだ。」
そう呟くと、ベッドから出て椅子にかけてあった学ラン着て部屋の外へと向かう。
ドアを開けると、目の前にアルが立っている。
「おはようケージ!昨日はよく眠れた?」
「おはようアル。ぐっすり眠れたよ。ってかなんでアルが俺の所に?」
「なんでって、僕はケージの世話役だよ?だから常にケージと一緒にいなきゃね!」
笑顔で答えるアル。
「いやいや、常に一緒にいる必要はねーだろ。」
そんなアルの言葉に、苦笑しながら答える。
「細かいことは気にしない!朝ご飯食べにいくよー!」
そう言ってアルは俺の手を取り走り出す。
「ちょ、引っ張るなよアル!」
そう言ってアルに引っ張られながら食堂へと向かう。。
俺達が食堂に入ると、既に多くの仲間達が朝食を摂っていた。
俺達が食事を受け取りに行くまでに、数人の仲間から挨拶の声が掛けられる。
昨日の夕食の時に、リーダーであるクラウディオから俺ともう一人の少女の紹介が行われたため、仲間達は俺の事を認識しているようだ。しかし、対する俺自身はまだ彼らの事をよく把握していない。
(そういえばあの子の名前…なんて言ってたっけな。)
そう頭の中であの女の子の事を考えながら挨拶を適当に返しつつ、皿が乗せられたお盆を受け取る。
皿の上にはソーセージ、目玉焼きそしてパンが乗っている。
「この世界でも朝飯は大して変わんないもんなんだな。」
「この世界?」
その言葉にアルトゥールが聞き返してくる。
「あ、いや何でもねーよ。そ、それより美味そうだな、早く食おうぜ!」
慌ててお茶を濁す。アルトゥールには俺が他の世界から来たという事は話していない。
まぁこんな事信じる奴なんていないだろうし。
二人は近くの席へと座り、朝食を食べ始める。
しばらくしてアルトゥールが今後の予定について話し始めた。
「ケージの今日からの予定だけど、しばらくは戦闘訓練だね。でもその前に、まずはケージの武器を決めないと。だからご飯を食べ終わったら武器庫に行こう。」
「分かった。でも俺、武器とか使ったことねーんだけどな。」
「この世界で武器を扱ったことが無いなんて、一体どんな暮らしをしていたんだい?でもケージなら大丈夫そうだけど。それに、あの奴隷市でも大暴れしてたんでしょ?(笑)」
そう言うとアルトゥールは手で口元を抑え、くすくすと笑う。
その姿は相変わらず少女のようで、男だと分かっていてもやっぱり女なんじゃないのか、などと思ってしまう。
「あんまりからかわないでくれよアル。じゃ、さっさと全部食って武器庫に行くか!」
そう言って俺は、皿に残っている食事を一気に口に駆け込んだ。
朝食を食べ終えた俺達は食堂を後にし、武器庫へと向かう。
「そういえば武器庫はどこにあるんだ?」
啓志はアルトゥールに問う。
「武器庫は地下だよ。 いろいろな武器があるから、ケージ合う武器がきっと見つかるはずだよ!なんなら僕がケージにぴったりの武器を見繕ってあげるよ。」
「アルが選んでくれるんなら安心だな。」
俺ががそう言ってアルの方を見ると照れたように下を向いている。
そんな話をしているうちに、武器庫へと到着する。
武器庫の扉の前には、見張りの仲間が二人立っている。アルが見張りに事情を説明し、二人がかりで扉が開かれる。
武器庫に入った啓志は、その光景に思わず感嘆の声を漏らす。
部屋の中は、いくつもの棚が並べられており、その棚に様々な武器が置かれている。武器種ごとに棚分けされており、直剣・曲剣・短剣・槍・弓・斧などの武器が何十、何百という数存在している。
「すげぇ…これ全部本物かよ。」
ぽつりと呟く。武器なんて漫画やゲームに描かれているものくらいでしか見たことがない俺にとっては、この武器庫にある武器のほとんどが初めて見る代物である。
見たことがあるといっても、せいぜい昨日の兵士が持っていた、ブロードソードと呼ばれるものとアルの持っていた弓、そして短剣くらいだろう。
「あとは元の世界で、たまに喧嘩相手が持ってたナイフくらいか。見たことある武器なんて。」
などと啓志が独り言を言っていると、アルが刃先から柄までが、自身の肩近くまである巨大な剣を肩に担いで持ってへと駆け寄ってくる。
「ケージケージ!これなんてどう?」
「流石にこれはデカすぎないか?まぁせっかくだし使ってみるか。」
「奥に少し広いスペースがあるから、そこで振って見るといいよ。」
アルに言われ武器庫の奥へと向かう。
そこには武器を振り回すには十分なスペースがある。
アルから剣を受け取ると、剣の大きさに見合った重さが腕にかかる。
「うぉ?!結構重いのな。これを軽々と持ってくるって、お前意外と力あるんだな…。」
「そうかな?そんな大した事じゃないよー。」
そう言ってアルトゥールは少し恥ずかしそうな表情を見せる。
こいつもこんな風だけどやっぱ男なんだな、などと思いながら啓志は剣を両手で持ち、高校の剣道の授業を思い出しながら剣を構える。
そして、面打ちの要領で剣を振ろうとする。
しかし、啓志の体は剣の重さに耐えられず、バランスを崩し床へと倒れる。
「やっぱこいつは俺には重すぎるわ。」
「意外だね。ケージなら簡単に振り回せると思ったんだけど。」
(俺もお前がこれを軽々と持ってることが意外だわ!)
「せっかく選んでくれたのに悪いけど、もちっと軽いの探すわ。」
剣をアルに預け、他の武器を探すため武器庫内を歩き回る。
様々な武器を手に取ってみるが、イマイチしっくりこない。
どうしたものか、と悩んでいると、短剣が置かれた棚の前を通りかかる。
「こんくらいの大きさなら使いやすそうだな。」
そう呟き短剣を手に取る。思っていたよりも軽く、これなら俺にも扱いが簡単そうだ。
「ダガーにするの?だったら僕も持ってるからお揃いだね!」
そう言ってアルは腰のベルトに差したダガーを取り出し、俺に見せる。
「そうだな。こいつを二本くらい貰って行くか。」
そう言って適当に選ぶと、アルの真似をして学ランのズボンのベルトへと差し込んでみる。
「よし、武器も選んだことだし、早速戦闘訓練しに行こっか!」
「おうよ!ところで誰が教えてくれんだ?」
「ん?僕に決まってるでしょ。」
「なっ、まじかよ。お手柔らかに頼むぜアル。」
「僕はケージの世話役だからね。任せといてよ!」
えっへんと胸を張るアルトゥールを見て、俺は微笑んだ。
俺はアルへと案内され、アジトの裏にある訓練場へと来ていた。
森の一部の木を切り倒して作られた訓練場は、陸上トラックの半分ほどの広さになっている。周りは木の柵に囲まれている。
俺達は入口らしき所から中へと入ると、訓練場の中央へと進み、お互いに向き合う。
「これから行う訓練だけど、基本的には実践形式で行っていくよ。僕らは流派なんて持ち合わせていない、基礎基本なんて個人の感覚で掴むしかないんだよ。怪我をすると危ないから、訓練は模造剣で行うよ。これケージの分。」
そう言ってアルは用意していた模造剣を取り出し、俺に向かって軽く放り投げる。俺が選んだ物と似た形状のダガーである。
「サンキュ。実践ってことは組手みたいな感じか。」
「そうなるね。手加減はしないから、どこからでも掛かって来て!」
そう言い終えるとアルは武器を構える。アルの武器は俺と同じ形状のダガー。
アルはダガーを右手に持ち、刀身を横に倒し、左に向けるように構えている。
俺も見様見真似でダガーを構え、戦闘態勢を取る。
両者がお互いを見据えたまま数十秒が経過。
俺は沈黙を破る様にアルに向かって走り出した。
アルとの距離が縮まった所で、ダガーを横薙ぎに一閃。アルは一歩下がってこれを躱すと、自らのダガーを掲げ、俺目掛けて上から振り下ろそうとする。
それを見た啓志は慌てて腕を引き戻し、攻撃を防ごうとダガーを頭上へと掲げる。
アルがダガーを振り下ろす。俺は衝撃に備えるが、ダガーを持つ手に訪れるはずだった衝撃は、俺の腹部へと訪れた。
「ぐっ…?!」
腹部に目をやると、アルの右肩が啓志の腹部に深々と突き刺さっている。
アルは、俺が頭上でガードをしようとするのを見た瞬間、ダガーをぶつけないように振り下ろし、その勢いを利用して重心を一気に落すと、そこから右肩を突き出しながら俺の腹部へタックルを繰り出したのだ。
衝撃に耐え切れず、啓志は腹部を抑えながら二、三歩後退る。
すかさずアルは左足を一歩前に踏み出し間合いを詰めると、そのまま左足を軸にしての回し蹴りを啓志の右頬目掛けて繰り出す。
咄嗟に両腕でガードを試みるが、あまりの力強さに体勢を崩し地面へと倒れる。
「痛ぇ…。」
そう呻く俺の眼前の地面に模造剣が突きつけられる。
アルは俺の目を見ると、口を開く。
「ケージ、僕達は盗賊だ。お高くとまった貴族がやるような剣術とは訳が違う。相手を殺すためなら、足でも目潰しでもなんでも使う、それが僕達の戦い方だし、敵を殺すって事だよ。」
その顔に、普段のアルの明るい表情はない。あるのはただ真剣な眼差し、いくつもの命のやり取りを超えてきたことを感じさせる眼差し。
まるで獣が獲物を見るような表情に啓志は背筋が凍る。
アルは本気だ。本気で俺を殺そうとしている。そう感じると同時に改めて認識し、恐怖する。
この世界は、このエルヘレンという盗賊団は、常に死と隣り合わせに生きているという事を。
体の痛みに耐えながら、俺は立ち上がるとアルの目を強く見据え口を開く。
「上等だ!人を殺す覚悟だろうが、死への恐怖だろうがなんだろうが乗り越えてやらぁ!」
そう叫びながら再びアルトゥールへと突っ込む。
結局その日、日が暮れるまで啓志はアルトゥールに一回も勝つことはできなかったのであった。




