あたしだって
スコル──いや、フェンリルがにやりと笑った。
周囲から響く魔物の声と人々の絶叫。
「…………」
俺は闇を圧縮して魔物を生み出し、次々と街に放った。
幸い湧き出した魔物のクラスは高くない。
俺の生んだブラックの魔物なら人々を助けられるだろう。
俺は今も魔物を生みながら。
意識はフェンリルへと向けた。
フェンリルは闇を放出したり魔物を生み出す事をしない。
意識はフェンリルでもその能力あくまで光喰らい。
なら闇を操る俺の敵じゃない。
「ほら。ハティちゃん、出番だよ。援護はわたしがしてあげる」
フェンリルは立ち上がった。
青く燃える左目と。
涙で潤んだ右目で俺を見据える。
「できない」
「できない、じゃないよ。ハティちゃん。それがわたし達の役目だから」
「お願い、正気に戻ってスコル!」
ハティがフェンリルの服の裾を掴んだ。
すがるように引き寄せる。
「あなたはスコルよ。フェンリルじゃない」
「…………あいつ相手ならフェンリルよりハティちゃんの闇喰らいの方が強いんだけど」
フェンリルは呆れたように息をつくと、ハティを抱き締めた。
次いで困惑した彼女を、取り込もうとする。
「スコル?!」
「ごめんね、ハティちゃん。役立たずはいらないの」
「スコル!」
「そのリソース、無駄にするくらいならわたしが使う。光と闇を喰らう子狼じゃなく、魔狼としてあいつと戦う。せめてそれくらいは協力してよ、ハティちゃん」
「それは……ダメ!」
ハティが闇喰らいを使った。
ハティを拘束してたフェンリルの両腕が消滅する。
大きく飛び退いたハティを俺は受け止めた。
ぼろぼろと涙を流すハティを支える。
「ハティちゃんは……わたしのこと好きじゃないんだ」
消滅した腕を闇で形作った腕で補って。
フェンリルは胸を強く押さえてうつむいた。
「好きに、決まってるじゃない。だからダメなの! あたしとスコルが1つになったら、あたしも……スコルも消えちゃうから」
ハティは俺を見上げた。
目尻から涙が頬を伝う。
「お願い、スコルを助けて。あたしもスコルもフェンリルの半身から生まれたけど、あたし達はフェンリルそのものじゃない。今のスコルはフェンリルの影に飲まれてるだけなの」
「助けて? わたしをこうしたのはハティちゃんだよ? そこの変態さんだよ?」
フェンリルが言った。
「スコルはずっと恐れてた。自分の役割を果たすことも。ハティちゃんが変態さんに懐いていくのも。ハティちゃんが楽しそうにしてるから。わたしも少しずつ変態さんに気を許していくのが分かったから。それを自分が壊すのが怖くて怖くてたまらなかったの」
フェンリルが1歩前に踏み出す。
「ただ命令だけを使って。変態さんがわたし達を物のように扱ってくれたらこうはならなかったのにね」
今も明々と燃え上がる青い炎。
フェンリルは邪悪な笑みを浮かべて俺とハティを見る。
「スコルは助けを欲したの。でもハティちゃんにも変態さんにも、お姉ちゃんにも言えなかった。結局彼女は自分の中に。フェンリルの残滓に救いを求めた」
「……そうか。助けて、欲しかったのか」
俺はクレイモアをおろした。
「もう遅いよ、変態さん」
「遅くなんてない。今だって本当は助けて欲しいんだろ、スコル。フェンリルの仮面を被って、自分の心を必死に偽ってる」
「くすくす。ほんと、何も分かってないんだね」
「いいや、俺が一番分かってる。俺も闇の仮面を纏ってきた。だから分かる。だって、ずっと……泣いてるじゃないか」
フェンリルは顔をしかめた。
右目からこぼれる涙を指先で拭う。
「もう全てが遅いんだよ。わたしが全てを壊した。もう始祖の封印が解かれる。甦った始祖か、その力を狙うロキか。どちらかが──どちらにしろ世界を変えてしまう」
「俺がさせない。甦った邪神もロキも、俺が倒す。倒して見せる。ここは今、光を失って闇に飲まれた。そして、闇は俺の領域だ。絶対に俺は負けない」
「ダメだよ。始祖は闇の力じゃ倒せない。ロキはもうその存在が拡散され過ぎて滅ぼせない」
「俺を信じろ」
俺はスコルに手を差し出した。
「その手は取れない。だって全部わたしのせい。始祖はわたしが光を喰らったから甦る。わたしがロキを見逃したからお姉ちゃん達は拐われて生け贄にされる。アングルボザを死なせたくなくて、だから『変異』とお姉ちゃん達を交換したの」
フェンリルは再び口角を吊り上げて。
「そう、人間なんかどうでもいい。わたしはフェンリルだ。始祖に仕える魔物の将の一角なんだ」
「違う。フェンリルじゃない。フェンリルならきっと、アンさんを助けたいとは思わなかったはずだ」
「……それ、は」
フェンリルの──スコルの顔に動揺が浮かんだ。
自分の尻尾を抱き締めて顔を埋める。
「スコル」
ハティも手を伸ばした。
「ダメなの」
「スコル!」
「だってあたしはもう────フェンリルなのだから』
声音が変わった。
弱々しくなっていた青の炎が再び強く燃え上がる。
スコルの背後に大きな影。
闇で形作られた影からも2つの青い炎が燃えていた。
「文字通りフェンリルの影か」
『──────』
スコルからではなく影から獣の声が響く。
あの影を倒せばスコルを救えるのか?
俺はクレイモアを振りかぶった。
剣身に闇を渦巻かせる。
「リヒト」
ハティが俺の名前を呼んだ。
「あたしにやらせて」
そう言って俺を見る。
さっきハティが容易く組み伏せられたのを見た。
おそらくハティとスコルとでは実力差が大きすぎる。
戦わせたらハティが取り込まれてフェンリルが完全復活する危険すら。
「…………」
俺はさらにクレイモアに闇を収束させた。
ハティは何も言わない。
ただ俺を見ている。
さらに闇を。
なおも闇を集める。
そして俺は集めた闇を、ハティへと差し出した。
出力不足なら補えばいい。
ハティは今まで常に腹ペコだった。
きっと彼女の実力もまだこんなものではないはずだ。
ハティは耳をぴこぴこと揺らした。
尻尾をぶんぶんと振り、俺の気持ちを餞別と共にぱくり。
次いでハティは全身から闇を滾らせた。
同時に髪の左右が銀色に染まり、片目に青の炎を灯す。
「あたしだって、フェンリルの片割れだ。でもあたしはこんなやつに支配されたりしない! そしてあたしが今、助ける!」
『────!』
ハティを嘲笑うように吠えて。
フェンリルの影を背負ったスコルが跳躍。
ハティへと襲いかかる。
それをハティは受け止めた。
衝撃に石畳がめくれ、地面にクモの巣上に亀裂が走る。
「あたしは大丈夫。行って! 邪神もロキも倒すんでしょ? さっさと倒してこいつに見せつけてやってよ。……まぁ、その前にあたしがスコルを救いだしてるかも知れないけど!」
「ああ、任せた」
俺が言うとハティは俺を横目見た。
にやりと歯牙を覗かせる。
次いでハティはスコルを力任せに投げ飛ばした。
一瞬で大きな赤い狼へと姿を変えると追撃する。
俺はハティとスコルを残し、大聖堂の中へ。
下層へと向かい、邪神の封印されてれいる最下層『封印指定禁足地』の1つ上の層『聖銀の間』に。
「リヒトん!」
そこにはフランとゾーイ=パトリシア次期女王陛下、そしてリーネ=リルデガルド王女の姿もあった。
彼女達は十字架に磔にされ、そのそばには2人の人影。
俺は2人を交互に睨む。
「リーンハルト、ロキ……!」




