第三章<立証3>
須藤 愛さんの言葉が追い風になったのか、春樹はさらに話を続けた。
「愛さんの証言もあるように、間違いなく事件発生以前まではネックレスには鉄製のフックがついていた。
にもかかわらず、今はそれが輪ゴムという代用品。
それも、輪ゴムを取り付けたのは中里 瞬さんではなく、犯人。
中里 瞬さんを吸血する際、犯人は誤って瞬さんの首ではなくネックレスに牙をたててしまったからなのです。
なんともドジな話ですが、中里 瞬さんについた咬み傷が浅かったのは迷いや罪悪感もある。
それに、次の犯罪予告の意味もあるので、別に死傷させたり重症を負わせる必要がなかったという事もあったのですが、一番の理由はネックレスを噛んでしまった事によって犯行に焦りや迷いが生じたからなのです。
犯人は一度の失敗に焦って、ネックレスを輪ゴムで止め、そして何度か納得のいくまでネックレスから注意をそらせる為に、中里 瞬さんの首を浅く咬んでいます。
だが、最初の一撃での失敗は、やはり犯人にとって致命的だった。
よく見て下さい!
輪ゴム以外にも不可解な所がありませんか?」
ん?
なんだろう。
春樹が言うからには、他にも不審な点があるんだろうな。
「輪ゴムで繋いだ、左右のネックレスの鎖の端。
右の端には大きなリングがある。
が、左にはそれがない。
そう、犯人が誤ってネックレスを噛んだ際、鉄製のフックを壊しただけでなく、その牙に本来左にあった大きなリングがハマってしまったのです。
ですよね?
先程から口に手を添えて酷い咳をしている新田 新さん!」
びくっ!
そう。
今まで春樹が何を力説しても動じなかった新くんが、この時初めて大きなリアクションをしてみせた。
確かに睡眠薬入りジュースは怪しまれはする。
が、新くんがジュースから目を離した隙に、何者かがジュースに睡眠薬を混入させた!
などという可能性をあげれば、いくらでも言い逃れは出来る。
でも、春樹が言うように本当に新くんの牙にネックレスの端の大きなリングがハマってとれない状況なのだとすれば、とても言い逃れなんて出来ない。
「さぁ、新田 新くん。
もしも君が犯人ではないというのであれば、ここで大きく口をあけられるはずですよね?」
とどめだぁ。
まぁ、仕事とはいえ春樹も非情なまでに詰め寄るなぁ。
さきほどから小刻みに震えていた新くんが、今度は一転、その震えをとめて降参といわんばかりに両手をあげた。
「うん。
流石は署内でも毒舌の妖刀という異名を持つ方だけはありますね。
ぼ、僕はまたドジっちゃった。
こういうのってやっぱり僕みたいな吸血鬼には不向きなんだろうなぁ。」
新田 新くんは、まるで悪びれる事もなく犯行を自供した。
なんだか、物凄くあっけないなぁ。
「では自供したという事で聞く。
最初に犯行予告の脅迫文を芸能プロダクションに送りつけ、そして犯行の目的である桜庭 優への予告及び、みせしめとして中里 瞬さんを吸血したのは間違いなく君なのだな?」
と春樹が問うと、新くんは静かに首を縦に振った。
「では動機も聞かせて貰おうか。」
と、春樹が言った時、新くんは微かだが確実にこう言った。
「顕身っ!」
その途端、救護室はパニックに陥った。
「はぁ…。
顕身しても牙にネックレスのリングのおまけつきじゃ、しまらないなぁ。」
いやぁ、どっちにしても微妙…。
だって顕身した新くんって、どっちにしても可愛らしすぎる姿なんだもぉん。
なんか、愛らしい蝙蝠の縫いぐるみが喋っているみたい。
「どうだ、見ろ!
これがぼ、僕の本当の姿なんだぞぉ。
怖いでしょう?
ぼ、僕は吸血鬼モルモーっていうんだ!」
うーん、なんというリアクションをすればいいんだろう。
容姿もそうなんだけど、なんだか顕身後も新くんらしすぎて突っ込むに突っ込めないのよ。
「モルモーか。
確か、モルモーと言えば俺の記憶が正しければギリシア神話に登場する吸血鬼の一種。
冥界の女神ヘカテーにエムプーサと共に仕えている使い魔だったはずだ。
日本語に翻訳すると長母音を省略してモルモとも呼ばれる。
同じく冥界の女神ヘカテーに使えているエムプーサに比較して、その性格は大人しくて親しみやすいお化けの様な存在とされる。
元々はラミアーと同類の女性の姿をした吸血鬼とされていたが、後代には母親が幼い子供に語って聞かせるお伽噺の中のお化けとして扱われるようになった。
が、まさかモルモーが男だったとはな。
君を見れば女性だか男性だかわからない中性的な顔立ちだから女性と思われたのかもしれないが。」
ぷっ!
春樹の解説に、思わず噴き出しちゃった。
だって、ねぇ?
それって春樹が言える台詞じゃないわよ、絶対っ!
だって春樹の方が、もっと美女に見間違われるじゃない。
「アホぅ。」
あいたっ!
春樹ったら顕身した新くんを見つめながら、なにげに拳骨いれるんだもん。
思わず油断しちゃったじゃないのよ。
「ここまで来て、計画を失敗に終わらせる訳にはいかない!
桜庭 優。
わかってると思うけど、君はいくつもの大きな大罪を犯している!
そう、君は僕の姉さんを悲しませた。
よって命で罪を償え!」
と新くん…、ううんモルモーだったっけ?
モルモーは天井すれすれまで飛行したかと思えば、桜庭 優の頭上へと急降下してきた。
が、その攻撃はすんでの所で回避された。
いち早く春樹が桜庭 優を移動させたからだ。
「皆さん、今すぐこの部屋から出て下さい!」
と私は迅速に促して、すぐさま全員を救護室から退避させた。
「どうして…。
どうして邪魔をするの?
刑事って悪い奴等を退治するのが仕事なんでしょ?
あの男…、桜庭 優がどんな悪い奴か知らないから邪魔をするんだっ!」
ふぅ、まるで子供が我が儘を言って大人を困らせているみたい。
「アホぅが!
いいか。
刑事といっても俺達が動くのはあくまで法の下で、だ。
そんなに奴が憎いのなら、何故堂々と法の下で戦わないのだ?
お前のやっている事は、ただの復讐だ。
お前の姉に桜庭 優が何をしたのかは知らない。
そして桜庭 優がどんな悪行を犯しているのかも知らない。
だがな。
もしも桜庭 優が卑劣で悪逆無道だとしても、だ!
その桜庭 優を殺害しようとしたら、その時点でお前も奴と同じ悪人に成り下がるのだ!
それに、お前の言う復讐が正義だったとしても。
その為に傷を負った中里 瞬さんへの暴行はどう考えるのだ?」
うん。
これは間違いなく正論よね。
で、新くんはどう答えるんだろう…。
「確かに。
中里 瞬さんに対して行った事は悪い事なのかもしれない。
でも彼だってsprintersのメンバーだろ?
だったら同罪じゃないかぁ。
あいつの仲間なら、皆悪い奴らじゃないかぁ!」
はぁ?
ちょっと、それどういう理論な訳?
言ってる事が無茶苦茶ね。
それって坊主憎けりゃ袈裟まで憎いって事じゃない。
「おい、アホぅ。」
うん、確かに新くんはアホぅよね。
それは私にもわかるし、異論を挟む余地もないと思う。
とか思ってると、春樹の地の底を這うような凄い溜め息が聞こえてきた。
「はぁぁぁぁぁぁ…。
お前の事だ、アホぅが!」
え、私?
「こいつは恐らく真犯人ではない。
それが証拠に、こいつは知恵も遅れているしドジの塊。
まぁ、お前といい勝負だろう。」