第三章<事情聴取>
パタン。
慎重に春樹が扉を閉めると兄妹の撮影カメラマンがいるにもかかわらず、春樹は怖い目つきで私を睨みつけた。
あっちゃぁ、私なんか春樹の逆鱗に触れる事したかなぁ?
「お前な。
事情聴取の任意同行を待合室から楽屋に連れてくるだけで、何時間かける気だ?
いい加減に刑事としての自覚と責任を持て!」
あぁ、そうよねぇ。
春樹が嫉妬なんてするはずがなかったのだわ。
春樹ったら、かなりお怒りだったらしい。
人目があるので込み上げる激情を必死で押さえているように見える。
「だいたいお前は、容易に人に体を許しすぎだ。
sprintersのメンバーも一応は容疑者なのだぞ?」
ちょっと待ってよ、人聞きの悪い!
私、別に体を許してなんかないんだから。
「それを言うなら、気を許し過ぎでしょ?」
と試しに反論したら、どうも春樹は抑えきれなくなったみたい。
「今はそんな事なぞ、どうでもいい!
ちょっと男前を見ると、お前はいつもそうだ!
そんなだからお前は刑事としての自覚が足りないんだ!」
カッチーン!
この言葉には本当にあったまにきた。
「刑事としての自覚と、イケメン好きなのと全然関係ないじゃない!
なによ、春樹のくせにぃ。
それって嫉妬なの?」
私は腕組みをして逆に春樹に迫った。
が、予想に反して春樹は言葉を濁らせた。
「ともかく、だ。
事件の状況、それに伴う概要を二人から聞き出すぞ。」
なによぅ、なんか釈然としないなぁ。
「お待たせして申し訳ありません。」
春樹は私から視線をそらすと、撮影カメラマンの須藤兄妹に向き直して冷静さを取り戻した。
「お二人は事件の時、sprintersのリーダーである長田 裕仁さんとメンバーの香山 良治さんを撮影されていたのですよね?」
すると、その問いには兄の須藤 純さんが答えた。
「はい。
私達二人の後ろには、撮影の合間に休憩する桜庭 優さんと中里 瞬さんがパイプ椅子に座って待機していました。
そして、その私達の横にはマネージャーの八神 咲子さんが立っていました。」
やっぱりね。
フォトスタジオ内を見た限り撮影の舞台と撮影カメラマンの二人、そしてその横にいた八神 咲子さんと後方で待機していたsprintersのメンバー達との距離は、かなりある。
ましてやいくら撮影に集中していたとしても真横に八神 咲子さんがいたんじゃ、まず彼女の犯行は不可能なはず。
そう。
なんらかのトリックでも使わない限りは、ね?
「その撮影の合間に見なれない、言ってしまえば侵入者もしくは不審者は見かけませんでしたか?」
と今度は私が事情聴取してみた。
すると今度は妹の須藤 愛さんが答えてくれた。
「いえ。
私も兄も確かに撮影に集中はしていましたが、入口からそんな気配があれば気付くと思います。
仮に、私達が気付かなくともマネージャーの八神 咲子さんや待機中のsprintersのメンバーが気付かないはずはないと思いますよ?」
でしょうねぇ。
第一、フォトスタジオの外には警備員さんがいるもんね。
となれば、やはり犯人は内部の人間…、というより内部の吸血鬼って事になるわよね。
この際、全員に口を開けて貰って犯人を特定しちゃえばいいのになぁ。
などと考えていたんだけど、春樹にはお見通しだったみたい。
「アホぅが!
顕身と同じく、著しく吸血鬼のプライバシーや人権を侵害するような行為は法律で固く禁止されているだろうが!
お前のアホぅな考えぐらい顔を見ていれば、わかる。」
と言うと同時にスリッパで軽く叩かれた。
「春樹ぃ、じゃあ私に対する暴力は法律ではどうなるのかしら?」
と言ってやったら、恒例の深い深い溜め息をもらした。
「はぁぁぁぁぁぁ。
ったく人が事情聴取をしている時に話の腰を折りやがって。
訴えたかったら、好きにしろ。
これは、いわば愛のある突っ込みというものだ。」
ふぅ~ん。
つまり愛があるのね?
じゃあ…。
と言いかけたけど、流石に私も刑事なので捜査の邪魔をするのは忍びなかった。
「今までの事情聴取を鑑みるに、グラビア撮影中の長田 裕仁と香山 良治。
そして貴方達、撮影カメラマン。
そしてマネージャーの八神 咲子に犯行は不可能。
となると、sprintersのメンバーが同じメンバーを襲ったとしか考えられない。
が、襲われた中里 瞬くんは被害者。
それに同じく隣にいた桜庭 優も犯行予告をうけている被害者。
これではどうにも要領を得んな。」
そうよねぇ。
私は桜庭 優は好きじゃないけど、彼は容疑者からはずすべきだと思う。
でも被害者を装って犯行予告を本人が出し、そして以前から仲の悪い同じメンバーを…。
って事もありえなくはないけど、でもそれにしては中里 瞬くんの容体が軽すぎる。
第一、脅かすのが目的にしては大袈裟すぎるし。
あ~んもぅ。
何がなんだか、頭がおかしくなりそう。
「何度も言わせるな、このアホぅは!
ない知恵をしぼってもないものはないんだ。」
むぅぅ、良い思案が出せないだけに悔しい。
でも春樹だって現時点では何も光明を見出してはいないでしょうに…。
「で、社長は楽屋から動いてはいないのですよね?
あと、あのサブマネージャーの新藤 新か。」
うーん。
社長は多分、よっぽど凄いトリックでもない限り犯行は無理。
となると、急浮上してくるのは新くんね。
「彼とは楽屋で案内して貰ってから別れたんだけど、新くんはあれからフォトスタジオへ戻ってきていたのかしら?」
と、この問いには二人で答えてくれた。