狂えるマザー・ゴブリン
「フラン!」
俺は階段の先にフランの姿を見つけた。
手枷で鎖に繋がれたフランは倒れてぐったりとしてる。
まさか、間に合わなかった……?!
俺は慌ててフランに駆け寄った。
「フラン」
「…………」
「フラン、起きて」
「……リヒトん?」
俺の呼び掛けでフランが目を覚ました。
どうやら無事みたいだ。
「助けにきた」
俺はフランの体を抱き起こす。
「そっか私、ハティちゃんを探してて町の外れで」
フランは自分の身に何が起きたか思い出したようだ。
俺の服をぎゅっと掴む。
「────ずるいじゃない」
その時、背後から声がした。
しわがれた女の声。
見るとフラン以外に女の人が同じように手枷で繋がれている。
フラン以外に拐われた人がいたことに驚いた。
町では行方不明者の話はなかったし、この近郊にはあの町しかないはずなのに。
「……うぅぅ、ずるい、ずるい! ずるい! ずるい!」
女の人はぶるぶると頭を揺らしながら半狂乱で叫びだした。
その声を聞いて遠くにいたゴブリンが俺達に気付いて。
運んでいた大きな木箱をおろし、こちらに向かってくる。
「落ち着いて、大丈夫よ」
お姉さんが女の人に駆け寄った。
手枷を外す。
手枷の下からは刻印が現れた。
女の人の手首に彫られた不気味な模様。
それを見てアイゼンさんが叫ぶ。
「その女から離れろ!」
「え?」
お姉さんはアイゼンさんを見て。
その視線を逸らした隙に首を掴まれた。
女の人が両手でお姉さんの首を締める。
「な、んで」
助けにきたはずの自分が首を絞められているのに困惑するお姉さん。
俺達は女の人のお腹が異様に膨れているのに気付いた。
俺は女の人の中に闇を感じた。
すでに魔物が発生してもおかしくない密度になっている。
「私は助けなんて来なかったのに! 見てよこのお腹! なのにその女は連れてこられてすぐに助け? 不公平じゃない!!」
叫ぶ女の腹部がぼこぼこと波打った。
ゴブリンが、生まれようとしている。
このままじゃ彼女は!
「このままじゃあなたは死んでしまう。もうゴブリンが生まれようとしてるんだ! 俺なら助けられる! だからまずお姉さんを放して!」
「助ける? 今さら遅い。遅すぎる! ……う」
女の人が突然嘔吐。
ビチャビチャとこぼれたのは粘りけのある黒。
そして彼女は天を仰いだ。
その喉奥から闇色の何かが膨らんでくる。
あれはドラゴソーサラーの時の!
俺と同時に気付いたアイゼンさんが走った。
次いで女の人の腕を剣で切断。
お姉さんを助け出す。
「ごほっごほ」
咳き込むお姉さんの腕を引いてアイゼンさんが下がった。
その先で女の人は悶えながら黒いスライムに覆われていく。
「助けないと」
「やめとけ」
アイゼンさんが俺を止めた。
「あの女の手首にあった刻印は罪人の証だ。彫り込みの数からしてかなり重い罪を重ねてる。それにどうせ手遅れだ。それより────」
アイゼンさんが視線を走らせて。
「こいつらからをどうするか考えろ」
そう言ったアイゼンさんの視線の先には無数のゴブリン。
武器を構えてこちらににじり寄ってくる。
俺はフランの手枷を外すと、おじさんにフランを預けた。
「しんがりは俺が。アイゼンさんを先頭に離脱してください」
「若造がしんがり?」
「だって2人は斥候と後衛だし、アイゼンさんは切り札の数に限りがある。その点、俺は乱戦は得意ですよ」
そう言ってクレイモアを構える。
『逃ガサナイワヨ』
ざらついた声音。
声の方を見ると、闇に飲まれた女の人がゆらりと立ち上がった。
髪がばらばらと抜け落ち、その肌は灰色に染まって。
落ちくぼんだ目に鋭く尖った耳。
そして大きな膨れた鷲鼻。
その姿はまるでゴブリンのようだった。
膨れ上がった下腹部は網目状の肉の繊維に代わり、そこから吹き出した闇がゴブリンを生み出す。
周囲を埋め尽くす青いゴブリンに紛れてその生み出されたゴブリンは赤と緑のまだら。
両足と片腕が赤く、残りは緑色をしている。
「まさかグリーンとレッドの混合? 身体を構成する闇を不均一にして部分的な強化をしてるのか」
俺はまだらなゴブリンを構成する闇の密度を読み取って言った。
闇の総量はブルー・ゴブリンと相違ないが、その能力は大きく変わってくる。
ゴブリンと化した女の人は周囲の闇を吸い込み始めた。
1度は闇を吐き出してしおれた下腹部が再びパンパンに膨れ上がり、その闇でまたゴブリンを生み出す。
次は左腕だけが黒い。
グリーンとブラックの混合ゴブリンだ。
ゴブリンを意図的に生み出す母体の魔物。
ドラゴソーサラーと同じく今まで存在しなかった魔物に、俺はひとまずマザー・ゴブリンと名付ける。
「化け物!」
お姉さんはボウガンに矢をつがえ、マザー・ゴブリンめがけて放った。
土属性を付与された矢じり。
だがマザー・ゴブリンはその矢を止める。
膨れ上がった下腹部から現れた黒いゴブリンの腕。
形成された2本の腕が、矢を掴んでいた。
両手で矢じりを握り込み、込められた属性の攻撃を抑え込む。
『皆、皆、皆殺シヨ!』
マザー・ゴブリンが醜悪な顔を歪めて笑った。
下腹部から伸びる長い腕を左右に広げてこちらに迫ってくる。
「『阻めよ、大地よ』!」
お姉さんが岩の壁を生み出した。
魔物達とこちらを隔てる。
「この壁はそうそう破れない。早く逃げましょう!」
お姉さんが言った。
だけど次の瞬間にはその壁が破られる。
轟音と共に吹き飛ばされた壁。
壁を穿って飛んできたのは圧縮された闇の砲弾だった。
マザー・ゴブリンの下腹部にはぽっかりと大きな穴が空いていて、そこから闇の残滓が尾を引いている。
魔物を生み出すだけでなく、吸収した闇をそのまま攻撃にも使えるのか。
「……お姉さん、もう一度壁を」
「無駄よ。今の見たでしょう。何回壁を張っても破られてしまうわ」
俺は前に進み出た。
振り返って再度お姉さんに言う。
「もう一度壁を。壁の向こうに俺が残って注意を引きます」
「そんな、無茶だわ!」
無茶じゃない。
「リヒトん、危ないよ!」
危なくない。
「リヒトどの、殺されてしまうぞ」
殺されるわけがない。
「若造、お前死ぬ気か」
死ぬつもりなんて欠片もない。
「お姉さん、早く……!」
俺は急かすように言った。
こうしてる間にもマザー・ゴブリンは体を左右に揺らして不気味に迫り、無数のゴブリンも押し寄せてくる。
お姉さんは申し訳なさそうな表情を一瞬浮かべた。
だがゴブリンの大群とマザー・ゴブリンを見ると恐怖の方が強く浮かんで。
「『阻めよ、大地よ』!!」
悲痛な声で叫んで壁を生み出す。
「リヒトん!!」
不安げなフランに俺はにこりと笑って見せた。
そして一瞬で岩の壁が俺と4人を隔てる。
「……さてと」
俺を取り囲むゴブリン達とその奥のマザー・ゴブリンに向き直った。
ゴブリン達はにやにやと下卑た笑いを浮かべている。
自分達が圧倒的優位、なんて勘違いをしているらしい。
俺は周囲の闇に意識を広げて掌握。
闇を纏い、黒く染まったクレイモアを構える。
お前達は俺には勝てない。
なぜなら────
日の光も届かない闇の中。
おぼろげな松明の弱々しい光に照らされたゴブリン達に告げる。
「闇は俺の領域だ」




