ゴブリンの巣
俺達はブルー・ゴブリンの巣になっている洞窟に向かっていた。
周囲の景色がびゅんびゅんと過ぎ去る。
最初は馬を借りてフランを拐ったゴブリン達を追うつもりだったけど、おじさんとお姉さんの力で馬よりも速い移動手段を得た。
俺達が今乗ってるのは数人乗りの小さな帆船。
お姉さんの土属性の力で船底をコーティング。
おじさんの風属性の力で浮力を与えると共に帆に風を当てて船を進める。
風よりも速く。
周囲に突風を撒き散らしながら草原を走り抜け、あっという間に洞窟のある山のふもとにたどり着いた。
俺とアイゼンさん、おじさんとお姉さんが船から降りる。
ハティとスコルは別行動。
狼の姿で追ってきてもらう手筈になってる。
洞窟の入口に向かうと、見張りのゴブリンが確認できた。
入口の左右で2体いる。
「任せて」
お姉さんがボウガンに矢をつがえ、矢じりに属性の力を込めて。
放たれた矢が放物線を描いてゴブリンの足元に突き刺さる。
次いで矢じりを中心に、地面から鋭い岩の切っ先がそそり立った。
2体のゴブリンが真下から貫かれて串刺しになる。
斥候のおじさんが周囲を確認し、彼を先頭に入口へと向かった。
洞窟へと足を踏み入れる。
「今回はフランどのの救出を終えたら即時撤退でよろしいな」
おじさんが確認した。
それに皆がうなずく。
「ほんとは全滅させてやりたいけどな」
アイゼンさんが鼻を鳴らした。
「勝手なことしないでくださいよ。特にアイゼンさんの剣は使うと洞窟中に俺達が来たのがバレる勢いなので」
あの機構剣の爆炎は見た目にも音的にもかなり目立つ。
アイゼンさんの協調性のなさを知る俺は釘を刺した。
それにアイゼンさんはひらひらと手を振る。
洞窟の中は湿度が高く、異臭もして不快だった。
日の光も届かず、すぐに周囲は暗闇に包まれる。
でもただの暗闇じゃない。
光の有無とは別にここは強い闇に飲まれていた。
それぞれが松明に火を灯したが、黒い靄に覆われたように視界は不明瞭だ。
そして洞窟を進むと、闇に紛れるようにゴブリンの罠。
おじさんが周囲に展開する風の触覚がそれを探り当てて、ここまでは無事回避できていた。
細心の注意を払いつつも、フランを助け出すために先を急ぐ。
「……ここは」
私は手首の冷たい感触と小さな痛みで目を覚ました。
身体が気だるく、気持ちが悪かった。
見ると点々と松明が壁に並んでいるが、なぜかとても暗い。
近くに川が流れているのか水音がする。
動こうとするとジャラジャラと鎖の音。
「!?」
気付くと私は手枷をはめられ、鎖で壁に繋がれていた。
「え、なにこれ」
混乱する私は思い出す。
村の外れで誰かに襲われて気を失ったんだ。
「────」
私は助けを求めて叫ぼうと。
「痛っ」
でもお腹に力が入ると激しい痛みを覚えて。
その痛みに私はうずくまる。
触ると私のお腹はパンパンに膨れ上がっていた。
今にも張り裂けてしまいそう。
そして私の中を形のない何かが渦巻いているような感じがする。
「私の身体、どうなっちゃってるの?!」
私は恐怖で涙を流しながら言った。
その時、何かが私の足に触れる。
「ひ」
短い悲鳴が漏れた。
暗闇に目が慣れてきた私が見たのは醜悪な顔のゴブリン。
ぎょろぎょろとした小さな目に、尖った耳。
不揃いでガタガタの歯の隙間からは鼻をつまみたくなるような臭い息。
ゴブリンは元々大きな鼻をしているが、このゴブリンの鼻は私が知っているものよりも大きく腫れ上がっている。
鼻の表面はぼこぼことしていて、時折そのイボから黒い液体が滲んでは空気に溶け込んだ。
どうやらその鼻に溜まってるのは闇。
そして闇を蓄えたゴブリンが拐った人間にするのは…………。
私は再び自分のお腹を見た。
苦しいほどに私の中にパンパンに満たされているのは闇だ。
こんな状態になるまで何度もゴブリンに闇を注がれていた事実が恐ろしくてたまらない。
そしてまたゴブリンが私にその闇を注ぎ込もうとしていた。
腫れ上がった鼻を私の肌に押し付ける。
「いや。誰か……助けて」
私は恐怖に震えて頭を振った。
助けをどんなに願っても助けは来ない。
その時、鈴の音がした。
川の方向からチリンチリンと音が近づいてくる。
ゴブリンはその音を聞くとパッと顔を上げた。
私をいやらしい笑みで一瞥すると、川の方へと走っていく。
ここからでも川が少し見えた。
上流から木の箱のようなものがいくつも流れてきて、たくさんのゴブリンがそれを岸に引き上げている。
あの箱はなんなのか。
でも今はそんなことを考えてる場合じゃない。
あの箱を引き上げ終わったらまたゴブリンが戻ってくるかもしれないのだ。
川の方を注視していると反対方向から足音。
私が振り向くと、またゴブリンが現れた。
何かを担いで階段を降りてくる。




