再来
俺は闇の剣を振り下ろした。
ヴィルヘルムが光を纏わせた剣でそれを受けると、結晶化するまで圧縮された剣の闇がほつれて拡散する。
闇払いによって漂う闇は浄化され、斬り結ぶ度に白い灰が舞った。
俺は両手に握った剣を交互に畳み掛けるように振るって。
剣が消耗して形を維持できなくなると、地面からそそり立つ新たな剣を手に取る。
「諦めろ、リヒト」
ヴィルヘルムが言った。
それに俺は剣撃を以て答える。
振り上げた闇の刃がヴィルヘルムを掠めた。
はらりと数本の髪が散る。
『闇さえあれば俺が誰よりも強い。邪神にだって負けはしない』
「かもしれないな。お前は強い。強くなった。騎士団全員の力で闇を抑え込んでようやく。純粋な一騎討ちなら私にもう勝ち目はないだろう」
あっさりと。
あのヴィルヘルム様が────ヴィルヘルムが俺に勝てないと認めた。
『……っ!』
俺目掛けて光の刺突。
流星のようなその剣閃をすんでのところで俺は回避する。
ヴィルヘルムは突き出した腕を引き寄せると同時に俺へと迫って。
そのまま大きく弧を描いた振り上げを放った。
俺は闇の剣を交差させてその攻撃を受けるけど、勢いを殺しきれず後方に飛ぶ。
力負けしている。
瞬発力はまだ俺の方が上だけど、それ以外のほぼ全てが生身ではヴィルヘルムの方が勝ってる。
やはり闇を操れないのは厳しい。
闇による身体強化が使えない今、俺自身の筋力だけで剣を振るっていた。
闇の剣に重さはない。
だから不馴れな俺でも双剣士のように2本の剣を操れてるけど、一撃の重さは劣る。
だから手数と速度重視。
俺は渦を描くように旋回して剣を続け様に叩きつけ。
さらに最小の動きで回転。
逆手に返した剣の切っ先と、もう一方の切っ先を繰り出す。
ヴィルヘルムは俺の剣を絡め取った。
手首のスナップと腕のよじりで俺の握る闇の剣の切っ先を束ね、そのまま下へと斬り払って。
ヴィルヘルムは俺の剣の側面へと踏み込むと、俺の剣を封じたまま前蹴り。
俺は胸を蹴られて後ろに吹き飛ぶ。
俺は受け身を取ろうと空中で体をひねった。
同時に闇の剣の固体化を解いて目眩まし。
闇と灰でヴィルヘルムの視界を奪う。
鋭い風切り。
俺は着地と同時に横に跳んだ。
転がるようにして前へ。
その背後で光の刃が地面を斬り裂く。
ヴィルヘルムはすぐに俺を捉えると目で追った。
素早く方向を変えて1歩。
素早い踏み込み1つで肉薄。
俺を再び剣の間合いに捉える。
俺は後ろ手に地面に突き刺さる闇の剣を抜いた。
間一髪、ヴィルヘルムの剣を受け止める。
受け止めたけど。
刃先へと集中させた光の刃が、触れた先から闇の剣を灰へと変えて断ち切った。
俺は肩口を深々と斬られる。
血は出ない。
代わりに傷口は灰になって痛みすらも感じなかった。
やむを得ない。
『ビショップアーキテクト。檻を、解き放て』
ソードクライメイトを解放する。
バラバラと檻が崩れ落ちた。
そこからソードクライメイトが這い出ると、けたたましい咆哮をあげる。
ソードクライメイトは跳んだ。
そのまま地面すれすれを滑空し、ヴィルヘルム目掛けて腕を振り下ろす。
ヴィルヘルムは後ろに跳んで。
だけどその背後から黒い影。
回り込んだソードクライメイトの尾が鞭のようにしなり、ヴィルヘルムの背中を打つ。
ソードクライメイトの眼前へとはたき落とされたヴィルヘルムは、すかさず起き上がった。
横に跳んで追撃を回避する。
ソードクライメイトはヴィルヘルムを目で追って。
すると視界に入った元聖騎士団員達に意識が逸れた。
闇払いを行う彼らに向かって『千剣』の権能を発動する。
『当てるな』
俺はソードクライメイトへと命令。
発現する剣が元団員達を避けた。
目の前を掠めた闇の刃を前に彼らの集中が乱れて。
闇払いにほころびが生まれる。
俺は闇の剣を次々と抜いた。
それらを1つに束ねて長大な刃にし、ほころびの中心で剣を地面に突き立てる。
俺は刃を深く深く、地の底へ向けて伸ばした。
大地を流れる闇と地上とを繋ぐ。
元団員達はすぐに闇払いを再開するけど、もう遅い。
闇払いによって浄化できる量には上限がある。
剣を伝って、地下を巡る闇にまで俺は意識を拡げた。
掌握した闇を操る。
大地に走る無数の亀裂。
そこから闇が、迸る。
視界を黒色の筋が垂れた。
1本、2本、3本と。
景色に絵筆を走らせるように、あらゆるものを闇が染めて染めて染めて。
全てを暗黒に閉ざしていく。
光を讃えていたヴィルヘルムの剣が輝きを失った。
闇と相殺しあったか。
「いや、違う」
俺の闇の触覚がそれを捉えていた。
完全な闇の中。
だけど確かに存在する、目には見えない強大な光の力。
俺はすぐにその現象の理由を察する。
俺の使う技と真逆の現象だ。
闇を晴らして光を可視化させる偽装の光刃。
対してヴィルヘルムは光を完全に1点にとどめ、光を一粒たりとも逃さない。
周囲の光全てを剣に留めているんだ。
俺はクレイモアを抜いた。
暗黒の刃を振りかぶる。
縦に構えた俺と。
横に構えたヴィルヘルム。
真逆の軌跡を描く十字が再び衝突する。
「『御手が刻みし勝利の聖印』!」
「『黒き十字を抱きて眠れ』!」
俺はついに、あの聖堂都市の姿を仰ぎ見た。
闇に飲まれた大地の中で。
それでも光を讃える因縁の地。
防壁の門は開け放たれていた。
門の傍らにズタズタのブラックドラゴンが横たわり、その身体が徐々に塵になって崩れていく。
「…………」
聖騎士達も血溜まりの中で突っ伏していて。
同じくズタズタの身体は獣に襲われたかのようだ。
俺は点々と並ぶ騎士達のあとを追い、聖堂都市の中へ。
先に到着しているはずのハティとスコルを探す。
俺は赤い輝きを捉えた。
赤い髪と尾を振り乱し、鋭い歯牙を剥いて飛びかかるハティの姿。
そして彼女を返り討ちにし、地面に叩きつける青の髪の少女。
「もう、ハティちゃんたら」
そう言って青い髪の少女がわらう。
「そんなにあいつが好きになっちゃったの? ハティちゃん」
馬乗りで石畳にハティを押さえつけ、青い尾をゆらゆらと揺らして。
くすくすくす。
スコルはいつものように、わらってる。
いつものように。
わらう。
嗤う。
嘲笑う。
いつもおどおどして見えて。
だけどその笑みに滲んでいた嗜虐性を、ようやく俺は理解した。
「…………」
ゆっくりとスコルがこちらを振り向いた。
長い前髪の隙間から片目だけが覗いてる。
スコルの視線を追ってハティも俺に気付いた。
泣きそうな顔を浮かべる。
「変態さんも馬鹿だなぁ、て思うよね? ハティちゃんがわたしを止めるの。わたしの方が強いのに。ハティちゃんがわたしに敵うわけないのにね」
俺にそう言って笑いかけるスコル。
だけど笑みとは対照的に、その視線からはプレッシャー。
そしてその眼差しを俺は過去に見ている。
見たことがある。
「やっと正体を表したな、狼女」
俺の背後からムニンの声。
だけど俺が振り向く前に、ぱくり。
スコルがぱくっと口を閉じると、ムニンの姿が掻き消える。
ハティと同じ空間補食。
そしてムニンのいた地点が真っ黒に染まった。
────いや、染まったんじゃない。
なくなった。
そこにあったはずの光が、消えている。
「光を……喰ったのか!」
ハティが闇を喰うのに対して、スコルは闇を喰う事はしなかった。
ハティだけが特別なんだと思ってた。
でも違う。
ハティとスコルは表裏一体。
光と闇、それぞれに強い相性を持っていたんだ。
光の筋が現れ、ムニンの輪郭をなぞった。
ムニンがその身体を再生させる。
この光景に覚えがある。
つまりあの時ムニンを襲ったのはハティじゃない。
「スコルだったのか」
「だってわたしの敵だもの。わたし達の敵だもの。ねぇ、ハティちゃん」
組み伏せたまま、スコルはハティの耳にそっと囁いた。
「変態さんこそなんでそのカラス達を連れてるの?」
「おいら達が同じ主に仕える同胞だからだ!」
再生するムニンの身体を支えるフギンが言った。
「へぇ」
スコルは呟くと口を大きく開けた。
再び空間の光を補食するつもりか。
「ダメ! 止めて! 今度のスコルの補食範囲は────」
ハティが言い終えるより早く。
ぱくり。
それで聖堂都市の光の全てが、消えた。
空間に内在していた闇が視覚化され、瞬く間に魔物が湧き上がる。
落ちた。
ついに聖堂都市が魔物の手に。
「わたしは忘れてないよ」
彼女はそう言って指先で自分の片腕の付け根と片足首。
次いで首。
最後に自身を両断するように頭から胸、腰へと指を走らせたのを闇の触覚が捉えた。
完全な闇の中。
次いでそこに灯った青い炎が1つ。
それは瞳。
スコルの瞳から青い炎が燃え上がっていた。
彼女は銀色に変わった前髪をかきあげ、いつも髪に隠れていた片目を露にする。
俺はその眼差しを知っている。
青く燃えた瞳はあの魔物の象徴だ。
俺はクレイモアを構えながらその名を叫ぶ。
「フェンリル……!」




