終電
最近、私は健康のために一駅分歩くことを習慣にしています。
デスクワークばかりで運動不足になりがちなので、夜の涼しい風を感じながら歩くのは、案外良いリフレッシュになっていました。
しかし、昨夜ばかりは計算が狂いました。
仕事終わりの飲み会で、上司の延々と続く愚痴と説教に捕まってしまったのです。
「近頃の若者は……」から始まる、何度も聞いた武勇伝。
時計を気にしながらも適当に相槌を打っているうちに、気づけば終電の時間。
店を出て駅へ向かいましたが、改札に滑り込んだ時には、無情にも電車のテールランプが遠ざかっていくところでした。
「あーあ、最悪だ。今日はとことん運が悪いな」
舌打ちをしながら、私はトボトボと歩き始めました。タクシーを拾おうかとも思いましたが、深夜料金は馬鹿になりません。
「まあ、いいか。どうせ一駅分歩くのが習慣なんだ。今日はその距離が少し伸びただけだと思えばいい」
そう自分に言い聞かせ、夜道を歩きました。 頭の中では、まだ上司の小言がリフレインしています。
「お前には緊張感が足りないんだよ」
「もっと周囲の動きをよく見ろ」
……あんな説教、聞くだけ時間の無駄です。そんなことより、今は一分でも早く家に帰って泥のように眠りたい。
街灯が等間隔に並ぶ静かな道を、ただ足音だけを響かせて進みました。
飲み過ぎたせいで少し頭が重かったけれど、歩くうちに少しずつ酔いが覚めていく感覚がありました。
やがて、ようやく隣の駅が見えてきました。
駅の周辺は不気味なほど静まり返り、自動販売機の明かりだけが浮き上がっています。
その時でした。
地響きのような走行音が聞こえ、ホームに明るい光が差し込むのが見えました。
「おっ、ナイスタイミング!」
私は階段を駆け降りました。
「お前には緊張感が足りない」なんて言われましたが、この時の私の動きは、間違いなく人生で一番機敏だったはずです。
滑り込むようにホームへ降りると、ちょうど目の前で車両が停車し、静かにドアが開きました。
車内には人影がほとんどなく、冷房が効いていてとても快適そうです。
私は誰もいないシートに深く腰を下ろし、ふぅ、と大きなため息をつきました。
「色々大変な日だったけど、最後はいいことあったなぁ」
心地よい揺れに身を任せながら、私はゆっくりと目を閉じました。




