第四章<運命の邂逅2>
ゴクッ、ゴクッ、ゴクリ…。
忌々しい女吸血鬼は、あたしが大事に飲むはずであった遼太郎くんの血を、まるで欠食児童が食事をあさるかのようにガツガツと貪っていった。
徐々に遼太郎くんの顔からは血の気が失せ、痩せこけていく…。
女吸血鬼が遼太郎くんを手放した時、最早それが遼太郎くんであったという痕跡すら残さないミイラのように骨と皮だけに成り下がっていた。
「ふぅ、生き返ったわ。」
あたしの呪縛が解かれた時、すでに忌々しい女吸血鬼は遼太郎くんを貪った後だった。
「随分とまた、下品な女ね。
これじゃあ遼太郎くん、死徒としての復活も出来ないじゃない!
それに、彼にはあたしが永遠に続く幸せな時間をあげたかったのに…。」
そんなあたしの怒りに女吸血鬼は頬に手を添えつつ、せせら笑った。
「おーっほっほっほ!
わたくしに食事を奪われたのが、そんなに悔しいの?
人間なんて塵芥も同然。
後から後から湧き出てくるもの。
そんな人間如きに肩入れをするだなんて、貴女はまだまだ夜の住人としての自覚がないのね。」
な、なんですって?
その一言で、あたしの女吸血鬼への怒りは最高潮に達した。
「わかってないのね。
あたしはね、人間なら誰でも良いだなんて思ってやしないのよ。
あたしが血を吸うのは、あたしに選ばれるだけの美を持っている人間。
その一握りの美しい人間だけが、永遠に続く幸せな時間を見られるのよ。
望むなら、その美しい人が望む夢をあげるの。
ましてや、殺したりなんてしない。
それなのに貴女は、本来幸せな夢を与えられるはずだった人間の命を奪った。
それも、まるで不味い人工血液を一気に飲み干すように。
そして遼太郎くんの美しさをも、たやすく奪った!
だから、あたしは貴女を許さない。
どれ程の実力者かは知らないけど、あたしの棲む日本を勝手に蹂躙するなんて絶対に、ね。」
そんなあたしの宣戦布告を、女吸血鬼は恐ろしい程の残忍な微笑みで応えた。
「うふふふっ、なかなか面白い余興になりそうね。
その、美に対する拘り。
それがどれだけ貴女を強くするのか、実に興味深いわ。
じゃあ、戦う前に決めごとをしない?
わたくし、貴女が気に入りました。
その気位の高さと、自身へのゆるぎないプライド。
是非とも貴女を、わたくしが組織するブラッディマリアに加えたい。
もしも貴女がわたくしに敗れたならば、その血を交配して我が部下となり、わたくしに忠誠を尽くしなさいな。
どう、実に面白い余興でしょう?」
それを聞いた時、この女吸血鬼は突然何を言い出すのかと、あたしはその耳を疑った。
つまりは、あたしの能力の高さを自分の組織に利用したいって事よね。
そして血を交配するという事は、すなわち従属を意味している。
冗談じゃないわ、そんな条件なんて到底飲めるはずもない!
「ふざけないで!
仮にも貴女は、あたしの父を殺し、あまつさえあたしの選んだ遼太郎くんの血を奪った憎い女よ?
そんな貴女に忠節なんて尽くせる道理がないじゃない。
そんな条件なんて、まっぴら御免被るわ。」
とあたしが言ったのに、その女吸血鬼はさらにあたしを挑発するように言った。
「あら、残念。
貴女には自分自身への揺るぎない絶対の自信過剰な程の気概と、矜持があるのだと思っていたのだけれど…、そうじゃないみたいね。
少し、興が削がれたかしら。」
この女吸血鬼は一体、何を言いたいのかしら。
「戦いを挑む以上は、必ず勝つ!
それが吸血鬼としての気概と矜持ではなくって?
貴女の父親には、少なくともそうした気概があった。
最も。
それがわたくしには理解出来ない正義だの愛だのという、夜の住人が最も嫌う汚らわしい感情故にではあったのだけれど。
貴女は、わたくしの出した条件を飲もうとはしなかった。
つまりそれは、貴女は戦わずしてわたくしに敗北を認めた形になる、という事。
自ら宣戦布告をしておきながら、随分と情けない覚悟なのね。
そんな臆病者は、あたしの組織するブラッディマリアには必要ない。
無論、あたしの従僕としても不必要。
こちらから、願い下げかしら?」
「ふっ。
うふふふふっ。
あはははははははっ!」
あたしは思わず屈辱に唇を噛みしめながら笑った。
今までかつて、これ程の屈辱を味わった経験がなかったもの。
「あら、これまた残念ね。
わたくしへの恐怖に、思わず狂ってしまったという事かしら。」
いい加減にしなさいよ。
「随分と言いたい放題ね。
あたしのプライドをそこまで逆撫でした以上、当然あたしに敗れた時の身の処し方も考慮に入れているのかしら?
あたしが勝ったら、貴女には当然の如く死んで貰う。
ま。
貴女は見た所、本家の吸血鬼のようだし生きる屍の見本だから死んで貰うという言い方は当てはまらないわよね。
だから、消えて貰う!
一篇の肉片も残さず全てね。
真祖同士の対決に、引き分けだの、勝敗なんてものは存在しないはず!
つまりはどちらかが消え去るのみ。
よって、貴女の出した条件は飲むにあたわず。」
そう、お父様を殺した時点でわかっていた。
この女吸血鬼は、真祖。
それも、相当に起源の古い由緒ある家柄の吸血鬼だってね。
そうでもなければ、いかに手負いだったとはいえお父様を殺すなんて出来るはずもないもの。
ましてや、死徒などにはね。
「おーっほっほっほ!
いいわ、いいわねぇ貴女。
本当にゾクゾクしてきちゃったわ。
わたくしの忠実なる右腕としては、それぐらいの気概とプライドがなくては務まらないもの。」
まだ言ってる。
「くどいわね、貴女!
何度も同じ事を言わせないで。」
とあたしが言うと、途端に女吸血鬼は笑いを止めた。
そして静寂と殺気が漂う戦場と化した校庭に、あたしは思わず冷や汗を流した。




