第四章<急変>
「い、いやっ!」
美智子は未だに恐怖におののいたまま、精一杯の抵抗をしようとしていた。
「美智子。
あなたの、望む夢を見せてあげるから。」
あたしは優しく妖しい真紅の瞳で美智子を説き伏せた。
「美夜、わたし怖いの。
怖いのよぉ、もう傷つきたくない。
誰にも苛められたくないの…。
何も失いたくない。
遼太郎お兄ちゃんを失いたくないの。」
美智子は、あたしの魅了[チャーム]によって今までこらえていた本音を吐露した。
うふふっ、美智子。
あたしは美智子が愛らしくなって、思わず優しく抱きしめた。
「あなたが望むなら、永遠の夢をあげる。
幸せな永遠の時間を。
もう誰も美智子を苦しめないし、悲しませる事もないわ。
貴女は、その身を委ねれば良いだけ…。
痛いのは一瞬。
でもね?
その後には吸血による快楽と、永遠に続く幸せな夢に酔いしれる事が出来るのよ。
素敵でしょう?」
あたしの言葉に安心した美智子は、零れ落ちる涙とともに、その身をあたしに委ねた。
あたしはそんな美智子を優しく抱きとめて、美智子の首にまとわりつく黒髪を軽く払いつつ、優しくて甘い口づけをかわした。
「美智子、さっきの不良少女とは違うわね。
貴女の首筋からは、とても甘い匂いが漂ってくるわ。」
すぐにその血を吸ってしまうのが惜しくなったあたしは、肩まで伸びた黒髪を撫でながら首筋に沿って唇を近づけて舐めあげた。
「あ、あぁぁっ。」
明らかにさっきの涙とは違う、歓喜と恍惚の涙。
興奮が最高潮に達したあたしは、そのまま首筋に吸いつき、じわじわと味わいながら、美智子の血潮を飲み干していった。
「御馳走様。
貴女の血潮の味、美味しかった。」
天使の笑顔で微笑む美智子を見て、あたしは満足げに笑った。
「さて。
次は、メインディッシュにしよっかな。
ね?
清水 遼太郎くん。」
ふぅ~ん。
見れば見る程に綺麗な顔立ちをしている。
彼はまだ意識を失ったままだけれど、あたしは構わずに彼の胸元をはだけさせ、彼の首筋を愛撫した。
「う、うぅ。」
どうやら、起きたようね。
「僕は今まで一体?
って、あわわ。」
意識を取り戻した遼太郎くんは、あたしが膝枕をしていたのに気付いて慌てて飛び起きた。
「ご、ごめんなさい!
僕、確か美智子ちゃんに口を塞がれて…。
それで、息苦しくなって意識を失ってしまったんだ。
美夜さん、美智子ちゃんは?」
いくら異母兄弟とはいえ、ちょっと癪にさわるなぁ。
と思ったあたしは、興味なさげに指を指示した。
「帰るよ、美智子ちゃん。」
しかし美智子は当然、天使のような笑顔を浮かべたまま、なんの反応も示さない。
「一つ聞いてもいいですか、美夜さん。」
ま、そうくるわよね。
「なぁに?
遼太郎くん。」
あたしはわざとらしくおどけてみせると、振り返った遼太郎くんは恐れでもなければ怒りでもなく、悲しげな顔をしていた。
「校門で僕が言った言葉を覚えていますか?
僕は貴女が好きだって。
そして、僕を吸血して貴女の顕族にしてほしいって。
その時に、美夜さんは言ったよね。
自分には感染の力はないかわり、吸血した人に夢を見せる事が出来るって。」
遼太郎くんは拳を握りしめたまま、あたしを問い詰めてきた。
「えぇ、確かに言ったわ。
そして、あたしは自身の尊厳を守る為に本田 京子に悪夢を見せてあげた。
美智子はもう、心がズタズタに傷ついていた。
だからあたしは、美智子には永遠に続く幸せな夢をあげたの。
美智子の血、美味しかったなぁ。」
あたしは思い出して思わず、舌なめずりをしてみせた。
「違う…。
こんなの、間違っている!
僕は美智子ちゃんには、夢なんかじゃなく現実の世界で幸せを掴んで欲しかった。
僕は美夜さんを許せない。
そんなに血を飲みたいという渇望があったなら、どうして僕の血にしてくれなかったんだ!
本田 京子さんはともかく、美智子ちゃんにまでその毒牙にかけた事は許せない。」
あらあら、そんな涙目になって睨まないでよ。
遼太郎くんには、あたしの気持ちはわからないわ。
貴方も結局、あたしの嫌いな人間の側の味方をするのね…。
まぁ、もう今更だけど。
「じゃあ、どうするの?
ここであたしを殺す?
それとも…。」
とそこまで言いかけて、あたしは異変に気づいた。
いつの間にか夜になっていた為、あたしは吸血鬼としての神経が研ぎ澄まされていた。
だから、感じる。
ただならない妖気と、それに負けない妖気の持ち主が戦っている。
あたしの顔色が豹変した事に気付いた遼太郎くんが、訝しげに尋ねた。
「何?
急にどうしたの、美夜さん。」
でも、あたしはその質問に答える事は出来ない。
息が苦しい。
片方の妖気は、あたしがよく知る人物のものだから。
「お父様…。」




