第一章<密室>
川島氏、多田さん、そして私達が扉を解錠して室内へ入ると、さらに強烈な血の匂いが部屋には充満していた。
目視で血だまりの川を遡ってみると、その源はあの立てかけてあるアイアンメイデンから流れてきているのが見えた。
「中を確認してみるわ。」
こういうのは私の仕事なのよね。
まぁ吸血鬼なんだから私が一番平気なんだけど。
「あぁ、中がどうなっているかはおおよそ見当がついちゃいるが、流石に好んで見たくもないし頼むとしよう。」
春樹の指令に頷くと、私はアイアンメイデンの胴体についている取っ手をひっぱりながら左右の扉をあけた。
ずるずる…。
開けた直後に姿を現した死体は、もう本当に無惨なめった刺しにされたような死体だった。
恐らく死因はアイアンメイデンに封じられた直後に襲い来る、無数の剣みたいな針による、大量失血死。
しかしかろうじてその死体が誰なのかはわかった。
「陽子さん…。」
そう。
メイド服と、かろうじてわかる容姿で私はこの死体が三村 陽子さんであると断定した。
「おい、奥でも人が倒れているぞ!」
川島氏の指さす方向には確かにもう1人倒れていた。
バルコニーの手前のドアの所で倒れていた人物。
それは中津 久美さんだった。
「久美さん!」
久美さんを見た私は、もう気が気じゃなく慌てて久美さんの方へと駆け寄っていった。
久美さんに外傷はなく、私はそっと胸に耳を当ててみた。
ドクン…ドクン…。
良かった、生きてる!
「死んでいるのか?」
ひょいと私の顔のすぐそばから顔を出して、春樹が聞いてきた。
「ちょっと、縁起でもない事を言わないでよね。
ちゃんと生きてるわよ。」
久美さんには一切外傷はなく、また、鼓動もしっかりと聞こえている。
「どうやらバルコニー側のドアは鍵がかかっているな。
という事は自然と犯人は…。」
ちょっと待って?
じゃあ何、まさか久美さんが陽子さんをあんな無惨に殺したっていうの?
状況証拠だけで久美さんを犯人扱いしようとしていた春樹に私は噛みつこうとしたけど、さらなる人物の声でその機会は逃してしまった。
「一体なんの騒ぎですの?
それにこの大量の血は一体なんですの?」
後から取り乱したようにアマーリエさんが姿を見せた。
こんな時になんだけど、私と違って妖艶なネグリジェよねぇ。
「とにかく皆さん一度、部屋から退去なさって下さい。
明日朝一番に警察が検証を致しますので。」
私の声を聞いていなかったのか、今度は多田さんがわめき始めた。
「陽子さん、いくら陽子さんと犬猿の仲だからってなんでこんな酷い事を!」
ちょっとちょっと!
だから勝手に久美さんを殺人犯扱いしないでよね。
私にはわかるわ。
久美さんがこんな残酷な殺人なんて犯すはずがない。
と思わず喉まで出かかった。
しかし実際に状況証拠が揃っているだけに、悔しいけど流石の私も弁護までは出来なかった。
それに久美さんが犯人じゃないとしても、だとするとこれは密室殺人になっちゃう。
「とにかく全員大至急退去して下さい!」
春樹が珍しく私以外の人たちに声を荒げた。
その声に驚いたのか、皆は隣の応接室へと向かった。
「う…ん。」
春樹のがなり声に反応したのか、久美さんが薄眼をあけた。
「気がつかれました?」
私の声に久美さんは今度は、はっきりと目をあけて周りを見回した。
「あら?
どうして私はここで眠ったりしてたのかしら?
私、確かに自分の部屋で寝ていたのに…。
きゃあぁぁぁっ!
何?
何なの、この血は!
ああっ、陽子さん…。」
いきなりこんな惨状を見てしまった為か、久美さんは大きく取り乱していた。
「とにかく君も、一旦ここから退去してひとまず応接室に行ってて貰えるかな?」
春樹は久美さんの肩を優しく叩くと、諭すように言った。
久美さんは何が起こったのかまるで理解出来ないといった感じだったが、春樹の言葉に従ってとりあえずこの部屋から出て行く事にしたようで、弱弱しく立ちあがって歩き出した。
という事は、春樹も私と同じで久美さんが犯人じゃないと思ったって事よね?
でもじゃあやっぱり密室殺人?
犯人の目的は?
う~ん、全くわかんないけど…。
でもなんとかしてこの密室殺人の謎を解かないと、本当に久美さんが犯人に祭り上げられちゃう。
なんとか。
なんとかしなきゃ…。
でもバルコニー側のドアは閉まっていた。
廊下側は施錠されていて、誰も入れない状況だった。
…。
あ~ん、久美さんに不利すぎる状況でどうやって久美さんの無実を訴えれるっていうのよぉ。
とあくせく考えても全く建設的な答えが導き出される訳もなく、皆が退室したのを見届けた春樹が私の頭を撫でた。
「おい、やめておけ。
アホぅがいくら考えてもアホぅな結論しか浮かばんだろう?
知恵熱でダウンするのが関の山だ。」
くっそぅ、じゃあ春樹はこの密室の謎が解けたっていうのかしら?
「女の情けに蛇が住むとはよく言ったものだ。
この件に関してはお前の方が早く事件解決へと導けそうだな。
ま、杯中の蛇影にならなければ良いが…な。」
失礼な言い方。
女の情けに蛇が住む。
女は情け深い心を持っているが、同時に蛇のような執念深さも持ち合わせているという諺。
でも杯中の蛇影[疑心暗鬼]なんかにはならないわよ。
「兎に角、応接室に移動するぞ。
結論を出すのは後でも良いだろう?」
そうね、このままここにいても謎が解ける訳でもないし…。
とにかく現場保存に注意して、私達は応接室へと向かった。




