第一章<逢魔が時>
「私は帰宅してから慌てて棺桶で眠っていた妻を叩き起こし、助けてくれと懇願した。
そんな私を見た妻は、私が守ってあげるからといって邸宅を監視してくれていたのだが、家までストーカーしてくる吸血鬼の姿は、いつも発見出来ずにいた。」
つまり奥様は吸血鬼な訳なのね。
この時代、吸血鬼と人間が結婚するケースは実はそんな希有なものではなく、ヴァンピールの称号を貰った子供は人工血液に頼らなくても人間と同じものを食べて生きていけたりするから、生粋の吸血鬼の私にとっては非常に羨ましい人種だったりする。
「その後、私をストーカーしていた吸血鬼の正体がわかり、私はテレビを見ていて安堵していたのだが…。
あ、つまりだな。
先日、君がおとり捜査で逮捕した、伊東 雅人が私を付け回していた犯人だと断定出来たんでね。
奴の住処も、この邸宅のすぐ近くだったみたいだしな。
所が、だ!
奴が逮捕されてもなお、私は空からのストーカー被害を受け続けている。
殺人現場で目撃したのは間違いなく伊東 雅人だったのを鮮明に思い出して安心していたのに…。
奴はそんな私を再び恐怖に掻き立てよる。」
話を聞いていた春樹は、その川島の供述におかしな違和感を感じずにはいられなかった。
「おかしいな。
貴方は自分をストーキングしていたのは間違いなく伊東 雅人だとテレビを見て鮮明に思い出して断定したと言ったが、それなら何故またストーキングしているのが同じ伊東 雅人だと?」
正論だと思う。
伊東 雅人は連続殺人犯として、今も吸血鬼専用の留置場にて拘束されているからだ。
「あぁ、今付け回している奴と伊東 雅人の服装が一致しているから、だが。
それに空から移る影も同じだし。」
あっけ。
そんな理由で同一犯による犯行だと断定しないで欲しいわよ、まったく。
「つまり伊東 雅人とよく似た容姿の吸血鬼が貴方をストーキングしているって事ね?
考えられる事としては、伊東 雅人には弟がいる。
だとすると、殺人現場を目撃した貴方が警察に出頭し、その為に兄が捕まったと思った弟が逆恨みで川島さんを狙っている?
でも、もしもそうならすぐにでも殺人行動に出なきゃおかしいわよね?
なんだか話が間尺に合わないわ。」
すると春樹がこれに口を挟んだ。
「弟は過去、なにも犯罪をおかしてはいない。
なら逡巡しているという線も考えられる。
なにより顔などの姿をはっきり見られた訳ではないのだしな。
ともかく、署に電話して弟をあらってもらうとしよう。」
私と春樹の話を聞いていたのか聞いていないのか、川島氏は突然半狂乱になった。
「そうだ。
きっとその弟が復讐をしようと私の命を狙っているんだ!
私はきっと殺される…。
殺されるんだぁーっ!
助けてくれ、金ならいくらでも出す!」
はぁ…。
まったくふざけた事を言う人ね。
私達は刑事であって貴方の用心棒じゃないっつーのよ!
第一、私みたいなレディーに言う?
と思いっきり言ってやりたかったが、不意に応接室の扉が開いたので、私は出鼻をくじかれた形となった。
「あなた、しっかりして?
あなたは私が守ってあげるって言ってるじゃないのぅ。」
辺りを見回すと、すでに日が沈みかけ、夕暮れになっていた。
「逢魔が時とは、よく言ったものだ。」
春樹ぃ。
こんな時に余計な事を言わないでよね!
昔は夕暮れ時を、魔物が出現する合図だと恐れ、夕暮れ時を逢魔が時と言ったの。
でもそれじゃ奥様に対する嫌みじゃない。
しかし奥様は春樹の失礼な一言には一切気にもとめず、恐怖にうずくまる川島氏を抱きすくめていた。
まぁ、なんだかあてられちゃった感があるけどね。
「あ…。
なにかいきなり御挨拶もせずにごめんなさいね?
私は川島 高次の家内、アマーリエ・ルグランジュ・川島です。
主人がまた発作的に取り乱していたものですから。」
と、アマーリエさんは申し訳なさげに私達を見て深々と、かつ、優雅にスカートの両裾をめくり、頭をさげた。
アマーリエさんって素敵な女性ねぇ。
美の女神、ヴィーナスと並んだって遜色ないって言っても言い過ぎじゃないと思う。
胸まで伸びた美しいブロンドの髪。
私にはない豊満な美乳。
均整のとれた北欧美人って感じかしら?
そして美しいエメラルドグリーンの瞳。
それに今の優雅な会釈。
なんだがまるで舞踏会の会場に来たみたいな錯覚さえ覚え、思わず真似しなきゃってスカートに手を伸ばした瞬間、春樹が小声で私に失礼極まりない気分をぶち壊す釘を指してきた。
「おい。
俺はお前の貧祖なスカートの中身なんざ見たくもない。
どうせお前に似合いやしないんだから、やめておけアホぅが!」
またまたカッチーン!
だぁぁれが春樹なんかにそんなサービスをするもんですか!
と頭にきた私は思わず春樹の革靴の先端を思いっきり踏んずけてやった。
「ったぁ~っ。
お前なぁ!」




