第四章<戦端>
お互いに臨戦態勢を取ってから、どれぐらいの時間が流れたのかしら?
まだ十分かそこらのような気もするし、一時間のような気もする。
とにかく、あたしからは一切動くつもりはなかった。
なにしろ相手は、お父様をも殺す程の真祖。
どんな手段を講じるのかもわからなかれば、近接戦闘タイプか遠距離戦闘タイプかさえわからない。
そんな状況において、先に仕掛けるなんて愚の骨頂よね。
だからあたしは、相手から仕掛けてくるのを待つ。
多分向こうはお父様と戦ったのだから、おおよその見当は付いているはず。
あたしがどんな戦い方をするか、なんてね。
なら、あたしは後の先をとるまで!
そして相手の動向や戦闘方法、その属性を見極めたうえで仕掛ける。
いくらあたしが直情径行な性格でも、それぐらいは考えるわ。
でも、向こうは一向に動こうとはしない。
「あら、どうしたのかしら?
わたくしに宣戦布告しておきながら、やはり恐れをなしているのかしら。」
うふふっ。
つまらない手を使うわね。
そうやってあたしを挑発すれば、あたしが動くとでも?
「なら、貴女から先にいらっしゃいな。
最も、あたしに怯えているのなら仕方がないけどね。」
でも向こうは、あたしの挑発に一向に乗ってくる様子はない。
なるほど、存外愚かではないみたいね。
「ふふっ、可愛い子猫ちゃん。
貴女が仕掛けてこないのでしたら、わたくしから参らねば興が削がれるわね。」
来る!
そう思って待ち構えつつ、あたしは掌から炎を召喚した。
「そう、やっぱり父上と同じ属性という事ね。」
なっ!
なんなの?
あたしは決して目を離さなかった。
なのに気付けば、真祖の女吸血鬼は背後にいる!
「くっ!」
思わず前進して背後に振り向くと、女吸血鬼の姿はどこにもいない。
「しまった、罠だ!」
あたしは慌てて、もう一度正面に振り向いたが、もう遅かった。
「気付くのが、遅いんじゃなくって?」
ザクッ!
間一髪だった。
致命傷をうけはしなかったものの、あたしは女吸血鬼の鋭い爪で制服を破られてしまった。
胸がはだけて露出した肌からは、じんわりと血が滲んできた。
「綺麗なお肌ねぇ。
益々気に入ったわ、貴女。
さぁ。
その綺麗なやわ肌がズタズタにならぬうちに、わたくしに敗北をお認めになって?」
迂闊だった。
あたしの背後から感じた気配は、幻。
そして恐らく本体は、インビジブル[透明になる]能力を有している。
こんな高い能力を有した真祖は、そうざらにはいない。
恐らくは西洋の貴族の中でも、数える程の実力者。
思わず、あたしは額に冷や汗をかいていた。
「わたくしの能力は、まだまだこんなものではなくってよ?」
そう言うと、次は巨大な蝙蝠となって上空高く舞い上がった。
「ふふっ。
これじゃあまるで、本当に伝説の通りの吸血鬼じゃない。」
伝説によると、吸血鬼は蝙蝠になったり霧になったり狼にもなれるという。
でもまさか、こんな時代にそんな異形な姿の怪物がお目にかかれるとは思いもしなかった。
「知っているわよ。
貴女には驚異的なジャンプ力はあっても飛行能力はない。
だから、存分に恐怖を味あわせてあげますわ!」
巨大な蝙蝠と化した女吸血鬼は、さながら爆撃機のように炎の銃弾爆撃を仕掛けてきた。
「これは、不味いわね。
いくらあたしでも、あんな上空にいる敵に攻撃なんて出来ない。
これじゃあみすみす、銃弾爆撃の餌食になるしかないわ。」
そんなあたしの弱音を聞いて、女吸血鬼は益々意気軒昂と雄たけびをあげた。
「なぁんて、ね。」
そう、全ては相手を油断させる為の芝居。
あたしは殊更、慌ただしく逃げる振りをしつつ学校へと入っていった。
「なんと!
あれほどの大言壮語を吐きながら、建物の中に避難するとは…。
そんな臆病な吸血姫に、我が配下となる資格はない!
すぐにでも、くびり殺してさしあげてよ。」
ふふっ、今のうちに調子に乗ってなさいな。




